テオとアイン
「あの……本当にアインなの……?」
『せやで。テオフィルはん。イリ姉さんからいろいろ話は聞いとるわ。自慢の弟やって。ああ、そこそこ。ブラッシングはイリ姉さんよりうまいなぁ』
テオはユニコーンをブラッシング死ながら、アインはテレパシーのようなもので返事しているため、傍目から見ればテオが一方的にアインに語り掛けている様にしか見えない。
『信じられへんのはこっちも同じやわ。なんか乗り方が違うなぁ、と思ったら男やったなんて。驚き桃の木山椒の木やで』
「はあ……。いや待って! ボクが男だっていうのに乗せてたの!? ユニコーンて乙女しか載せないはずじゃ!?」
『ああ、それは問題あらへん。テオぼんの体は乙女やからな。せやけど魂は男やからなぁ。なんぞ事情でもあるんやろうけど、まあイリ姉さんのよしみやし、ええかなって思ったんや』
ユニコーンの言葉は聞きにくいなぁ、と思いながらテオは安堵する。異種族間の思念は基本的に通訳魔法も同時に行われる。だが、それを挟んだうえでのこの言葉だ。意味は通じるが、なんか馴れ馴れしい。イリーネの事を『イリ姉さん』と呼んだり、テオのことも二回目で『テオぼん』になったり。
『まあ、イリ姉さんのことは詳しく聞かへんわ。なんぞ事情があって代理をよこした、いうのは察するで。せやけどまさか男が来るとはなぁ。このアイン様も長年ユニコーンやってるけど、こんなけったいな乗り手は初めてやったわ』
「まあその、それは……色々と申し訳ありません」
ボクも女性になってユニコーンに乗るなんて初めてです。心の中でそう追加する。
『すまんすまん。脅かしてるんやないんや。むしろイリ姉さんより優しい乗り方で助かるぐらいやで。特に方向転換前に手綱を軽く引いて教えてくれるのは本当に助かるわ。イリ姉さんは結構力入れてくるからなぁ』
「姉さんは結構力任せの所があるから」
『せやな。ちょいと強引な所があるわ。テオぼんは逆に押しが足らんのとちゃうか? 今もなんかここが潮時みたいな顔しとったで?』
アインに指摘されて口を紡ぐテオ。ついさっきまで考えていたことが脳裏をよぎる。
青螺旋騎士団の団長を誰かに継承する。そうすれば自分は元に戻ることができる。
『ワシ等ユニコーンにとっては人間の都合はよう分からん。イリ姉さんの都合もテオぼんの都合もな。せやけど魔族が出てきて厄介になった状況で弱気になるのはアカンで』
「……でも、ボクが戦っても魔族に勝てるはずが」
『さっきはうまく追い払ったやんか。ええハッタリやったで。テオぼん、弱いくせによう逃げずに気張った想うわ』
「……ああ、弱いのもわかるんだ。だったらなおの事――」
『それは違うで、テオぼん。たしかにイリ姉さんに比べたらテオぼんは弱い。つーか、あの姉さんが規格外なだけや。人間やめてるわ、あの強さ。いうなれば超女騎士や。敵国に負けて捕まってもくっ殺言う前に自力で鎖千切って反撃するタイプや』
時々わけのわからない言い回しをするなぁ、と思いながらテオは頷く。まずイリーネが負けて捕まるというヴィジョンが浮かばないのだが。
『せやけど、それはあくまで肉体的な強さや。強さっていうのは武器と一緒や。それで国を守るか、人を脅すかは持つ人間次第なんや。テオぼんは確かに弱い。変異した魔族よりも弱い。いや、街の兵士よりも弱い。いや、街の男よりも弱い。もしかしたら子供にも負けるかもしれへん』
「ごめん……その、流石に傷つく……」
『せやのにテオぼんは魔族に立ち向かう勇気があった。その心意気こそが本当の強さであり、漢気や。それを失ったらあかん。ワシはそう言いたいんや』
アインの言葉に、胸を打たれるテオ。そういった褒められ方をされたのは初めてだった。弱さゆえに何もできないと思っていた自分に光が差してきた気がする。
『……まあ、でも次あの魔族に会ったら殺されるわな。そこは勘違いせんときや』
「現実に戻さないで! せっかく感激してたのに!」
『オチつけへんとアカン気がしてなぁ。あ、そろそろ嬢ちゃん達戻ってくるで。仕事に戻ろか』
アインの思念と同時に、遠くから馬が駆けてくる声が聞こえてきた。シャーロットとノエミのユニコーンの蹄の音だ。
休憩は終わり、浄化作業が再開される。




