【選択肢3】 ノエミと同室
優雅とは、優しくそして雅があることを指す。
精錬された動作は、それだけで人を魅了する。その為の礼節、その為の動作。人はそこからその人の内面を感じ取り、心の壁を取り払う。
例えばそれは髪の梳かし方。道具を手に取り、優しく髪を梳き、そして道具を戻す。
例えばそれは服の脱ぎ方。ボタンに手をかけ、外し、そして水が流れるように服を脱ぎ、そして畳む。
それは一つの『動作』でしかないのに、見る者に感嘆の声を上げさせる所作。
ノエミの動きは、まさにそれだった。貴族階級の女性として、恥じることなき動作。
(……うーん、さすがベイロン家のご息女)
一週間の付け焼刃のテオなど及ぶべくもない。ただただ感心するばかりである。
「ふふ。団長、どうなさいました?」
「ええ。つい見惚れてしまいましたわ」
「あらあら。それは嬉しいですわ」
口元に手を当て、笑うノエミ。こういう所作一つをとっても、優雅と言わざるを得まい。
当たり前だが、ここは貴族の世界ではない。優雅な部分を主張する意味は全くない。それはノエミとて分かっている。この部屋にはノエミと自分しかなく、意識して優雅に見せる必要は全くない。
つまり、こういった動作が自然にできるということなのだ。幼き頃から身についた動作。もはや意識せずできる動き。
「まるでここが舞踏会のように思えてくるわ」
「――まあ、これは予想外」
テオの素直な感想に、虚を突かれたようにノエミが口を開く。思いもしなかった言葉に、驚きの表情を浮かべていた。
だが、テオからすれば冷や汗を流しそうな心境だった。
(しまった……かな? イリーネ姉さんが言いそうにない使いまわしだったかも)
イリーネの性格は熟知しているつもりが、イリーネがノエミとどういう会話をしているかは手探りだ。かたや若くして騎士団長まで上り詰めたエリート。かたや大臣の娘。それなりに高級なやり取りを予想していたのだが。
「団長もそういう詩的な言い回しができるようになったのですね」
「詩的……かな?」
「ええ。失礼ながら、そんな褒め言葉を団長からいただくなど思いもしませんでした。その一言があれば、数多の軍勢を前にしても恐れずに進めるでしょう。
嗚呼、楽団がいればここで高らかに演奏を鳴り響かせたいところです!」
両手を広げ、踊るように回転するノエミ。やや芝居かかった動きで、喜びを表現していた。部屋がもう少し広ければ、そのままミュージカルが始まりそうな雰囲気だ。
「此度の戦いは、素晴らしいことになりそうですわ。そう、歴史に残る第一歩として」
「――――」
戦い。その一言を聞いて、テオの動きは固まる。明日は戦場に立つのだ。それもユニコーン騎士団の団長として。
一歩間違えれば死ぬかもしれない。その恐怖が今になって襲い掛かる。冷静になれ、と思っても汗は止まらない。シーツを強く握りしめ、激しく動く心臓に手を当てる。
「……団長?」
「大丈夫。すこし、気分が悪いだけですから」
「いけません! わずかな健康の乱れが万病のもとになるのです! 無理をなさらずにお眠りください!」
「ええ。ありが……とおお!?」
言葉と共にノエミはテオをベットに押し倒す。真上から顔を覗き込まれるような体制。整った顔立ちと、真剣な瞳。それが少し顔をあげれば届く場所にあった。テオの心臓の鼓動が、大きく跳ね上がる。
見つめあう二人。その瞳に思わず吸い込まれてしまいそうな錯覚。目を逸らすことなく、そのまま見つめ合い――
「……あの、そろそろ止めていただかないと……」
「え?」
「その、動揺した仔犬のようにじっと見つめられると……何か良くない衝動に目覚めてしまいそうで……」
目線を逸らし、口ごもるノエミ。調子が狂うのか、動揺して顔を赤らめていた。湧き上がる衝動を、必死に理性で抑え込んでいる。予想だにしなかった反応に、テオは思わずずっと見ていた。
――結局、ノエミが根負けして自らのベットに戻るまで、この状態は続いたという。




