第四話 桜色の門出
桜の花びらが、制服の肩にひとひら落ちた。
駅から学校までの道は、昨日よりも人が多い。
真新しいブレザーに袖を通した少年少女たちが、まだ慣れない足取りで校門を目指している。
柊弥も、その流れの中にいた。
「……あれ、この道桜なんか咲いてたか?」
隣を歩く紬義が、袖を軽く払う。
「花なんて見てる余裕あんのかよ。」
「余裕じゃなくて、勝手に落ちてくんだって。」
肩に残った花びらが風にさらわれ、ひらりと地面に舞い落ちる。
昨日見た自分の番号。
同じ組に並んだ、こいつの番号。
今はそれらを頼りに、今日も歩みを進める。
「……まぁ、式って言っても形だけだしな。」
紬義が、ふっと口をゆるめる。
「道場でも行事って散々やってたけど……正直、長いのは退屈なんだよなぁ。」
「散々やってるなら慣れてるだろ、ちゃんとお利口に座ってなよ。」
「コノヤロォ…お前こそ居眠りすんなよ。」
柊弥は笑って、少しだけ空を見上げた。
少し冷たい風がすれ違う、制服の裾をそっと揺らした。
***
校門をくぐると、慣れない制服にまだぎこちない足取りの新入生たちが、広い敷地に小さな列を作っていた。
その中に混ざって歩くと、昨日までの“受験生”としての気配が、少しずつ“生徒”に変わっていくのがわかる。
紬義は、横で小さく背伸びをした。
遠くに見える講堂の入口には、すでに教師らしいスーツ姿、中には胴着の大人たちが立っていて、新入生を中へ誘導している。
「なんだかんだで早いもんだな。」
紬義がポツリと漏らす。
列に沿って講堂に入ると、中はすでに空気が張り詰めていた。
前方には壇上、そこに立つ校長と教員たちの背筋が、式が始まる緊張を無言で伝えてくる。
二人は同じ列に並んだまま、指定された座席へ腰を下ろした。
少し待つと壇上で、簡単な開式の辞が始まる。
校長の挨拶は、剣を持つことの意味と、この学校の伝統を繰り返すような内容だった。
その言葉を、柊弥はどこか遠いところから聞いているような気持ちで受け止めていた。
そして、袖の教員が一歩前に出た。
「――これより、新入生代表として、入学生の挨拶に移る。」
張り詰めた空気がわずかに揺れる。
座席の間から、誰かが小さく息を飲む音が聞こえた気がした。
壇上の脇から、ひとりの少年が姿を現す。
短く整えられた黒髪に、制服の袖口からちらりと覗くのは、小さな六つの丸が施された刺繍だった。
真田玄斗――その名が、教員の口から告げられたとき、場内の空気がほんのわずかに色を変える。
紬義が、柊弥の隣で小さくつぶやいた。
「……真田、か。」
壇上に立つ真田玄斗は、深く一礼をしてからゆっくりと口を開いた。
声は穏やかだが、しっかりと芯が通っている。
「新入生代表として、一言ご挨拶申し上げます。
このたび、刃ノ宮高等学校の一員として迎えられたことを誇りに思います。
これからの日々、厳しい修練と学びを経て、
剣士としてのみならず、一人の人間としても成長できるよう、
努力を惜しまず精進いたします。
同じ志を持つ皆様とともに、切磋琢磨していくことを誓い、
簡単ではございますが、挨拶とさせていただきます。」
壇上の真田の言葉は凛とした静けさを伴い、
聴衆に響いた。
柊弥は、隣の紬義が小さく「さすがだな……」と呟くのを聞いた。
自分は無意識に拳を軽く握りしめていた。