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第2話 『理論上の最強生物(ウサギ)と、現実的な交渉決裂』

森だった。

 たぶん、森だ。

 いや、これ以外を「森」と呼ぶなら、俺の知っている「森」はただの「ちょっと木が生えてる空き地」に格下げになるレベルの、圧倒的な大自然だった。

「え、これ森だよねー? 俺の知ってる森と解像度が違うんだけど。木とか太すぎない?」

 俺――相馬 恒一が、幹の太さが俺の家のリビングくらいある巨木を見上げて呟くと、隣で鷹宮 恒一朗が顔をしかめた。彼は何か見えないスクリーンを指で弾くような仕草をしている。

「“だよねー”で済ませるな。まず確認すべきは座標じゃない。環境だ。方角、太陽の位置、地形の傾斜、足場の安定性、そして潜在的な危険要因リスク・ファクター

「うわ、急に社会のテストみたいなこと言うじゃん。赤点取ったら補習?」

「異世界はテストじゃなくて実地だ。落第したら補習室じゃなくてあの世行きだ」

「え、死んだ後にまた死ぬの? 死の二段構え? やだよねー、救いがないよねー。コンティニューさせてほしいよねー」

「文句を言う暇があったら周囲を見ろ」

 鷹宮の叱責をBGMに、真壁 宙士が新品のローファーで未踏の草を踏みしめながら、落ち着きなくきょろきょろしている。まるで修学旅行でテンションが上がりすぎて先生に怒られる男子生徒そのものだ。

「いやー、これ撮れるかな。光量が足りないか? いや、この木漏れ日の感じ、フィルターなしでいけるか?」

「何を撮るの? さっきから虚空に指枠作ってるけど」

「異世界初上陸の瞬間。俺たちの人生のハイライトだろ? 『【悲報】男子高校生、異世界で散る』みたいなタイトルでバズる予感がする」

「人生はもう一度終わってるし、そのタイトルだとバッドエンド確定だけどねー。もっと『異世界でハーレム建国』みたいな明るいやつにしてよ」

「お前の顔面偏差値じゃ再生数稼げねえよ」

「ひどくない!?」

 そんな俺たちの馬鹿話をよそに、霧島 仁絵さんは地面にしゃがみ込み、土をつまんで指ですり合わせていた。

 スカートが汚れることなど気にも留めないその姿は、鑑識官か何かに見える。表情は相変わらず能面のようだ。だけど、全身から発せられる“観察スキャンしてます”という圧がすごい。

