第9話 インフルエンサーと取材と黒オムライス
昼の静けさを破るように、ホテルのロビーへ派手な声が飛びこんできた。
「はぁい皆さん、今日は“隠れ家ホテルの料理”を紹介しに来ました~!」
スタッフ数人とカメラを引き連れた男。
髪は銀色、派手なアクセサリー、テンションだけで生きているような人物。
彼の名前は――
フォロワー120万のグルメ系インフルエンサー、御影ルカ。
結は一瞬まばたきした。
(え、本物? あの人、良い評価も悪い評価も“影響力が凄い”って噂の……)
京子が接客モードで近づくが、内心の声が漏れる。
「(うわ~~めっちゃ面倒な人来た~~)」
「……京子さん、声漏れてます」
隣の江藤がそっと耳打ちした。
御影ルカは、ためらいなくフロントに乗り出した。
「ここのシェフ、神谷奏さんでしょ?
二十年世界回ってたって噂、マジですか?
いいね、絵になる。最高。今日のメインはその人でいきます!」
「撮影の事前許可は取っていますか?」
「もちろん!そちらの支配人に許可はもらってるよ~」
「おい!!私何も聞いてないよ~あのくそ支配人め~何も聞いてないんだけど!!」
「京子さん心の声駄々洩れですよ…」
結も思わず硬直する。
(奏さんを“メイン”、って……なんかイヤな言い方だな……)
良いレビューなら予約殺到、
悪ければその店は“終わり”とまで言われるのが御影ルカだ。
結が状況を伝えると、奏は包丁を止め、ほんの少し考えた。
「……来ると思ってた」
「えっ?何でですか?」
「卸業者の川谷さんが言ってた。
“近いうちに、目立ちたがりの厄介なのが来るぞ”って」
「私聞いてない……!」
結が思わず声を上げると、奏はくすっと笑った。
「大丈夫。どんな時でも料理は裏切らない」
(……っ その言い方ずるい……)
御影ルカはロビーでライブ配信を開始した。
「はいみんな見て!
今日の場所ヤバいよ、“超無名なのにガチでうまい料理がある”って噂のホテル!」
「無名って言っちゃうのね……!」
「京子さん、笑顔笑顔!!それと心の声が漏れまくり…」」
支配人もロビーに到着し笑顔で
「面白いことになってきたな!」
全員が緊張しているのに、支配人だけは楽しそうだった。
「おい!!くそ支配人こんな大事なことなんで言わねーんだよ!!っていってやりたい!!」
「京子さんもう漏れすぎて伝わってるよ…」
ーー厨房
「どもどもー! あ~あなたがシェフの神谷奏さん!」
「いらっしゃいませ、ご注文はありますか?」
「お任せで!
ただし、視聴者と私が満足できなきゃ正直に言っちゃうんで~!」
結は胃が痛くなった。
奏は、笑顔でも怒りでもない、ただ静かな表情で頷いた。
「……わかりました」
奏が出したのは、
“黒オムライス”。
黄色いオムライスの周りに黒いソースがかかっている
ただ、ソースの香りだけで心があたたかくなるような一皿。
御影ルカはひと口食べ、ふっと息を止めた。
「……あれ?」
スタッフも視聴者も沈黙する。
「これ……なんか……
喉の奥が、じんわり……なんか心もあったか……言葉にできないおいしさ…」
御影の顔は素の顔になっていた。
結は思わず手を握りしめた。
奏は静かに言った。
「ありがとうございます。」
御影ルカはスプーンを置き、
画面に向かって大声で叫んだ。
「はっ!!はいみんな、神回きました!!
これ本物!!
今日ここに来て正解!!
てか僕、泣きそうなんだけど!?大丈夫?」
画面が一気にコメントで流れる。
〈行きたい!〉
〈予約とれるのこれ?〉
〈こんな場所あったんだ〉
〈料理の温度って何? 説明して〉
<黒オムライスってどんな味>
ホテルの公式サイトはその瞬間、軽く落ちた。
配信後、御影ルカは結に向き直った。
「君、神谷さんに“特別扱い”されてるでしょ?」
「えっ? な、なにがですか?」
「気づかない?
神谷さん、君が近くにいると空気が一段階だけ優しくなるよ?」
「っ……え、」
頬が熱くなった瞬間――
御影ルカはにやりと笑った。
「そういうの、画面に映すとエモいから、また来るね!」
やめてください、と結は本気で思った。
厨房に戻ると、奏が結を見て少し首をかしげた。
「どうした……何か言われた?」
「い、いえっ! なんでも、ないです!」
「そっか」
奏はそれ以上追及しない。
なのに、その優しさがまた胸をくすぐる。
(……なんでこんなに気にしてるの、私……)
結の胸のうちでは、
つばさとは違う方向の熱が、またひとつ生まれていた。
「あ~あの二人見てるとなんかもやもやする!!早く付き合っちゃえばいいのに~イライラする」
「京子さん今日は心の声漏れすぎですってフォローしきれないって…」
第10話「パティシエと1歩の重みと焦がしみかんのタルトと」につづく




