魔族ヒデキのターン
ここはグテートス南方。シェルミナスと呼ばれていた場所。魔族によって陥落した街跡。
その街跡で魔族ヒデキは一人、怒りに震えていた。
「何だあれは何だあれは何だあれは!」
『あれ』と言うのは今日相対したユニコーン騎士団の事だ。
グテートスの街周辺を覆っていた毒霧は、ユニコーンの働きによりかなり減衰した。暫くはあの近くに移動することはできないだろう。ヒデキの行動範囲は毒霧の濃度が一定数以上の空間だ。そこより外に出ると、煙の中に突っ込んだように息苦しくなる。
「もう少しであの街を完全に包囲出来たのに! 僕の恐怖を刻みながらプチプチ侵略できたのに!」
そこにあるのは残虐性。自分自身の力を全ての人間に知らしめ、一人も逃すことなく完全に支配しようという征服欲。アリの巣に水を灌ぐように、何もできない相手に制裁を加える。
ヒデキにとってこの世界の人間の命は、自分を楽しませる駒でしかない。ゲームの完全クリアを目指すように、全ての存在を逃がすことなく捕らえ、殺す。全てのイベント項目を埋めるように、万全の準備を行う。
残虐であるがゆえに慎重。全てを得るために労力を惜しまない。だがそれは、自分が傷つかないことが前提だ。自分が負けないことが前提だ。それができるだけの能力はある。
だが、今日現れたユニコーン騎士は違った。
出鱈目な情報。ありえないスキル。そして『完璧触手』が効かない事実。
「ありえないありえないありえない! 僕の異世界ライフに水を差すだなんて! 絶対許さない!」
今まで安全だと思っていた足場が崩れた。今まで駒だと思っていた人間に脅かされた。
抵抗できないと思っていたアリが、実は猛毒をもってこちらを噛みに来ているのだ。
ただのゲームイベントだと思っていたら、とんでもないコンピューターウィルスだったのだ。
ヒデキの怒りの正体は怯えだ。安全を破壊してくる相手に対する怯え。それを認めたくないために、怒ることで誤魔化していた。
『魔族は死なない』
滅するほどのダメージを受けても<核>がある限りは、そこから再生する。この<核>こそが魔族の心臓なのだと。それはヒデキがこの地に降りてきて理解したことだ。
だが、ヒデキはそれを試したことがない。魔族に死を実感させるほど強い相手はこの世界には少なく、ヒデキはそれほど強い相手と出会ったことはない。故にヒデキはこの世界に来て一度も死んだことがない。
もし一度でも魔族を滅するほどの実力者と相対していれば、一度は命を失う覚悟で特攻していたかもしれない。あるいは英雄とテオの違いを察し、その弱さを看破していたかもしれない。
経験不足、慎重すぎる性格、そして身に余る能力。
今回の敗因はその三つだ。これらのうち一つでも克服できていれば、ヒデキに勝利はあった。
「次は負けない……! 全員捕らえて、肉体も精神もずたずたにして……いいや、いっぺんに壊すのは良くないな。少しずつ、何年も時間をかけて……ふひひひひ!」
心に怯えを持ったまま、ヒデキはユニコーン騎士団に対する怒りを燃やす。己の敗因など考えもしない。
だが、魔族には――転生者には圧倒的な能力がある。
この世界の『根幹』と繋がり、そこから情報を引き出す能力。
毒霧の中を自在に転移する能力。
毒霧内の異変を察することができる能力。
人間とは比較にならない肉体能力。
『完璧触手』と呼ばれる召喚能力。
<核>さえ壊されなければ何度でも蘇る不死性。
例え慢心していても、負ける道理はない。圧倒的な力でねじ伏せることは容易なのだ。
「負けない……この僕を怒らせたことは、絶対後悔させてやる……!」
怒りは純粋な感情。その怒りのまま力を振るわんと、ヒデキは歪んだ笑みを浮かべていた。




