テオの休憩時間
「どうしたんだろう。皆。ついてくるなって言ってたけど」
テオは一人、火を焚く用意をしていた。毒霧に冒された区域の木がどういう影響を受けているかわからないため、町で購入した木を使ってキャンプの用意をする。乗っていたアインを休ませながら水の用意をする。ユニコーンで浄化した水だ。これほど安心できる水はないだろう。
「魔族か……。いずれ戦わなくてはいけないのかな」
テオはグテートスの南方を見ながらそんなことを口にする。言ってから当たり前かと嘆息した。理由のわからない偶然でどうにか抗戦を避けた形だが、真正面から戦っても勝てる相手じゃないのは確かだ。少なくとも、自分よりはるかに強いシャーロットやノエミはあっさりと捕らえられた。
「どうしたらいいと思う、兄さん?」
『わからん。だが相手が暴れるだけの怪物ではなく、明確に知性ある存在だとわかっただけでも僥倖だ』
指輪の向こうに居るカミルに問いかけるが、明確な答えは返ってこなかった。だが、兄のいう通り、相手の情報が少しわかっただけでもよしとしなければ。
(いや、最もよしとしないといけないのは、今生きているという事か)
浄化済みの空気を吸いながらそんなことを思う。改めて思い返せば幸運だったと言えよう。思い出して、足が震えてきた。二度と同じ手段は使えないだろう。相手に知性があったからの結果だが、相手に知性がある故にこういった奇策は二度と使えない。どうしたものか……。
『テオ、忘れるなよ。お前の使命は魔族をどうにかする事じゃない。青螺旋騎士団の後継者を決めることだ』
「……え?」
『魔族と戦って勝てる道理はない。最悪のシナリオはここで青螺旋騎士団が壊滅することだ。ここで撤退して作戦を練り直す、という名目で騎士団を引き上げるのも一つの手だぞ』
カミルの言葉に我に返るテオ。
テオがイリーネの姿になった理由は『イリーネの立場でうまく騎士団を引退すること』だ。ユニコーン騎士団の作戦の妨げにならないように後継者を決め、そして引退後は男の体に戻る。それがテオにとって最良の道だ。
ならば兄の言うようにここで退き返すのも手ではある。魔族と無理に敵対する必要はなく、様々な引き延ばしを行い時間を稼ぐのも一つの手ではあるのだ。その分、浄化作戦は遅れるが、それは新しい団長に任せてしまえばいい。
「それは……」
『勿論、浄化作戦を終わらせるというのが一番だ。だが魔族の出現によりそれが困難になった以上、選択肢の一つとして留めてくといい。どちらにせよ、私は助言程度しかできそうにない』
「……わかった」
テオは頷き、魔術で生み出した炎を薪に向ける。撒いた油に炎が引火し、薪に熱がこもるまで間、無言で考え事をしていた。
カミルの言っていた案。それはとても現実的な案だ。魔族と戦うという事は、自分の能力では無しえることができるものではない。それのあるなし以前に、自分にユニコーン騎士団の団長など務まるはずがない。現にヒデキが出てくる前の戦いでは、戦いの空気に飲まれて怖気づいていたのだから。
ここが潮時なのでは? カミルの言うように理由をつけて時間を引き延ばすのが一番だ。そして団長の地位を引き継ぎ、男に戻る。そうすれば――
『あー。あかんで。自分男やろ? そういう後ろ向きな考えはモテへんで』
直接テオの頭の中に響く声。ハンナの通信魔法ではない。カミルの指輪からの声でもない。もっと別の……どこか乱暴な口調。
何よりもその声はテオが『男』であると明言していた。自分とカミル以外は知らないはずの秘密だ。それがばれているという事はテオの立場はかなり危うくなる。そこまで思い至り、顔を青ざめるテオ。首を左右に振り、声の主を探る。
『ここやここや。あんたの目の前におるで。ほら、アイン様や』
「……アイン……?」
聞こえてきた思念に従い、自分が今まで騎乗していたユニコーンの方を見る。
純粋な瞳をこちらに向けて嘶く一角獣。見た目麗しい馬の幻獣は、挨拶とばかりにテオに思念を送る。
『挨拶するのは初めてやな、TS処女。ああ、厳密には違うんか。まあ気軽にアイン様と呼んでくれ』
「てぃーえす……? あ、テオです。テオフィル・ゲブハルト」
よく分からない呼び名とユニコーンに語り掛けられるという常識外の出来事に、テオは思わず素で自己紹介をしていた。