「……土壌サンプルA、採取完了。粘土質寄りです。保水性は高いですが、表面の乾燥具合から見て、直近三日以内に降雨はありません」

「霧島さん、土触っただけでそこまで分かるの? 前世はモグラ?」

「分かります。というより、視界に成分表が表示されています。私の知識ではなく、スキル【解析】の結果です」

 そう言って霧島さんは立ち上がり、パンパンと手を払ってから、俺を見た。

 いや、正確には俺の顔ではなく、俺の頭上三十センチくらいの空間を見ている。

「相馬くん。あなたの上に、ステータス表示が出ています」

「え、マジ?」

 俺は自分の頭上を見ようとして首をひねり、そのままバランスを崩して転びかけた。

「見えない見えない! 俺、自分の頭の上見れないタイプだよねー! 灯台下暗しってレベルじゃない!」

「全人類そうだ。自分の背中が見えないのと一緒だ」

 鷹宮が冷たく言い放つ。彼の目にも何か見えているらしい。

「霧島、読めるなら読んでやれ。こいつが自分が何者か忘れる前に」

「はい。読み上げます。対象:相馬恒一」

 霧島さんが、まるで学校の朝礼で生徒指導の先生が名簿を読み上げるようなトーンで告げる。

「スキル:【無限思考】。状態:空腹。および『軽度の混乱』」

「……は?」

 俺は耳を疑った。

「ちょっと待って。『軽度の混乱』って何!? 俺たち、死んで、異世界に来て、森に放り出されて、腹減ってるんだよ!? 『パニック』でもおかしくないよねー!?」

「事実です。ステータスバーの精神汚染度は『グリーン』。正常範囲内です」

「お前は元から脳内が混乱してるから、今の状況が誤差の範囲なんだろ」

「俺の日常、そんなにカオスだった!?」

 真壁が手を叩いて笑った。

「よし、次は俺だ。俺も読んでくれ。俺のスキル、なんかこう、クリエイティブでかっこいい感じに出てる?」

「対象:真壁宙士。スキル:【複写アーカイブ】。状態:『興奮』」

「……興奮?」

「やめろその言い方! なんか卑猥に聞こえる!」

「事実です。心拍数、アドレナリン分泌量ともに上昇中。生物学的な定義における『興奮』状態です」

「興奮してない! ワクワクしてるだけ! ジャーナリズム魂が燃えてるだけ!」

「それを一般に興奮と言います」

「霧島さん、容赦なさすぎない? 言葉のナイフが鋭利すぎるよねー」

 鷹宮が腕を組み、ため息をつく。

「……俺のも出てるか?」

「対象:鷹宮一朗。スキル:【戦術演算】。状態:警戒。および『軽度の苛立ち』」

「苛立ってない」

「苛立っています。眉間の皺の深さが、平時より0.5ミリ深くなっています」

「……してるかも」

「してるんじゃん! 認めた!」

 俺が指差して笑うと、鷹宮がこっちをギロリと睨む。

「笑ってる場合じゃない。まず最優先は安全確保だ。水も食料もないが、それ以前にここが『敵性エリア』かどうかの判定が必要だ。霧島、周囲に危険な生物反応は?」

 霧島さんが眼鏡の位置を直し、周囲をぐるりと見渡す。その瞳が、青白く発光した。

「……スキャン中。鑑定範囲、半径五十メートル。現在、人型反応は私たち四体のみ。その他、動物反応は小型が複数。大型の熱源反応はありません」

「小型か。なら大丈夫だよねー。小鳥とかリスとかでしょ? ファンタジー感あるよねー。ディズニーみたいに歌いながら肩に乗ってきたりして」

「油断するな。異世界だぞ。小型が猛毒持ちの場合もあるし、集団で襲ってくるピラニアみたいな奴かもしれない」

「やめて。怖い想像やめて。俺のメルヘンな世界観を壊さないで」

 俺が身震いした、まさにその瞬間だった。

 ガサッ。

 背後の草むらが、大きく揺れた。

 風ではない。明らかに、何かが「居る」揺れ方だ。

「……来た」

 鷹宮が低く唸り、身構える。

「え、来たって何が来たの? 森の妖精? 歓迎してほしいよねー、異世界なんだからさ。ウェルカムドリンクとか持ってきてほしい」

「歓迎してくるのは大抵、死神だ」

「いや死はもう体験済みだよ! 人生二度目の死は勘弁!」

「二回目が来るぞ、構えろ!」

 ガサガサガサッ!

 草が割れた。

 緊張が走る。

 俺たちは息を呑み、出現した「それ」を見た。

 白くて。

 丸くて。

 耳が長くて。

 もふもふしていた。

「……うさぎ?」

 俺たちは一瞬、全員黙った。

 拍子抜け、という音が聞こえてきそうな沈黙だった。

 つぶらな瞳。ピクピク動く鼻。

 どう見ても、小学校の飼育小屋にいるアレだ。

 真壁がぽつりと言う。

「……これ、撮れる」

「撮るな!」

 鷹宮がツッコむが、真壁の手はもうスマホを構えている。

「いや、だって『異世界うさぎ』だぞ? サムネ映え確定だろ。タイトルは『癒やし動画:異世界の森でモフモフに出会ってみた』で決まりだ」

「異世界うさぎって何! ただのうさぎだろ!」

 霧島さんが、じっとうさぎを見つめる。

 解析の光が瞳に宿る。

「……鑑定結果が出ました。種族名:魔獣ホワイトラビット。レベル3」

「レベル3! 低い! スライムより弱いよねー!」

「攻撃性:低。……ただし」

「ただし!?」

 俺と鷹宮の声が重なる。

 霧島さんの「ただし」は、ろくなことがない。

「特性:『群れで行動します』」

「群れかー……まあ、寂しがり屋なんだねー。かわいいねー」

 その直後。

 ガサガサガサガサガサガサガサッ!!!

