3 アルベール・ジュノー
「おはようございます」
女性の声でレジーナは目を覚ました。
「まだお休みでしたか、これ朝ご飯ね」
女将さんだ。お盆をベッドに乗せ、彼女は部屋を出る。
紅茶の香りがただよった。
皿には薄いトーストにジャムとバターがそえられている。
おずおずカップをつかみ、お茶を1口飲みこんだ。
「ふう」
気持ちが落ち着く。トーストにも手がのびた。
カリっとしていて香ばしい。
涙が頬を伝う。
こんな親切を受けたのは何年ぶりだろう。
お礼を言いに扉を開けると、廊下にはもうアルベールが待っていた。
「おはようございます。良くお休みになられましたか」
「は、はい。おはようございます」
「よろしければ部屋に入ってお話する許可をいただきたい」
「か、構いませんわ」
アルベールを部屋に入れたが、まだ信頼しているわけではない。
扉は少し開けたままにする。
「あなたの事情をお聞かせ願えますか」
レジーナはこれまでのことをかいつまんで話した。
「婚約破棄と国外追放? ありえません。トーン国は裁判もなしに王族の一声だけで刑が決まるのでしょうか?」
自分が悪いわけではないのに、レジーナは恥ずかしくなってしまう。
「公爵家の令嬢にこんな仕打ちをするとは‥ああ、安心して下さい、その、私もじつは貴族なんです。今はお忍びで国境を観察していまして」
アルベールは床に片膝を着き、右手をレジーナにさし出す。
「あなたを、我がジュノー家にお引き取りする許可をいただけませんか」
レジーナはおずおずと彼の手を取った。
(この方なら信頼できますわよね?)
連続しての馬車移動は疲れたが、アルベールとおしゃべりをしていたから退屈にはならない。途中の町でしっかり休憩時間や宿を取ってくれたから、レジーナにも耐えられた。
ヴァルール国の王都は、トーン国より色鮮やかだ。
町のにぎわいもより騒がしい。繁栄している証だろう。
馬車は大通りを外れ、小道の先のお屋敷に入る。
「先ぶれを出していたので用意は整っているはずです。おーい、令嬢の世話を頼む」
館に到着するとすぐメイドたちに取り囲まれた。
パーティー用のドレスを脱がされ、風呂に入れられる。
すっきりしたレジーナにはシンプルなドレスが着せられた。
「古い品ですがご辛抱下さいね」
メイド長らしき人が恐縮している。
急に現れたレジーナに衣服を用意してくれたのだ、多少体に合わなくても文句など言えない。
「ベネット公爵家には使いを出しました。3・4日もすれば衣装が届きます」
レジーナの新しい生活がスタートした。
家具や衣服はレジーナの国と趣が違い、鮮やかな色が何色も使われていて華やかだ。
使用人たちが使う言葉もアクセントが少し違う。
国が違うのだから当たり前なのだろう。
(同じ言語圏でもここまで違うのね)
学校で学ぶだけでは知らなかった。
アルベールは仕事で忙しいらしく、夕食まで会えない。
「落ち着かれましたか?」
「はい、みなさんとても良くしてくれて」
2人だけでのなごやかな晩餐だ。
「他のご家族はいらっしゃらないのでしょうか」
「前まで母と2人で暮らしていたのだが、病気で亡くなってしまって」
「それは不躾な質問をしてしまって、すみません」
レジーナは慌てるが、アルベールは「気にしないで欲しい」と許してくれる。
「アルベール卿は、なぜ見ず知らずのわたくしにここまで親切にして下さるのでしょう」
「え、いやそれは別に‥令嬢が困っていたら助けます‥よ」
彼は顔を赤くしている。
(きっと親切な人なのね)
朝食と夕食を一緒に摂り、たわいない話をかわす。それだけでも幸せだった。
しかし3日後にはレジーナの家から手紙と荷物が届いてしまう。
「わたくしの国外追放は撤回されました。ですので‥明日の朝、出発いたしますわ」
きちんとしたドレスをまとい、レジーナはアルベールに別れを告げた。
父に相談すれば国外追放など簡単に解除できることは分かっていた。
しかしそうなると、この屋敷に留まる理由がなくなる。
(本当はもう少しこの方と一緒にいたいのだけど)
彼の目を見ることができない。レジーナはうつむいた。




