第七話 刀の在り方と根付き
加地学年長の説明が終わり、生徒たちは思い思いの地域ブースに分かれていった。
俺と紬義、それと武臣も何食わぬ顔で一緒についてきて、都心区の一角に並んだテーブル席に腰を下ろした。
すでに何人か、他クラスの生徒も集まってきていて、ひそひそと話し声が漏れている。
少し遅れて、緒形先生が姿を見せた。手に資料の束を抱えたまま、教壇代わりの小さな台の前に立つ。
「さて――都心区希望の諸君、集まったな。突然のことだが、自ら選んで歩みを進めたことを嬉しく思う。」
いつもの穏やかな調子で周囲を見渡すと、緒形は小さく笑みをこぼした。
「改めて、剣術第一科担任の緒形央蘭だ。帯刀法学を主に教えているが、都心区の担当も任されている。よろしく頼む。」
整然とした言葉の中に、どこか『教えること』そのものを楽しんでいる空気がにじんでいる様に思えた。
「加地先生の話にもあった通り、この都心区は比較的、学外実習先の選択肢が広い。
古い刀匠の工房もあれば、民間の警護企業、あと最近は行政と連携した実証実験の現場なんかも多いな。」
資料を机に配りながら、緒形は続ける。
「この先の三年間は座学と実技を繰り返す。校内だけじゃ分からないことは多い。
だから外に出る機会、自分の目で見る事を大事にしてくれ。」
ふっと眼差しを緩めると、少し声を抑えた。
「……とはいえ、今すぐ全部理解できる者はいないだろう。気になることは何でもいい、どんな些細なことでも構わない。
分からないままよりは、恥ずかしがらずに訊いてくれ。」
先生の言葉に、小さなどよめきが生徒たちの間に広がった。
とはいえ、誰からともなく声をあげる空気でもない。
そんな中で、隣にいた紬義がすっと背筋を伸ばす。
「緒形先生、一ついいですか。」
静かに上げられた声に、生徒たちの視線が一斉に集まった。
「都心区での主な実習内容と、学科でどういう風に繋がっていくのか――
おおまかでもいいので教えてください。」
さすが紬義だな、と思う。
昔から面倒に思える事でも自分の糧になるものを混同しない器用な奴だった。
俺が思い浮かべていた疑問を、迷いなく言葉にしてくれた。
緒形先生は小さく頷くと、配り終えた資料を手元で整えた。
「いい質問だ、神代。まず一年次は基礎実習だ。都心区の場合、
刀匠工房の見学や簡単な補助作業、警護企業での模擬警備訓練、
あとは行政の試験事業に同行しての調査補助なんかもある。」
声は穏やかだが、一言ずつに教える人間の芯がある。
「二年次以降は各自の専門に合わせて絞り込む形になる。
剣術科なら警護や模擬立ち合いを中心に、技術科なら設計補助や刀身のデータ解析……
個々の興味に沿って、複数の現場を渡り歩くのが基本だな。」
俺は手元の資料に目を落とす。
ページの片隅に、行政機関と民間企業の提携先がずらりと並んでいた。
(……俺は、どこに行くんだろう。)
ふと、隣の紬義が「ほら」と小声で肩を突いてくる。
視線を上げた先、数歩前で手を挙げた女生徒がいた。
灰色がかった前下がりのボブ、腰には小ぶりな刀――あのとき廊下で見かけた、あの“科学刀”の彼女。
「包平多々羅です。」
短く名乗った声は、小さいのに耳に残る澄んだ声だった。
「……行政の実証実験というのは、どの程度の規模ですか。」
緒形は少しだけ口元を緩めて頷く。
「いい視点だ。ここ数年、都心区では行政主導のセキュリティ実証が多い。
小規模な防犯支援から、公共施設の警護演習、場合によってはAI刀の性能試験まで多岐にわたる。
君の分野には、きっと現場で学べることが多いだろう。」
多々羅――包平はほんの僅かに目を伏せ、小さく頷いて席に戻った。
質問を終えた彼女に、小声で何かを囁く生徒もいたが、本人は意に介さないように淡々としている。
(……よく知らないが、こないだの芳田を考えると自分の知ってる刀を試すために、来ているのかもしれないな。)
そんなことをぼんやり思っていると、緒形が改めて声を上げた。
「他に何か、気になることは?」
誰かが少し笑いを含んで「実際の危険とかは?」と聞けば、
「君たちは帯刀者だ。どこに行ってもそれ相応の心得は要る。
だが、学校も現場も君たちをただの使い捨てにはしない。
わからないことは全部、私たちに遠慮なく聞いてくれ。」
柔らかいけれど、どこか責任感を背負う声音だった。
小さくざわついていた周りの空気も、どこか落ち着きを取り戻していた。
(……多分、俺は――)
資料の紙を指先でなぞっていると、不意に後ろの方から低く笑う声が聞こえた。
武臣だった。どこか退屈そうに椅子を揺らしながらも、こっちの様子を伺っている。
(……こいつも都心区に決めるのかな。)
その隣で、さっき質問を終えた多々羅が小さく身じろぎした。
ふと、目が合った気がしたが、彼女はすぐに視線を外して自分の資料に目を落とした。
(同じ実習先になるんだろうか。)
声をかけるでもなく、言葉を交わすでもなく、ただ一瞬だけ交わった視線が胸の奥をくすぐる。
「楽しい実習になりそうだな。」
横にいる紬義は意味ありげに俺を見てニヤついている。
「考えることが増えた気がするな…」
――ここで、何を学べるだろう。
胸の奥で、小さな問いが形になる。
それに答えを出すのは――まだ、もう少し先のことだろう。