 草むらが、四方向――いや、全方位で同時に揺れた。

 サラウンド音響だ。

「……うわ」

 出てきた。

 うさぎ。うさぎ。うさぎ。うさぎ。

 右を見てもうさぎ。左を見てもうさぎ。

 白い絨毯のように、地面が埋め尽くされていく。

 かわいい。かわいい。かわいい。かわいい。

 ……数が多い。多すぎる。

 集合体恐怖症の人が見たら卒倒するレベルだ。

「いや、これ多くない!? うさぎってこんなに出てくるの!? バーゲンセール!?」

「出てくるときは出てくる。ゴキブリと一緒だ」

「例えが最悪!」

 鷹宮が一歩前に出て、俺たちを庇うように立つ。

「霧島、攻撃性は『低』なんだよな? こいつら、俺たちを見てるだけで動かないぞ」

「はい。通常時は温厚です。ただし――」

「また『ただし』!?」

「『空腹時は極めて攻撃性が上がります』」

「空腹……?」

 その時。

 俺の腹が、空気を読まずに強烈な自己主張をした。

 ぐゥゥゥゥ~~~~ッ。

 森に響き渡る、哀愁漂う重低音。

「……あ」

「いや、俺じゃないよ! 今の俺じゃない! 俺の腹! 俺の腹の虫だよねー!」

「お前の腹の音で、うさぎが空腹を思い出したぞ!」

 真壁がニヤニヤしながら、その様子もカメラに収めている。

「相馬の腹、異世界でもコミュニケーションツールとして通用するんだな。万国共通言語だ」

「通用してほしくない! 平和的な対話がしたい!」

 霧島さんが冷静に、しかし早口で続ける。

「追記事項。この魔獣は、『音』および『動く物』に過剰反応します」

「音って、俺の腹の音!?」

 俺たちの騒ぎに反応したのか、うさぎたちの一匹が、ピクッと耳を動かした。

 そして、その目が――赤く輝いた。

 かわいい黒目が、一瞬で充血したような赤色に変わる。

「……来るぞ」

 鷹宮が低く言った瞬間、俺の視界の端に、赤いウィンドウがポップアップした。

『警告:敵意を感知。

 戦術演算:推奨行動

 ①全力後退(成功率74%)

 ②威嚇(成功率32%)

 ③餌を投げる(成功率91%)』

「え、鷹宮! 俺にもなんか出てる! 出てるよねー!? 文字が浮いてる!」

「俺のスキル【戦術演算】の結果を共有してるんだ! 文字読んでる暇あったら動け!」

 鷹宮が一瞬だけ目を細める。

「③餌を投げる、成功率91%。……一番高い。おい、誰か餌持ってないか!?」

 全員が沈黙した。

 持っているのは、筆記用具と、スマホと、絶望だけだ。

「餌……ないよねー? あ、俺のポケットに消しゴムのカスなら」

「あるわけないだろ! うさぎが消しゴム食って満足するか!」

 真壁が手を上げた。

「俺の記憶だと、購買の焼きそばパンがカバンの中に――」

「それ、現世の教室だ! 時空を超えて持ってこいってか!?」

「持ってきてないよねー! 惜しい!」

 霧島さんが淡々と、所持品チェックの結果を告げる。

「相馬くん。あなたのポケットに入っているのは……昨日の昼休みに使い終わった『割り箸』一膳のみです」

「箸! ゴミじゃん! なんで俺、ゴミ持ってるの!?」

「習慣でしょう」

「悲しい習慣! でも待って、箸は武器になり得るよねー? 宮本武蔵も箸でハエを掴んだっていうし」

「お前は武蔵じゃないし、相手はハエじゃなくて魔獣だ!」

「やだよ! 俺、割り箸二本でうさぎ軍団と戦うの!? 絵面がシュールすぎる!」

 先頭のうさぎが、ぴょんと跳ねた。

 一歩。

 その跳躍力は、明らかにかわいくない。地面が少しえぐれた。

 距離が縮まる。

 口が開く。

 ――ギザギザの歯が見えた。

「歯! 歯が怖い! あれ肉食獣の歯だよねー!」

「鷹宮、威嚇はどうだ! 32%あるぞ!」

「低い! だがやるしかないか……大声を出すか、体を大きく見せて威圧する!」

「じゃあ俺が行くよねー! カラオケで鍛えた声量を!」

「やめろ!」

「え、なんで。俺の『千の風になって』を聞かせれば――」

「お前が大声出すと、音程が外れすぎて逆に相手の殺意を煽る!」

「偏見! そして事実!」

「経験則だ!」

 真壁が口を開く。

「じゃあ霧島に威嚇させようぜ。あの正論で論破して追い払うんだ」

「できません」

 霧島さんが即答する。

「なぜですか。うさぎ語が話せないからですか」

「いえ、威嚇は感情表現です。私は合理的かつ論理的に対処します。野生動物に論理は通じません」

「じゃあどうするの!?」

「餌がないなら、擬似的な餌を作ります」

「今!? この場で!? 三分クッキング!?」

 霧島さんは俺を見た。

 その目は、実験動物を見る科学者の目だった。

「相馬くん。【無限思考】を使ってください」

「え、俺!? 丸投げ!? 俺、考えればいいの!?」

「はい。あなたのスキルは、理論上可能であると認識したならば、解が出るまで思考速度を無限に加速させる能力です。何か囮になるものを捻り出してください」

「無茶振りだよねー!」

 だが、考えるしかない。

 うさぎが近づいてくる。

 鷹宮の視界の推奨行動ウィンドウが、カウントダウンを始めている。

『推奨行動更新

 ①後退(成功率62%……低下中)

