魔族ヒデキ
唐突だが、時間と場所が移る。
時は半年程前、場所は遥か上空。魔王コーロラが住む巨大な建築物。それは『天空城』や『魔王城』と呼ばれるそれ。鳥のように巨大な羽を広げて飛ぶ城は、天空を駆ける幻獣でない限り届かない領域。そして城を護る数多の軍勢がそれを阻む。何よりも散布される毒霧が幻獣の力を奪っていた。
そんな城の一室。部屋の中央には円を基礎とした幾何学的な文様。この世界では魔法陣と呼ばれるそれに似ているが、遥かに複雑で、そして規模が大きい。世界最高峰の魔術師を集めても理解できないだろう規模のそれ。
それを理解しているのはこの世界でただ一人。魔王コーロラと呼ばれる存在だけだ。肌の色は白く、どこか病弱な感じを思わせる少女。その周りを飛び交うように小さな宝石が舞っている。そして何よりも、その周囲を高濃度の毒霧が包んでいた。
そのコーロラが魔法陣の前に立ち、呪文を唱えている。時間、空間、重力、運命……そういった常人には理解できない概念を操作し、魔法陣という器を満たしていく。そして――
「ぶっはー! トラックに轢かれ……あれ?」
魔法陣の中に一人の男が現れる。やや太り気味で不摂生がたたっているのか肌が荒れた男。何かから身を護るように両手で顔を覆った格好で呆然としていた。
「始めまして、異界の方。私は――」
「うはー! これってもしかして異世界転生!? うは、脱ニート! 勇者秀樹キター! チート無双、チート無双!」
そして一転し、はしゃぎだす男。秀樹と言うのが名前なのだろう。コーロラはそれを理解する。
「聡明ですね、ヒデキ様。多くの方はこの状況で怖気づいて、理解を放棄してしまうのに」
「フフン、そういう小説たくさん読んでるからね。あれでしょう? 世界が危機に迫ったから異世界から人を呼んで世界を救うとかそういう類。で、君はこの世界の女神様」
「はい。私の名はコーロラと言います。このディルストーグと呼ばれる世界は今、『魔素』により蹂躙されています」
コーロラが手をかざせば、映し出される地上の風景。竜や天馬を駆り戦う風景や、普通に生活を営む人々の姿。
「……平和に見えるけど?」
「はい。ですがこれは怪物により洗脳された偽りの姿。大地は『魔』に染まり、その力を使うことで彼らは気づかぬうちに洗脳されているのです。
世界を救うためには、この<クリスタル>とそこから発される空気で大地を満たす必要があります。この世界を『浄化』するために貴方の力が必要なのです」
それは、この世界では<核>と呼ばれる物質。そして毒霧と呼ばれる空気。
「――という建前で」
「ん?」
「異世界を蹂躙したくありませんか? 欲しかったんでしょう、暴れられる場所が。その場所と力をあげましょう」
「……おお。いや、それは。平和な世界で暴れるとか悪役じゃん」
「あなたが選ばれたのはその素質を見込んでです。この魔法陣はそういった心を持つ者を呼ぶ術式。<クリスタル>を守り空気を散布してさえくれれば、好きに暴れて構いません」
コーロラの言葉は秀樹の心に染み入るように響く。これはただの言葉。何の力のない音の響き。
だが、秀樹の心は揺れていた。異世界召喚。チート能力。好きに暴れていい世界。何よりも……。
「それとも元の世界に帰りますか? 別に強制はしません。サービスで死にかけている体は治してあげますよ」
「そ、それは!」
元の世界に帰る。それだけは嫌だった。社会からドロップアウトし、家族に寄生するように生活している自分。そんな生活と異世界で好き勝手やれる生活。どちらを選ぶと言われると、後者だった。秀樹と言う男はそういう男だった。
「……わかったよ。この世界を『浄化』するために戦おう」
「はい、契約成立です。転生者として様々な能力を付与しますね。あと好きな能力をこのリストの中から一つ選んでください」
「沢山あるなぁ……じゃあこれで」
「では今から地上に降臨させます。肉体を情報化して<クリスタル>に転送しますね。……ああ、降下途中でこの世界の飛竜騎士に迎撃される可能性がありますが、そうなったら運がなかったと思ってください」
「ちょ、それ今言うの! ちなみにどれぐらいの確率なの!?」
「三割ぐらいですよ……生存率が」
「わあああああああああああ! かえるぅぅぅぅぅぅ! おうちかえるぅぅぅぅぅぅ!」
――悪運が強いのかこの<クリスタル>は飛竜騎士の迎撃を突破し、グテートスの南方に突き刺さる。街から離れていたとはいえ街道を切断する形で突き刺さった脅威。そして『魔族ヒデキ』はゆっくりと起き上がる。
「能力は……ふむ、理解した。この<クリスタル>が復活ポイントでセーブデータ。行動範囲は毒霧の濃度が一定以上の場所って感じだな。ってことはこれを破壊されない限りは好き勝手できるってことか。ま、あんな女の言うことを聞く義理はないよな」
そして半年。魔族ヒデキはこの世界を堪能していた。最初はコーロラに抵抗するように世界を探索していただけだが、すぐに飽きてきたのか、その能力を振るい好き勝手暴れるようになった。コーロラの見立ては正しかったと言えよう。毒霧内の街一つを蹂躙し、そこに住む女を奴隷のように扱っていた。
そして現在。ヒデキは自分の<クリスタル>に近づく存在を感知する。<クリスタル>が発する空気を消し去っている者達がいるのだ。
「おいおい。僕の異世界ライフを邪魔しようとは。いけない奴らだな」
そして魔族は空間を渡って移動する。
場所はグテートスと呼ばれる街の近く。青螺旋騎士団がいる場所に。




