前夜Ⅳ
(思考すること……それだけがボクにできることなんだ)
自分の弱さを知り、仲間を知り、地形を知り、敵を知る。それができれば勝つことは容易い。目的は魔族の≪核≫除去。その為に必要なことは――
「お風呂、上がりましたわよ」
「はい。お疲れさ――」
ノエミの声に反応して、テオは顔を向ける。
そこには、下着同然の姿で体をふいているノエミの姿があった。
湯上りの為、肌は上気して濡れている。所々しか隠していない格好は、ノエミのボディラインを十分に知ることができる。鎧を着ていた時には全く知ることのできなかった彼女の情報を。
先ずは胸部。肩から下に目線を下せば、その存在を主張するように大きく膨らんでいる。その大きさは体に対してアンバランスではない。すらっとした長身に合わせるようにその胸も大きい。下着で包まれているとはいえ押さえは十分とは言えず、それは歩くたびに揺れていた。
そこから視線を下せば絞るように細くなる。雪を想像させる白い肌。無駄のない体つきは、しかしその内部に鎧を支えるだけの筋肉が含まれている。それらは自己を主張することなく乙女の曲線の中に控えていた。
そして更に視線を下げれば太くそして瑞々しい太もも。想起させるのは獅子。美すら感じさせる妖艶な雰囲気を見せながら、しかし触れるものすべてを薙ぎ払う獣の王。それが触れることを許されるのは、その信頼を勝ち得た者のみ。
「あら? どうされました騎士長? 口が『ま』の形で止まってますわよ」
「いいえ。その格好は、殿方が見ていたらどうしたものかしら、とすこし思っただけです」
「? 何を言っているのですか。ここには女性しかいませんわ」
(……いろいろごめんなさい……!)
心の中で謝罪するテオ。体は女性でも心は男性。
だが、そんな罪悪感を吹き飛ばすものが目に入ってくる。
「あ。じゃあ次は私が入るわね」
見れば、今から湯浴みしようと下着姿のシャーロットがいた。
髪を留めていた髪飾りを外せば、その長さは背中まで届く。その髪の毛が隠すうなじは、しかしわずかに見えるからこそそのすべてを見たいと思わせる欲求が生まれてくる。
背中から感じるのは健康的な肉体だ。まっすぐ伸びた背骨。それを支える筋肉。そして手足。魅せるための筋肉ではなく、生きるため戦うために研磨された筋肉はか細く、しかし鋭い印象を受ける。さながら東国の戦士が持つ刀の如く。
だがその印象は脱力して息を吐く表情を見れば大きく印象が変わる。疲れか不安かその他の何かか、憂いを含んだ彼女の表情は儚さを思わせる。戦士の中にある、女の姿。それは男心に守らなければならない欲求を想起させる。
「って、もう脱いでる……!」
「? おかしな騎士長? むしろ騎士長の方が率先して脱いでましたよね?」
「そうですよ。何恥ずかしがっているんですか?」
「いいえ! 女性同士だから恥ずかしがることなんて――ってなんで脱いでるの!?」
ハンナの言葉に平静を保ちながら振り向けば、ハンナも上着を脱いでいた。
ノエミの胸が一点集中の重量系なら、ハンナの胸は隙の無い芸術品と言えよう。体の一部分から山のように膨らみ、ある種の数式の如く曲線を描く。その頂上を主張しつつ再びカーブを描き、体に戻っていく。
だが下半身はその真逆。腰のあたりで大きく膨らむ体つきは、否応なしに女性を主張する。騎士団の礼服を脱いで下着姿になれば、それがよくわかる。僅かに足を傾け、体を『く』の字に傾ければ、曲がる起点となる腰の艶やかさが主張された。
眼鏡の奥から疑問の意志を込めてこちらを見る。こちらを不思議そうに見るその目は、小動物を思わせる。深く信頼をしてくれる相手が、自分の行動で取り乱している。それが不思議で、瞳孔は真っ直ぐにこちらを見ていた。
「? ナイゼル准騎士の次に入ろうかと思いまして……もしかして騎士長、次入りたかったんですか?」
「いえ、後でいいです! その、女性同士だから恥ずかしくないですよね?」
「何故疑問形? ええ、はい」
(女性同士だからって大っぴらにしすぎ……!)
目くるめく入ってくる仲間の情報に、オーバーヒートするテオ。
作戦を思考する時間は、一旦停止することになった。




