テオの初陣
枯れた木々が歩きだし、元は犬だったのだろう四足歩行の何かが歪に迫ってくる。巨大な蛙が奇怪な音を上げ、泥のような何かが地を這うように進んでくる。
魔族。それは毒霧にむしばまれた存在。魔族の毒霧により自然物が歪んで、命のようなものを得た存在。
数は三〇。毒霧の中において、魔族の力は強化され、人類の力は弱体化する。
だがそれは、ユニコーンを駆る者には通用しない。鍛え上げられた武勇と装備を如何なく発揮できる。
(あれが……魔族……)
テオが魔族を見るのは、これが初めてだった。無論、この世界に住む者としてその存在は知っている。だが、軍務に携わるものでない限り、基本的に魔族を見ることはない。その生息区域は毒霧により明らかであり、そこに足を踏み入れなければ出会うことはない。出会ったととして、それは次の瞬間死んでいるということだ。
心臓が大きく跳ね上がる。これまで『戦う』と言うことに無縁だったテオは、相手から向けられる暴力的な意思に当てられて委縮してしまう。ユニコーンの戦闘力だけでも問題はない。頭でわかっていても、とっさに判断が下せずにいた。
「『ツヴァイ』、行きます!」
口火を切ったのはシャーロットだ。ユニコーンの腹を蹴り、鐙を踏みしめ魔族に突撃を敢行する。上体をかがめて空気抵抗を減らし、騎乗槍を鎧の金具に固定して握りしめる。ユニコーンの脚力を使った鋭い突撃。
それは群をなす魔族の中腹を食い破り、そして突き抜ける。そのままUターンし、さらに突撃を開始した。魔族たちもそれに応対するために向き直るが、その突破力を止めるには準備が足りない。腕を振るってユニコーンを迎撃しようとするが、その腕ごと吹き飛ばされる。
「私も行きますわ。『ドライ』!」
少し遅れてノエミが駆ける。鎧の重量が重くシャーロットほどの速度は出ないが、それでもその速度は十分なもの。盾を前面にして疾駆するその姿は、敵から見れば銀の壁が迫ってくるように見えただろう。
犬のような魔族がユニコーンに突撃する。だがその突撃を予測していたかのように盾を向け、その一撃を受け止める。そのままノエミは手綱を操り、ユニコーンの足で魔族を踏み潰した。ぐしゃり、という音と共にその魔族は動かなくなる。
「数、二十、一九――」
その様子をハンナは事務的な声で騎士団の全員に伝えていた。彼女の役目は戦場の情報収集と、その伝達だ。元はこの地にあった生物などがどのように無に帰したかは、それこそ見ているかのように伝わってくる。
だが、心を折るわけにはいかない。それが彼女の役割。ここで情報を伝え損ねれば、前線で戦う騎士達が往生する可能性がある。故に冷たく。故に心を殺して。危険に身を晒していないとはいえ、これもまた戦いなのだ。
「大したことはなかったわね」
「ええ。準備運動にもなりませんわ」
戦闘は三分も経たずに終結した。馬の突破力と機動力。そして戦闘能力。敵影を相手が気づく前に察知できたこと。これらすべてが重なっての圧勝だ。大きな怪我もなく、戦いは終了する。
なんとか震えを押さえ込みながら、テオは言葉を出す。舌先が渇いていたため、一度つばを飲み込んで。
「お疲れさま。出る幕がなかったわ」
「いつも騎士長に一番槍を取らせはしないわよ」
「あの程度の数、恐れるに値しません」
シャーロットとノエミは勝って当然、とばかりに言葉を返す。だがそれが言えるのは彼女たちの戦闘経験があってのことだ。仮にテオが震えていなかったとしても、あれだけの結果は出せやしない。ユニコーン任せの戦闘になれば、もう少し戦闘に時間がかかるし傷も増えていただろう。
(改めて思うけど……ボク、足手まといだよなあ)
戦闘力、という面においてテオはこの二人の足元にも及ばない。そして姉のイリーネはこの二人を尊敬させるほどの戦闘力で部隊を統率していたのだ。
(どうしよう。ボクの正体がばれないまでも、弱いってわかったらやっぱり信用を失うのかな……)
喜ぶ二人を見ながら、テオはそんなことを思う。信用を失い、青螺旋騎士団が機能しなくなれば作戦続行どころではない。部隊再編などの手間により人類の生息圏回復は滞り、その間に広がった毒霧により魔族が跋扈するのだ。
だが、どうすればいいのか。テオには全く光明が見えないのであった。




