8 断罪 前
なぜこんなことに。
女は粗末な馬車に揺られながら唇をかみしめた。
(あたしは王子様と結婚して幸せに暮らすはずだったのに)
女の名はフローラル・ガーデン。
幼い時の彼女は何も持っていなかった。
父親が生きている間はまだマシだったかもしれない。しかし父が亡くなってか、母親は娘に構う暇もなく働きづめになった。そしてその母も病に倒れる。
薬があれば助かっただろうが、とてもフローラルには買えない。
「だれか助けてよ」
町に人があふれても、貧しい母子を顧みる人間はいなかった。
母の死後、知らない大人がやってきてフローラルを孤児院に入れる。
そこでも状態は良くならなかった。食べ物は奪われるし暴力も振るわれた。
大人や力の強い子に取り入らなければ生きていけない。
転機はお貴族の旦那様がいらした時だ。
フローラルは身に着けた処世術で精いっぱい媚びを売った。
魔力があることも功を奏し、彼女は引き取られる。
養父となった男爵には跡取りがいなかった。
「お前には貴族の学園に入ってもらう。その顔なら婿を見つけられるだろう」
家庭教師には一通りのマナーと知識をたたきこまれた。
「これだから平民出は物覚えが悪い!」
ムチでたたかれるのが嫌で必死に覚える。
学園に入学後は寮生活だから、男爵とも家庭教師からも解放された。
寮で、フローラルは1人の少女と出会う。
レジーナ・ベネット。彼女は全てを持っていた。
富・恵まれた環境・美しい婚約者・高貴な身分・賢さ・洗練された所作・愛してくれる家族。
生まれながらにして当たり前のように享受している彼女を、フローラルは許せなかった。
(すべて奪ってやったら、あれはどんな顔をするのだろう)
貴族の子女なんて箱入りの世間知らずだ。
フローラルがちょっと人間関係を操作しただけでひび割れる。
自分に治癒魔法の才能があったのも利用した。
神に選ばれし聖女であると匂わせ、公爵令嬢に嫉妬されていると嘆く。
悪意に打ちひしがれるレジーナを見るのは気分が良かった。
自分より下に引きずり降ろしてやる。
婚約者の心も、級友も、教師からの信用も、少しずつそいで行った。
全てが思いのままに進みすぎて面白い。
フローラルは止まれなくなって行く。
まるで依存性のある毒に侵されたように。
「あたくしが用意したお菓子は食べてくれないのね」
悲し気に自分から口に入れれば、公爵令嬢とてさし出された菓子を断れない。
フローラルは茶会の後ですぐに吐き出した。この毒は遅効性だから吐き出せば大きな問題はない。
解毒の呪文は構成できていたし、自分たちは問題なく終わった。
そして嫌がらせの全てを自分がされたこととして、王子に吹きこむ。
レジーナの婚約者である王子は、フローラルの言葉をそのまま信じた。
少しかわいらしくねだれば何だって買ってくれる。
愚かなオーディナルはフローラルの思いのままだ。
彼女が隠れて側近と戯れても、一切気がつかない。
(これなら、あたしが王子の婚約者になることだってできるんじゃない?)
社会の底辺を這いずった自分が、王族に。
これ以上の快感はないだろう。
計画は全てうまくいったはずだった。
あの女は身分をはく奪され、無一文で家族にも会えない国外に追放される。
「かわいいフローラル、これで僕たちは結婚できるね」
しかしその話は中々進まない。
ある日フローラルは王宮から呼び出された。
婚約の話としか思ってなかったが、反乱をおこした公爵家の対処を王子たちと共に命じられる。
フローラルは聖女として戦場に連れ出されてしまった。
「あたくし怖いわ、守って下さる?」
それでも周りの男共にすがりついて、安全な城壁内の治療だけで済ませてもらう。
フローラルだって戦争は嫌だった。
近衛兵は顔も装備もきれいだから直すが、泥と血にまみれた兵なんて触りたくもない。
「聖女様、どうか我々も助けて下さい」
「他に治療師の方もいますので、そっちに頼みなさいよ」
治癒魔法が使えるのは別にフローラルだけじゃない。
王子たちさえ喜ばせていればいいかと思っていたのだ。
(あたしは悪くない)
王子が愚かすぎて負けたのが悪いのだ。




