兄と弟Ⅱ
イリーネ・ゲブハルト。
彼女はテオと双子の関係にある。便宜上、先に生まれたイリーネが姉ということになっており、テオも幼いころからイリーネのことを姉と呼んでいる。
幼き頃から武勇を学び、六歳の頃にその槍の才を見出され、本格的に騎士になるための教育を受けることになった。イリーネはその教育を十分にこなし、十二分の結果を生み出していた。
成人(この世界では十五歳で成人となる)すると同時に騎士団入りする。槍の才能と最高の教育、そして常に前を見続ける精神。イリーネはまさに騎士になるべくしてなったといわれ、僅か三年の活躍で幻獣騎士の団長となる。ユニコーンナイト部隊、『青螺旋騎士団』に。
まさに栄光の階段を上りつつあるイリーネ。そして魔毒を祓うために在る清らかなユニコーンナイト。それを疎む者は少なくないのだろう。敵である魔族はもちろん、嫉妬に狂う国内の騎士たちも。
「イリーネと、アイツが率いているユニコーン騎士団の話だ」
カミルの言葉にテオは先を促すように頷く。何を聞いても驚かないと自らを律しながら――
「イリーネは純潔な乙女ではなくなった」
…………。
「え?」
「何度も言わせるな。アイツは男と枕を共にしたのだ」
「それって、えええええええええ!」
二秒前の戒めはあっさり瓦解した。
「相手の名前はシリウスという。出会いは休暇中のドバネー島。そこで魔族の襲撃を受け、それを撃退すべく共闘したとか。最初は反目しあっていたのだが戦いを通じて意気投合し、事に至ったようだ」
「………うわー」
――ここで懐妊した子が成長し、親子で魔王を倒して伝説の勇者と呼ばれることになるのだが、それはこの物語とは別の話である。
「それは……おめでとうございます」
「普通ならそうなのだが、アイツの場合はそうもいかない」
頭を抱えるようにカミルは手を額に当てる。相思相愛となった家族を素直に祝福できない理由があった。
「これでイリーネはユニコーンに乗れなくなった。ユニコーンは純潔な乙女以外を背に跨らせようとしない――どころか近づけさえもしないからな」
「あ」
テオはようやく話の流れが理解できた、とばかりに頷いた。
ユニコーンは本来凶暴な幻獣だ。確かにドラゴンのような天災級の幻獣と比べると劣るが、人間が捕らえるのは不可能なレベルの強さを有している。
そんなユニコーンが唯一心を許すのが、清らかな女性だ。どういう理由かは謎だが、そういった女性にのみ懐き、騎乗することを許される。
つまりイリーネは、ユニコーンの背に乗る資格を失ったことになるのだ。これではユニコーンナイトの騎士団長など務まるはずがない。
「じゃあ……イリーネ姉さんは騎士団長引退? まだ就任して一年も経ってないけど」
「いや。今ここで団長引退というわけにはいかない。新規団員参入および部隊再編となればそれなりに時間がかかる。ユニコーンによる浄化を望んでいる地域は多いからな」
ユニコーンは穢れた水を浄化し、毒を祓う。魔族により水や空気が汚染された地域は多く、この国にユニコーンは三騎しかいない。故に部隊再編という余分な時間をかけている暇はないのだ。
「そしてこのような醜態で騎士団長引退となれば、ゲブハルト家の名誉にかかわる。他の貴族に足元をすくわれかねない。そういう理由で秘密がばれないように、その男と一緒に誰にもわからない場所に居てもらっている」
真の頭痛の種はそっちか。テオはカミルの渋面を見ながら心の中で溜息をついた。昔から父を超える地位を得ると言っていたけど、王宮入りしてからカミル兄さんは出世欲が増したなぁ。
名誉云々はさておくとしても、これは大きな問題だ。国中で待ち望まれているユニコーンナイト。その足並みを崩すことは許されない。だが騎士団長のイリーネ姉さんはユニコーンに乗ることができない……。
「ユニコーンに乗らずに……指揮を執るとか?」
「アイツにそんな真似ができると思うか?」
「…………無理だよね」
自分で言って無理があるよな、とテオは思い直した。イリーネは他人を危険に晒すよりは、自ら渦中に飛び込む性格だ。その性格で何度助けられたことか。
「じゃあどうするんですか? ボクにはどうしたらいいかわかりません」
「問題ない。我に策ありだ。だがそれにはテオ、お前の協力が必要になる」