豹変
「教育係って…まだ私一年ですよ?そんな責任重大なこと出来ませんよ…」
里中はがしっと私の肩をつかみ、見つめてきた。
「大丈夫、なんとかなる」
「説明になってないっすよ先輩!?」
「あのー…俺はどうしたら…?」
声が聞こえた方をばっと振り返る。そこには、一人の男子生徒が座っていた。上履きの色は…緑のラインが入っている。
朱山高校では、上履きに入っているラインの色によって学年を確認することができる。一年生は緑、二年生は赤、三年生は紺だ。
と、いうことはこの男子生徒は一年生…私や鈴佳と同学年ってことだ。
「ども、海野駿輔です」
「こいつがこの間入部してきたやつよ。どう?教育係できる?」
「え…」
私は困って海野をチラリと見る…が、強い目力で見つめ返され、思わず目を逸らした。
「え…あ…はぁ、まぁ…」
そして、気づいた時には返事をしていた。里中は嬉しそうに目を輝かせた。
「やったぁ!ありがと飯田!じゃぁぼちぼち教えてやってね!私はもう帰るから、あとはよろしく!」
「あ、はい…お疲れ様でした」
状況をうまく飲み込めないまま里中は生徒会室を出ていってしまった。
先輩…書類くらい元に戻しといてくださいよ…
私はしゃがんで先輩の散らかした書類をまとめる。思わぬ形で部屋に残され、気まずい沈黙が流れる。
「あー…えっと、私は飯田めぐみ。よろしくね」
立ち上がりざま、海野に自己紹介をする。海野はニコッと微笑んだ。
「これからよろしく。色々迷惑かけると思うけど…」
「お互い様よ、気にしないで?さっそく仕事教えようか?」
「あぁ、じゃぁ頼もうかな」
真面目そうな感じだな…と思った。まぁ、あくまで第一印象だが。
「えーと、じゃぁまずは請願書から…」
「はぁー、ありがとう飯田、大体分かったよ」
「そりゃ良かったわ。まぁ、あとは実際にやってみるのが一番いいと思うな」
仕事を一通り説明し終え、二人とも息をついた。
説明してて、やっぱり真面目だ、と私は思った。飲み込みも早いし、海野はどうやら仕事ができる人らしい。
「飯田」
「んん?なに?あ、お茶飲む?喉乾いたでしょ」
「あ、じゃぁもらおうかな」
私はテーブルの隅に置かれていたペットボトルのお茶と紙コップを手にとった。
「で、なに?」
「あぁ、いや、大した話じゃないんだw 飯田は彼氏とかいるのかなーって」
お茶を注ぐ手を一瞬止める。そして自嘲気味に切り出した。
「いや、いないんだよね…周りのみんなはでき始めてるよねー」
「えっいないの!?いるのかと思ってた」
「いないよ、何でそんなこと聞くの?」
純粋に気になって聞いてみる。すると海野はうーんと唸ってポリポリと頬をかいた。
「いやー、美人だから…いると思って」
「美人じゃないよw そういう海野はいるの?」
何となくいるような気がする。いい人そうだし、コミュ力も高い。それに…イケメンだ。
「いやー、恥ずかしながら、いないんだよね」
「えっ!?意外!いそうなのに」
「飯田……」
突然、海野が立ち上がって私の手首をつかみ強引に立ち上がらせた。
突然のことで何がなんだか分からなくなる。
「えっ…きゃ………!海野…?何するの………!?」
私の質問には答えず、海野は私を壁に押しつけ顔を近づけた。
「何するの?なんて…可愛いこと言うじゃん」
「海野……!?やめてっ………」
手を振り解こうとするけど力が入らない。足がすくんで私はその場にへたりこんだ。
「なぁ飯田……俺のこと、忘れちゃった?」
「え………!?」
何を言ってるんだコイツは、私は海野駿輔という人物を今日初めて知った。見覚えなんてあるわけないじゃない。
「し…知らないっ、知らないから離してっ……!」
「やだね…やっと会えたんだ、思い出せよ教育係…」
私は混乱して、何も言えなくなった。