ハンナの休憩時間
休憩に入ったハンナとシャーロットとノエミが行ったことは、先ず体を洗う事だった。
それぞれ口には出さないが、触手に触れられた部分が熱を帯びたように疼いていた。それはじわじわと全身に広がり、体と心を蝕んでいく。女性の本能的にこのままではよくないと察していた。早くこれを洗い流さないと。
(この熱は……。いやだ。忘れないといけないのに……!)
ハンナは門近くの湯浴み所に駆け込み、必死に体を洗う。疼きから逃れるように必死に。彼女は熱の正体を知っている。この火照りは男女の営みの際に発せられる熱。その熱と共に思い出される彼女の傷跡。
突如飛来した<核>と魔族。それにより領地を失ったレーナルト家。領民を連れての逃避行。難民となった彼らを受け入れた領主は、見返りにハンナの体を要求した。それだけで難民を受け入れると慈悲深く、そして欲望に満ちた目で。
逃亡で疲弊した難民達。それを思えばハンナがこの要求を跳ねのけることはできなかった。領主の思うままに乙女を蹂躙され、それは半年の間続いた。
その無法を知り、救い出してくれたのはイリーナだった。
当時まだ騎士位に達したばかりの彼女は、その地位では到底かなうべくもない権力を持つ領主に立ち向かい、そして勝利した。――その陰にはその領主を没落させようとする兄カミルの策謀があったのだが、それは今のハンナですら知らない事実だ。
「大丈夫!? ハンナ!」
暗澹とした未来しか見えなかったハンナの元に、颯爽と現れた騎士。その手が、その笑顔が光を示してくれた。この世界に希望があるという事を教えてくれた。
その手を握りながらハンナは強く誓う。この人の為に仕えよう。この人の為に生きよう。たとえこの思いが伝わらなくとも構わない。裏切られたって構わない。ずっとそばに居て、そしてこの人の為に死のう。
その想いをハンナは自覚していた。これは愛だという事に。領地を失った娘と、騎士位の娘と言う身分の差は大きく、何よりも性別の壁があることは知っている。それでも好きになることは止められなかった。
そして今日も――
(魔族の攻撃から助けてくれたイリーネ……。魔族を恐れず、盾になってくれた)
探査魔法で見た映像は、魔族の前に立つイリーネの姿。それはあの日助けてくれた騎士の姿を彷彿させる。触手に動きを拘束され、体を這う気持ち悪い感覚に怯え、全てをあきらめかけた時に助けてくれた。それがハンナの気持ちを増幅させる。
思い出すだけで胸が締め付けられる。触手の粘液による疼きとは別の作用で、体が熱くなってくる。心臓が激しく脈打ち、顔が赤くなってくる。わかってる。この気持ちは知られてはいけない機密。気持ちを隠すように水を浴び、火照った体を浸すハンナ。
(こんな気持ちを持ってるってイリーネに知られたら……きっと嫌われる)
冷えた体で自分を律するハンナ。今まで通りの立場で彼女に接しよう。
幸いなことに、イリーネは多少のスキンシップを許容する性格だ。抱き着いたり、一緒に寝たりしても、ふざけてる程度で済まされる。それでいい。それ以上を求めるなんて贅沢だ。他の団員に対してもそういう事をするのはやめてほしい、とは思うけど。
(あれ? でも昨日は……)
そこまで思って、ハンナは昨日のイリーネの態度がおかしいことに気づく。何がおかしいかはわからないが、どこかよそよそしい態度だった。何か遠慮しているような、そんな態度。
思えば、違和感はある。行動的なイリーネがこの作戦に至っては後衛に下がったままだった。そもそも今回の作戦に至っては、彼女にはありえないほど綿密な計画を立てている。それ自体はイリーネの地位を考えれば当然のことなのだが……。
「何かあったのかしら……」
違和感は今、疑念につながる。




