シャーロットの休憩時間
休憩に入ったハンナとシャーロットとノエミが行ったことは、先ず体を洗う事だった。
それぞれ口には出さないが、触手に触れられた部分が熱を帯びたように疼いていた。それはじわじわと全身に広がり、体と心を蝕んでいく。女性の本能的にこのままではよくないと察していた。早くこれを洗い流さないと。
「何よこれ、何よこれ、何よこれ!」
シャーロットは未知の感覚に怯えるように、触手から分泌された液体を洗い流していた。このままじゃいけない。汚れと穢れの両方を払うように、必死になって体を洗う。幸いにして洗えば洗うほど熱は下がっていく。
任務途中で見つけた池。浄化も済んでいる池の為、危険は全くない場所だ。ノエミも一緒に来ていたが、互いに申し合わせた様に池の反対側に移動していた。姿は見えるが、何をしているかは見えない距離。
体の火照りも収まり、息を整えて座り込む。ぱしゃり、と水音を立てて体を泉に沈めた。もう大丈夫。なんの問題もない。次に魔族にあったら、この屈辱を晴らして……。
「……無理……かな……」
冷静になれば現実も見えてくる。シャーロットは今日襲ってきた魔族と、それが操る触手の動きを思い出し、そう結論付ける。あの動きは見て避けられるものではない。それが一本ならともかく、複数で襲われたらどうしようもない。次こそ捕まって、そしてさっきの疼きが――
「忘れろ忘れろ忘れろ! ……くぅ……!」
先ほどまで襲っていた感覚を思い出しそうになって、慌てて首を振る。あれは思い出してはいけない感覚だ。
とにかく捕まらなければいい。見敵必殺。魔族の姿を見て、躊躇なく攻めればいいのだ。ユニコーンの脚力と槍術。それさえあればきっと勝てる。今までだってそうやってきたじゃないか。
少なくとも騎士長はあれを避けきった。けして躱せないモノではないのだ。そう騎士長のように動けば――
「……やっぱり、すごいよね、騎士長は」
そこまで思い至り、落ち込むシャーロット。圧倒的な槍術と行動力でで若くして騎士長に就任したイリーネ。その出会いを思い出していた。
シャーロットの親は平民だ。そしてどれだけ実力を得ても、平民が貴族になれることはない。つまり、平民出のシャーロットが准騎士になることは決してない。
その唯一の例外が『爵位を買う』ことだ。娘の槍の実力を知った両親が、必死の思いで積み重ねた上納金。娘には不自由をさせたくないと願い、そしてシャーロットもその思いを受けて爵位を得る。ここで出世して、両親に楽をさせたい一心で。
シャーロットの槍術は、確かに卓越した者だった。並の准騎士では太刀打ちできず、腕っぷしのある騎士位ですら恐れをなすほどだ。
それでも彼女が准騎士の地位にあるのは、ひとえに『平民の成り上がり』という烙印があるからだ。身分の差。それはこの世界では大きな壁だ。だがそれを乗り越えようとシャーロットは必死になって頑張った。
そしてシャーロットはイリーネのことを聞く。若くして騎士となったゲブハルト家の長女。近く騎士長になると言われた貴族の娘。怒りと同時に好機を感じていた。彼女を打ち負かせば、何か変わるのではないかと。だが結果は――
「ウソ……! 私が負けたの!?」
「ええ。だけど貴方も大した強さだったわ。名前を聞いていいかしら?」
「准騎士シャーロット・ナイゼル……平民出の一代爵位だけど」
「見事よ、ナイゼル准騎士。いいえ、身分に意味はないわね。シャーロット……と呼んでもいいかしら」
それが二人の出会い。槍の腕だけではない。負けた相手に対する敬意。そういった全てを含めてシャーロットは敗北した。
シャーロットはイリーネの強さに心酔し、イリーネもその槍術に惚れこんで自分の部隊に編入させた。シャーロットの出自や身分ではなく、純粋に実力を正当に評価されたのはこれが初めてだった。
いつしかシャーロットの目的はイリーネを支えることに変わる。単独でもそれなりの実力を持つシャーロットは、イリーネと別任務に就くことが多かったがそれでも同じ騎士団で活動できるのは嬉しかった。
(騎士長の背中に守ってもらえて……何だろう、この気持ち。すごく暖かい……)
そんなことを思いながらシャーロットは池から出る。これで助けてもらうのは何度目か。
今日助けてもらった背中を思い出しながら、イリーネへの想いは深まっていく。




