魔族襲来
(どうしよう。ボクの正体がばれないまでも、弱いってわかったらやっぱり信用を失うのかな……)
不安に思うテオの心配をよそに、グテートスの町周辺の浄化作業は順調に進んでいく。
魔族の襲撃はあの後も数度あったが、そのすべてをハンナが事前に察知し、シャーロットとノエミが片づけていた。息一つ切らすことなく戻ってくる二人に、テオは申し訳ない気持ちになるが、団員達は特に不満には思っていないようだった。
この辺りはカミルの指摘通りだったと言えよう。毒霧の濃度が濃くない場所の魔族は、基本的に自然物が変異したモノばかりだ。その数こそ多いが、逆に言えばその程度でしかない。個としての戦闘力は、毒霧がなければそれほど高くはないのだ。
それでも地上に落ちた<核>とその毒霧の除去が遅々として進まないのは、ひとえにユニコーンの個体数が少ないためである。
(そういう意味でも、この青螺旋騎士団のチームワークを乱すわけにはいかない)
自分にのしかかる重圧に、テオはため息をつく。姉の威を借りているとはいえ、彼女達を統率しているのは自分なのだ。とにかくこの作戦を終わらせ、その後に次の団長を任命しなくてはいけない。それを誰にするかは決めかねるが、正直言えば自分以外のだれが着任しても問題ないように思える。
例えばハンナ。ユニコーンにこそ乗れないが、高い情報収集と冷静な判断能力は部隊の指揮を行うのに必要な能力だ。騎士と言う身分も、社会的に騎士団長を襲名するのに過不足ない。
例えばシャーロット。勇猛果敢な突撃は、部隊を高揚させる。その戦闘力は高く、対魔族における旗頭としても十分な騎士だ。青螺旋騎士団の目的が<核>の除去で、その為に対魔族が必要である以上、彼女の戦闘力は必要不可欠と言えよう。
例えばノエミ。神の名を掲げた盾を手に戦場を疾駆し、その威光を示すように敵を葬り無傷で帰還する重武装の騎士。礼儀作法もしっかりした淑女。何よりも高名な貴族の娘と言う社会的な地位は騎士団の頭として相応しいのではないか。
(むしろ……彼女たちを押し退けて騎士長になったイリーネ姉さんの戦闘力がすごいのか)
槍使いで騎士長の座まで駆け上がったイリーネ。彼女はハンナの情報収集能力やシャーロットやノエミの戦闘力を凌駕し、騎士団長の地位を得る。その活躍はまさに英雄レベル。常人には決して届かぬ力の領域。何度その手を伸ばし、そしてその差に絶望した事だろうか。
イリーネは決して生まれ持った能力に胡坐をかいていたわけでは無い。能力を磨き、研鑽し、幾多の戦場を乗り越えて鍛えられた戦闘能力なのだ。
勿論テオとて努力をしなかったわけでは無い。双子の姉と同じように学び、努力し、そして学んだ。だが同じ時間――それ以上の努力をしても、姉の背を超えることはできなかった。
天才と常人の差。生まれ持った能力の差。同じ努力をして得られる能力の差。決して届かない能力の差。
(そんなことは……ずっとわかっていた)
生まれたからずっと感じていた壁。それはテオの性格に大きく影響していた。自分より優れた者に対する鋭い嗅覚。それと自分を比べてしまう性格。それはその分野に対する諦念を生む。自分の弱さをまじまじと見せつけられて、心が折れてしまう。
だがそれは裏を返せば――
「どうしました、団長? すこし気分が悪いのでしょうか?」
「そうですよ。ずっと後ろに控えて」
「病気……とかはないみたいですけど」
ノエミ、シャーロット、ハンナがそんなテオを心配するように話しかけてくる。我に返ったテオは大丈夫、と手を振って彼女達に応えた。大丈夫、正体はバレていない。そう自分に言い聞かせて、テオは浄化作業を続ける。
だが様子がおかしいイリーネに、三人は疑念を感じ始めていた。――中身はテオなのだから当然なのだが。
(……やっぱりおかしい)
(今日の作戦が終わったら、少し話をしてみよう)
(もしかしたら、言いづらい事件があったのかもしれない)
それは違和感を感じ始めている程度。違和感はわからないから違和感なのだ。おかしい、と言うだけでどこがおかしいと気付いていない。そんな心配。
だがそんな心配はある声によって遮られた。
「ふひひひひ、君達だな。この霧を払おうとしているのは」
虚空より現れた男。その声にユニコーン騎士団は驚愕する。空間を移動するなんて高等な術式を使用できる魔術師は大陸にも数人しかいない。ましてやここは魔族の毒霧の中。そんな高度な術式を使用すれば、良くて大陸のどこかにランダムで移動。最悪異空間に閉じ込められてしまう。
ならばそれを為した存在は何かというと、答えは一つしかない。
「魔族……! それも<核>の護り手……!」




