浄化作戦開始
朝日が街の壁を照らす。その日を受けて、三騎のユニコーンが毒霧漂う平野を進む。
ユニコーンの浄化能力が働き、毒霧を晴らしていく。その範囲はユニコーンの周囲20メートルほど。ユニコーンが進んだ分だけ霧が晴れていく。
初日の作戦は、町周辺の毒霧を払うことである。ユニコーンを走らせ、浄化を進めていく。そうすることで視界を確保し、同時に人類の生息圏を広げていくのだ。毒きりの発生源である<核>を取り除くためのベースを作るための作業である。
「とはいえ……地道な作業でやりがいがないですわね」
「まあまあ。これも騎士団の仕事ですから」
出発前、ノエミがぼやく。内容はともかく、やっていることはユニコーンに乗って走っているだけだ。だが、魔族の霧の中に足を踏み入れるのだ。襲撃される可能性は高いと言えよう。
とはいえ、心の底から不満があるわけでは無い。自分達にしかできない人類生息圏回復作戦。魔族に奪われた地を取り戻す為、青螺旋騎士団は出撃した。
※ ※ ※
馬上の鎧は基本高重量になる。それは馬に乗ることで、鎧を着て戦場を走り回るということがないからだ。馬の脚力は人間の比ではない。馬の疲弊を考えなければ、鎧は高重量で固めるのが安全なのだ。
「さあ、戦場に向かいますわ!」
例えばノエミのように、全身を金属鎧で包み、馬すら守れる盾を手にするのも正解の一つである。彼女は戦場において味方を守る役割を担っている。防御に趣を置き、片手で扱える剣などで敵をけん制しながら押し返す。これがノエミの基本戦術となる。
「分かってるわよ」
それに比べれば、シャーロットの武装はむしろ心もとないと言えよう。心臓などの重要箇所のみを守り、騎乗槍と、それを体に固定する金具。そして騎士団から支給された鐙。軽量化を求めて防御を疎かにした装備は、しかし戦果を見れば一定の効果を上げている。
「探査魔法展開。通信魔法問題なし」
ハンナは街の城壁に布陣し、魔法により探索を開始する。<核>が発する毒霧は魔法を通しにくい。魔力を発生させる大地を腐らせる成分が含まれているせいなのだろう。その為通信係とはいえ戦場に近い位置まで移動する必要があった。
「青螺旋騎士団、出陣!」
言葉少なくテオは号令をかける。テオの武装はそのノエミとシャーロットの中間と言える。過度の武装はせず、しかし軽装とも言えず。イリーネが戦場で使っていた鎧を打ち直す時間はなかったのだ。やむなくそのまま使用しているというのが現実だ。
正直テオからすれば重すぎるモノだ。こっそり使用した筋力増加の魔法でどうにか形を保っている程度に過ぎない。男として情けないものはあるが、それを嘆く余裕もないのだ。
「兄さん。カミル兄さん」
『うむ、聞こえている』
テオは他の三人にばれないように、こっそり指輪に語り掛ける。通信術を封じた指輪で、遠く離れたカミルと交信していた。
『毒霧の濃度から察するに、発生する魔族の強さは大したものではない。ユニコーンで蹴散らせるだろう』
「……だといいけど……」
『堂々と突撃命令をかけて、あとはユニコーンに任せておけば問題ない』
ぴしゃりと言い放つカミル。それ以上の質問を拒むような、そんな態度だ。テオもそれに押されて反論できずにいた。
(魔族……)
テオは今から戦う相手のことを思っていた。
天から降り注ぐ<核>の毒霧内で活動する存在。それには大きく二種類存在していた。
先ずは<核>を守るためにその中に居た者。そういった魔族は毒霧で強化され、こちらは弱体化する。その上で、こちらが知りえない術式を用いて攻めてくるのだ。天空のワイバーン騎士団すら手を焼くほどの存在で、<核>破壊の最大の障害と言ってもいい。
そしてもう一つ。<核>が大地を侵食していく際に変性した自然物そのものだ。汚染された水に住む魚や両生類。毒に染まった大地に生えた植物。そして毒霧内で力尽きた動物。そういったものは例外なく凶暴化し、生きている者に襲い掛かってくる。
カミルが言ったのは後者の魔族だ。霧の濃度が薄ければ、それだけ汚染される動植物は少ない。そういう意味で『大した強さではない』と言ったのだ。
「よろしく、アイン」
テオは自らが騎乗するユニコーンを撫でる。元男のテオを乗せても、ユニコーンは疑いもしない。カミルの薬は確かな効果を得ていたのだ。優しく撫でられたユニコーンは、任せろとばかりに息荒く答えた。事実、このユニコーンの戦闘力がそのままテオの戦闘力になるのだ。
毒霧の中に踏み入るユニコーン騎士団。ユニコーンと騎乗者を守るように角が淡く光る。毒霧はその光に触れれば浄化され、ただの霧に戻る。ユニコーンの持つ浄化の術。いざ目にすると驚きを禁じ得ない。慣れているシャーロットやノエミは気にすることなく進むが、テオはその光景に一瞬呆けてしまう。
それを現実に戻したのは、ハンナの通信魔法だった。硬い声で魔族の襲来を告げる。
「魔族反応あり! 西南方向に数三〇!」