 ②威嚇(成功率27%……低下中)

 ③餌を投げる(成功率89%)

 ※接触まで残り猶予:08秒』

「猶予って何!? 時限爆弾解除ミッションみたいになってる!」

「相馬、早く考えろ! 何か閃け! お前の無駄な脳みそをフル回転させろ!」

「考えてるよ! 考えてるけどさ、『餌』の定義って何!? タンパク質? 炭水化物? それとも愛?」

「愛で腹は膨れない!」

 思考加速。

 俺の世界がスローモーションになる。

 うさぎの跳躍が止まって見える。鷹宮の飛び散る汗がダイヤモンドみたいだ。

 餌。餌。餌。

 動く物に反応する。音に反応する。

 俺たちが持っているもの。

 スマホ(貴重)。制服(脱げない)。真壁(捨てたいけど一応人間)。俺(不味い)。

 ……待てよ。真壁のスキル。

「……閃いた。理論上、これはいける」

 俺はスローモーションの世界で叫んだ(つもりになった)。

「相馬、思いついたか!」

「真壁! お前の【複写】で、さっきの『巨大イノシシ』出せるか!?」

「巨大イノシシ? ……あいつか! でも映像だぞ!? 実体はない!」

「映像でいい! あいつら、俺たちの腹の音(ちっぽけな音)に反応したんだ! イノシシの咆哮とデカい図体が出現したら、本能的にビビるはずだ!」

「なるほど! 食物連鎖のピラミッドを利用するのか!」

 鷹宮が叫ぶ。

「真壁、早く出せ! 俺の生足が齧られる前に!」

「おう! 保存データ、フォレスト・ボア、展開! ――再生プレイ!」

 真壁が両手を掲げる。

 俺たちとウサギの群れの間に、巨大なイノシシの幻影が、咆哮の音声付きで出現した。

『グルルルアァァァッ!!』

 ド迫力。

 本物のウサギたちが、突然現れた「森の覇者」に反応して、ピタリと足を止めた。

 赤い目が、驚きで見開かれる。

「コココ!?」

 ウサギの群れが、蜘蛛の子を散らすように、一斉に逆方向へ逃げ出した。

「……逃げた! 釣れたぞ!」

 鷹宮が歓声を上げる。

『戦術演算:推奨行動更新

 ①左手の道へ移動(成功率95%)

