第五話 期待と不安の1-1
入学式も終わり、新入生の俺たちは教員に誘導されて新しいクラスに集められた。
まだ互いの顔もほとんどわからない教室の空気は、どこか緊張でざらついている。
担任らしい教師が前に立つと、黒板に名簿を広げて声を上げた。
「さて、この一年剣術第一科担任の緒形央蘭だ。
担当教科は帯刀法学、授業でも顔合わせるからよろしくな!
それじゃあ、まずは顔と名前を覚えようか。出席番号順に自己紹介してくれ。
名前と、出来れば一言何かあれば嬉しいぞ!」
前の席の生徒が立ち上がり、名前を名乗るたびに拍手とも溜息ともつかない空気が流れる。
誰もが、初めてのクラスでの自分の立ち位置を探している。
俺はと言えば、順番を待つあいだ、窓の外に咲き残った桜をぼんやりと眺めていた。
―――
何を言えばいいかなんて、本当は決めてない。
でも、言わなきゃならないことは一つだけだ。
―――
何人かの声をやり過ごし、緒形が名簿を追っている視線が、ついに止まった。
「――黒江。」
俺の番が来た。
立ち上がり、前を向く。
「黒江柊弥です。
刀を持つ意味を、もう一度学び直すために来ました。
以上です。」
座席に腰を下ろすと、背中のほうで誰かが何かを囁く声がした。
それを追う余裕はなかった。
緒形はあっさりと頷き、次の名前を呼ぶ。
「では――推薦入学生、真田。」
教室にまた、小さなざわめきが走る。
壇上での姿がまだ記憶に残っているせいか、隣の紬義も視線を向けた。
真田玄斗は静かに立ち上がり、ゆっくりと一礼する。
「真田玄斗です。
この場に恥じぬよう、尽力いたします。
以上。」
真田の言葉には、無駄な色はなかったが、不思議とその場の空気を引き締める力があった。
そして緒形が名簿を追い、もう一人の推薦生を呼ぶ。
「――新免。」
声に応えるように、教室の後ろの席から椅子が音を立てる。
短く切り揃えた髪に、どこか狩人のような目。
笑みの奥に獣じみた鋭さが覗いている。
「新免武臣。
もっと刀を振るために来た。
オモシロそうな奴、仲良くしようなぁ。
以上。」
本当に同い年かと疑うような眼光が、一瞬、俺のほうを捉えた。
笑っているはずなのに、背筋にうっすら冷たいものが走る。
自己紹介は滞りなく進み、緒形が手を叩いて区切った。
「よし、全員終わったな。
このあとは学年集会がある。時間まで教室内で待機だ。
寄り道するなよ、先生はちょっと準備してくる。」
教師が教室を出た瞬間、ざわついていた声がひそひそと別の色を帯びていく。
俺が席に座ったまま小さく息を吐くと、前のほうから足音が近づいてくる。
「へえ、黒江――だよな?
噂には聞いてたぜ。父親がやらかしたってな。」
声の主はさっきの自己紹介で名前を覚えた。
松永久苑――そこそこの家の跡取りらしい。
後ろに二人、取り巻きが控えている。
「そんな奴がまた帯刀するなんて、よっぽど度胸があるんだな?」
声が教室の奥に届くより早く、別の声が割り込んだ。
「――うるせえなぁ。ちょっと黙ってろ。」
!?
武臣だった。
獣じみた笑みのまま、松永の肩を雑に除ける。
「今、俺がこいつに用がある。
邪魔すんなよ、小物。」
教室の空気が、ひりついた。
松永が唇を引き結び、取り巻きが目を泳がせる。
武臣はそんな空気を一切気にせず、俺を見てにやりと笑った。