第六話 実習説明
獣のような笑みを浮かべたまま、武臣は松永と取り巻きの間を割って俺を射抜くように見据えた。
そのまま、面妖な好奇心を含んだ声で言葉を投げてくる。
「試験ん時、細々した説明会みたいのが被ってたからよ。暇で模擬戦見てたんだわ。
そしたらお前、黒江だったか。おもしれえ動きしてたよなぁ。
今度一本、立ち合えよ。」
にやりと笑うその顔は、挑発というより純粋な好奇心の色が強い。
「……俺でいいなら。」
呆気に取られてそう返すしかなかった。
武臣は小さく笑いを深くして、「いいねぇ」と一言発し、松永を無視して席へ戻っていく。
残された松永は取り巻きに軽く肩をすくめて見せ、何か言いたげに睨みを残すが、それ以上は何も言わずに自分の席に戻った。
「……まったく、入学初日から物騒だな。」
すぐ横で、紬義が半ば呆れたように肩をすくめる。
「お前もお前だ、軽く引けよ。相手が悪ぃだろ。」
「いや、言葉が出ないだろ。急だし、圧が。」
思わず小さく笑い返すと、紬義も苦笑いを浮かべた。
そのとき、前の方の席に座る真田玄斗が、ふとこちらに視線を向けた。
目が合うと、真田は僅かに口角を動かし、すぐに目を逸らした。
その仕草だけで十分に“様子を見ている”のが伝わる。
ひと悶着のおかげで、俺の存在にざわついたクラスも元の喧騒に戻っていった。
――何かと、面倒が多そうな一年になりそうだ。
廊下の窓の方に目をやると、人影が一つ過ぎていった。
制服の袖口に、小さな歯車の刺繍が覗いていた気がした。
「……あれ。」
「どうした、知り合い?」
紬義が声をかけてくる。
「いや…ほら、こないだ…って言っても合格発表前か。芳田で物色してた子がそこを。」
前見かけたときは注目していなかったが、腰に下げていたのは、あれが噂の“科学刀”――
(あの子もここの生徒なのか。)
気づけば、もうその影は校舎の角を曲がって見えなくなっていた。
代わりに、緒形先生が教室の戸を引いた。
「――よし、そろそろ行くぞ。第一科諸君、廊下に整列して学年ホールに向かう!」
ざわついていた教室が一気に引き締まる。
机の間を抜けて廊下に出ると、まだ慣れない制服の袖口がやけに重く感じた。
先頭の緒形に続いて移動するうち、周りの顔ぶれも改めて見えてくる。
武臣が前を歩きながら時折こっちを振り返っては、にやにやと笑いを投げてくる。
紬義は俺の隣で、「はあ」と小さく息を吐き、真田は無言で少し後ろをついてくる。
数分ほどで学年ホールに入ると、すでに他のクラスの生徒も集められていた。
四つのクラス――剣術第一科、剣術第二科、技術第一科、技術第二科。
同じ制服を着ていても、立ち姿や纏う雰囲気が微妙に違うのが面白い。
「静かに!」
壇上に立ったのは、スーツ姿の大柄な男性だった。
加地惣介――この学年を束ねる学年主任だと、入学案内に書いてあった名前だ。
「剣術科、技術科合わせてお前達一年は百二十名。
ここから先の一年間で学ぶのは、座学だけじゃない。実地で何を得るかだ。」
加地の声は低いが、教室とは違う質量を伴ってホールを満たす。
「本校は帯刀法に基づいて、地域ごとに異なる警護・技術の現場と連携している。
今日このあと、六つの地域ブースを回ってもらう。
自分がどこで、誰と何を学びたいか――まずは肌で感じて決めろ。」
壇上の背後には、大きなボードに六つの地域名が貼られている。
都心区(千代田・中央・港)
城南区(品川・大田・目黒)
城西区(新宿・中野・杉並)
城東区(墨田・江東・葛飾)
多摩地区(八王子・立川・町田)
県央・埼玉・千葉エリア
加地はひとつずつ指で示しながら説明を続けた。
「都心区は官公庁と刀匠企業、大学の研究機関が揃っている。
最先端の現場を志す者には向いているだろう。
城南区は空港を抱えた輸送の要所、工業地帯の保守警備が主だ。
技術屋には特に学びが多いはずだ。
城西区は繁華街の警護、文化施設の案件が多い。
人の多い場所で刀を帯びる意味を考えたい奴にはいいだろう。
城東区は下町工業、地域警護、河川港湾の管理。
伝統技術と地域治安が交わる場所だ。
多摩地区は旧武家の道場が多く残る。
山間部の地域警備や野外演習もある、腕を試したい奴は行ってみろ。
県央・埼玉・千葉は都心近郊の物流拠点と郊外警護案件だ。
大規模な現場に関わりたいなら悪くない。」
声を切ると、ホールの隅に立つ教員たちがそれぞれ地域名の書かれた札を掲げた。
「各ブースには担当教員がいる。今から三十分、自由に質問して、興味があれば名簿に名前を書いておけ。
来週には班を決めるからな――お前ら自身の意思で、刀を学べ。」
その言葉と同時に、生徒たちはゆっくりと動き出す。
前を行く武臣が振り返り、肩越しに声を投げてきた。
「どこ行くんだ、黒江? お前の行くとこ、おもしれえだろ。」
言い返す間もなく、横目に見えたのはさっきの小柄な少女――
灰色の前下がりボブに、小ぶりの科学刀を腰に下げているあの姿。
彼女も同じように、都心区のブースをゆっくりと目指していた。