第三話 合格発表
春の空気は、まだ少し冷たい。
掲示板の前には人だかりができていて、それぞれが番号を追っている。
黒江柊弥は、人混みの少し先で紙を睨んでいる紬義の姿を見つけた。
視線が合うと、紬義は小さく顎をしゃくった。
「お前のも、ちゃんとあったぞ。」
「……お前のついでに見ただけだろ。」
「うるせぇ、先に見つけたもん勝ちだ。」
紬義の指先が、列の中ほどを示す。
そこに、自分と、すぐ隣に紬義自身の番号が並んでいる。
「ほらな、ちゃんと合格だ。」
柊弥は掲示板の数字を目でなぞりながら、小さく息を吐いた。
安心したというより、肩の力を抜くタイミングをようやくもらった気がした。
ざわつく声が背後から追いかけてくる。
「……あれ、黒江じゃないか?」
「ほんとに来たんだな……」
番号は記号だが、目は人を見つける。
小さく背筋が冷えた感覚を、息と一緒に吐き出す。
隣の紬義が、わざとらしく人混みを押し分けた。
「さーて、クラス割り見てくか。まだ終わりじゃねぇしな。」
「……お前、ちょっとは喜べよ。」
「お前が先に燥いでたらなぁ~。」
二人のやり取りが、ざわめきを薄く切り離した。
柊弥は、幼馴染の後ろ姿を追いつきながら掲示板を振り返らなかった。
***
掲示板の横に、さらに小さな紙が貼り出されていた。
合格者番号の下に、学科とクラスの振り分けがある。
紬義が先に目を走らせる。
「剣術第一科……一組だな、俺ら。」
柊弥も自分の番号を探して、紬義の肩越しに確認した。
すぐ隣に並んだ番号が、同じ組に振り分けられているのを見て、肩がふっと落ちる。
「二組じゃなかったのか。」
「一年は受験番号と組みわけの順番がそんな変わんないらしいし、こんなもんだろ。」
紬義はあくびを噛み殺すように口を閉じて、後ろを振り返った。
他の合格者たちが小さな声で自分のクラスを確かめ合っている。
中には、すでに仲間らしいグループで固まっている連中もいる。
長身で道着姿のまま来たのか、肩に竹刀袋をかけた少年。
腰に工具を下げた技術科の合格者らしい子が、紙をスマホで撮っている姿も見えた。
「色々いるな。」
「お前も他人事じゃないだろ。」
柊弥の言葉に、紬義は鼻で笑った。
「ま、剣振るのは一人ずつだからな。」
そのまま、二人は掲示板の前を離れた。
***
校門を出ると、さっきまでの人だかりが嘘みたいに途切れていた。
陽射しはまだ冬の色を残して、少し冷たい風が制服の袖を撫でた。
「昼メシでも食ってくか?」
紬義が、わざとらしく軽い調子で言う。
「ラーメン。」
「贅沢言わねぇよ。」
二人の靴音が、門の外のアスファルトに響く。
遠くで、まだ合格発表を見ている誰かの笑い声が小さく混ざった。
柊弥は歩きながら、小さく思う。
――ここから先、どれだけ剣を振るえば、いいんだろうな。
そんな問いを、口には出さなかった。