【選択肢1】 ハンナと同室
テオフィル・ゲブハルトとハンナ・レーナルトは、幼いころ同じ家で過ごしたことがある。それはテオの家が家族ぐるみでハンナの家と交友があり、家族総出でレーナルト領に出向いたことがある。その時も姉と一緒にだが一緒の部屋で寝たことがある。そう思えばこの状況はそれほど困った状況では――
「? どうしたの、イリーネ? 服脱がないの?」
(無理……! そう簡単に割り切れない……!)
寝巻に着替えるために服を脱ぎだすハンナ。なんでもないわと目をそらしながら、テオは自分の服に手をかける。
一瞬目に入ったハンナの体は、当たり前だが幼いころとは大違いだ。服の上からでもわかるほっそりとした肩、意外に着やせするんだなと思わせる胸、そしてわずかなくびれと臀部を包む下着。そこに手をかけてゆっくりと下ろし――
(駄目だ! これ以上直視するといろいろ大事なものを失ってしまう!)
何とか理性を総動員し、ハンナの着替えから目を逸らす。こんなのは卑怯だいやでも肉体は女性なのだからここで恥ずかしがるのもおかしなわけでそもそも姉の代わりにここに居るわけだからいやでも心は男なわけで男だらこそこの状況は目が離せないわけで。
「煩悩退散!」
「きゃあ! ……あの、どうしたんですかイリーネ? 急に壁に頭を打ち付けて?」
「大丈夫。悪は去ったわ」
なんとか心を落ち着けるテオ。問題ない。問題ない。心にそう強く言い聞かせて呼吸を整える。
「あの……。明日から大変なんだから変な所でけがをしないでね? 三騎合同作戦なんだし」
「ええ。わかってる」
ハンナが心配するのは、これがユニコーン三騎を投入した大規模な作戦であることだ。
個体数が少なく騎乗できる人間も限られるユニコーンは、リスク分散の為に基本的に別地域で活動する。まとまったところを攻められてしまえば、地上を浄化できる者がいなくなってしまう。
今回の作戦はそのデメリットを考慮したうえでの投入なのだ。それだけグテートスの街が戦略価値が高いかを示している。この街を奪還できれば物資の流通がはかどる。そうなれば国の経済が潤うのだ。
失敗は許されない。そのプレッシャーが押しかかってくる。
「まあ、イリーネだったらそんなに苦労はしないだろうけど」
「……うん。そう、よね」
歯切れ悪く答えるテオ。ハンナの言葉はイリーネへの信頼だ。だがここに居るのはイリーネではない。テオフィル・ゲブハルトなのだ。魔法で肉体強化してようやく槍を振るえる程度の騎士。
「……イリーネ?」
「うん、大丈夫。早く寝ましょう」
怪訝に思うハンナの声。テオは不安を覆い隠すように頷き、ベッドに入る。とにかく休もう。体調管理を怠るのは、戦う以前の問題だ。明日から大変なのは間違いない。最悪、死の恐れすらある……。
「……イリーネ、怖いの?」
気が付くと震えていたのだろう。ハンナが肩を抱くように手をかけてくる。掛け布団越しに伝わるハンナの体温。優しく、慈しむような幼馴染の声。
「当り前よね。軍神と言われても、戦いは怖い。イリーネはずっとそう言ってたもの」
(え……? 姉さんが、戦いが怖いって……?)
「大丈夫。今回は私もサポートするわ。だから安心して」
静かに告げるハンナの声。それはテオの不安とは微妙に的外れな慰めだった。
だが、その優しさは確かにテオに伝わった。今まで緊張していた糸が切れるように、テオの意識はゆっくりと微睡み、そして夢の中に落ちていく――
(……あれ? あのまま寝たのか……って!?)
そして朝。
目が覚めるとすぐ傍にハンナの顔があった。あのままハンナも寝入ってしまったのか。彼女の心地良い寝息が顔にかかる。少し顔を寄せれば、その唇に触れることもできるだろう。今なら気づかれることはない……。
(耐えろ……耐えろ、ボク!)
テオはハンナが目覚めるまで、鋼の精神力を総動員して動かずにじっとしていたという。