 ②全力疾走継続(成功率93%)』

「左だ! あそこに獣道じゃない、踏み固められた道がある! 走れ!」

 鷹宮が先頭を切る。

「はい! 了解!」

 霧島さんがドリフトするように曲がる。運動神経悪そうに見えて、無駄のない動きだ。

「相馬、遅れるな! お前が一番トロいんだぞ!」

「トロいって言わないで! 俺はスロースターターなだけだから!」

 俺たちは森の中を、文字通り死に物狂いで駆け抜けた。

 しばらく走ると、木々が切り開かれ、視界がパッと開けた。

 そこには、木の柵に囲まれた集落が見えた。

 質素な木の家。畑。

 ザ・異世界の村だ。

「村だ……!」

 俺は感動した。屋根がある。人がいる。

「静かにしろ。ここからが本番だ」

 鷹宮が低く言う。

 その瞬間、村の入り口から鋭い声が飛んできた。

「そこまでだ! 動くな!」

 男の声。

 現れたのは、革の鎧を着て、長い槍を持った男二人組。

 完全に「ファンタジー世界のモブ衛兵AとB」だ。

「誰だ、お前たちは! どこの手の者だ!」

 切っ先が俺たちに向けられる。

 鷹宮が一歩前に出る。

「落ち着いてくれ。敵意はない」

「お前が代表みたいに出るなよ!」

「【戦術演算】が『交渉:俺』を推奨してるんだよ!」

「それ便利すぎない!? 俺の推奨は?」

「『相馬:沈黙』だ」

「ひどい!」

 霧島さんが小声で言う。

「鑑定完了。相手:近隣の村の自警団員。レベル7。武器:鉄の槍。状態:警戒レベルMAX。……私たちの服装が奇抜すぎるため、他国の密偵か盗賊と誤認しています」

「盗賊って何!? 俺たち、どう見ても善良な高校生だよねー!?」

「異世界に『高校生』という概念はありません。あるのは『不審者』だけです」

「悲しい現実! 不審者扱い!」

 衛兵がジリジリと間合いを詰める。

「答えろ! 何者だ! その奇妙な服はなんだ!」

 真壁が口を開きかけた。

「俺たちは、その、観光で――」

「待てバカ」

 鷹宮が止めた。「観光なんて概念が通じるか。余計なこと言うな」

「じゃあどう答えるの!? 沈黙は肯定だぞ!」

「それを考えるのが、相馬、お前の仕事だ!」

「ここで投げた!?」

 俺に視線が集まる。

 考える。【無限思考】、起動。

 目的:殺されないこと。保護されること。

 よし、これしかない。

「えーっと! 僕たち、迷子です!」

 俺は満面の笑み(ひきつっている)で答えた。

「迷子?」

 衛兵がポカンとした。

「そう、迷子だよねー! ビッグな迷子!」

 鷹宮が小声で怒る。

「急にフランクになるな! 緊張感が台無しだ!」

「いや、迷子ってのは心細さをアピールしないと! 母性本能をくすぐる作戦!」

「相手はおっさんだぞ! くすぐれるか!」

 衛兵が訝しげに槍を構え直す。

「迷子? いい歳した男たちが? この魔の森で? 武器も持たずに?」

「持ってないです! えーっと、僕たち、気がついたらここにいて……記憶が、こう、あやふやで……」

 俺が言いながら、背中に冷や汗が流れる。

 記憶喪失設定。ベタだが、一番ボロが出にくい。

 霧島さんが、すかさず一歩前に出た。

「申し訳ありません。私たちのリーダー(仮)の言う通り、私たちは混乱状態にあります。所持品も失い、現在、極度の空腹と疲労に苛まれています。決して皆様に危害を加える意思も、能力もありません」

「……お前、言葉がやけに丁寧だな。貴族か何かか?」

「いえ、ただの学生です」

 衛兵が霧島さんを見て、少しだけ槍の角度を下げた。

 やはり、美少女と敬語の組み合わせは異世界でも最強の武器らしい。

「……まあいい。村長に確認する。ついて来い。妙な動きをしたら串刺しにするからな」

「串刺し! バーベキューはやだよねー!」

「黙れ相馬」

 鷹宮に叩かれながら、俺たちは村の中央広場まで連れて行かれた。

 そこには、杖をついた老人が出てきた。村長だ。間違いない。

「この者たちは、森で発見しました。迷子だと言っております」

 衛兵が報告する。

 村長が俺たちをジロジロと見た。

「……旅人でもない。商人のようにも見えん。盗賊にしては間抜け面だ」

「間抜け面! 心外だよねー!」

「否定しきれないのが辛い!」

 村長が杖で地面を突いた。

「信用はできんが、放置もできん。一晩だけ、倉に入れてやる。明日、詳しく話を聞く」

「倉!?」

 俺は叫んだ。「ゲストハウスとかないの!? せめて布団!」

「あるわけないだろ。牢屋に入れられないだけ温情だ」

 鷹宮が諦めたように言う。「倉なら、雨風は凌げる。野宿よりマシだ」

「マシって何!? 俺たちの異世界ライフ、底辺スタートすぎない!?」

 霧島さんが静かに俺を見た。

「相馬くん。ここからが本当のスタートです」

「……はい。ですよね」

 俺たちは、埃っぽい木の倉に押し込められ、外から鍵をかけられた。

 暗い。狭い。そして何より――。

 ぐぅぅぅぅぅ。

 俺の腹が鳴った。

「……腹減った」

「そればっかりだな、お前は」

 鷹宮が壁にもたれて座り込む。

「でもさ、鷹宮」

「なんだ」

「理論上、ここで餓死することはないよねー。明日の朝には尋問があるんだから」

「尋問か……気が重いな」

「大丈夫だよ。俺たちには最強の武器がある」

「武器? 何だ?」

 俺はニカっと笑った。

「俺の『口から出まかせ』と、鷹宮の『苦労性』と、霧島さんの『正論』と、真壁の『盗撮』だ」

「最後の一つは犯罪だ!」

「チームワークで乗り切ろうぜ!」

「不安しかない!」

 こうして、俺たちの異世界二日目は、薄暗い倉の中で幕を閉じた。

 壁は高い。言葉の壁。常識の壁。そして物理的な倉の壁。

 ……まあ、越えるしかないよねー。

 理論上、不可能はないはずだから。

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