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第一話 試験日

朝の空気には、どこか鉄の匂いが混じっていた。


国立刃ノ宮(はのみや)高等学校──帯刀者の育成を専門とする、全国でも数少ない「帯刀科設置校」。その門前には、白い詰襟や袴姿の少年少女たちが列をなしていた。手には受験票。腰には、それぞれの誇り。


そしてその群れの中に、一人だけどこか影を落とした少年の姿があった。


黒髪に黒目、無表情を装ってはいるが、内心は落ち着かない。名前は黒江柊弥(くろえしゅうや)、中学三年。腰には型落ちの模造刀。真剣の資格を持たぬ身として、ぎりぎり認可範囲の帯刀だ。


この学校では、入学者に対して「特例帯刀資格」が与えられる。

将来的に剣術、技術、警護といった帯刀を前提とした職種に就く者を育成する目的で、国が定めた制度だ。入学後には監督指導の下で真剣を扱う機会もあるが、試験段階では模造刀もしくは登録済みの木刀のみが許可されている。


その“重み”は、あくまで責任の象徴だ。

本物ではない。けれど、それでも背負わなければならないものがある。


「おまえさ、緊張してんのバレバレだぞ」


後ろから軽く肩を叩かれる。振り向くと、そこには整った顔立ちにすっと背筋の伸びた青年──柊弥の幼馴染、神代紬義(かみしろつむぎ)が立っていた。古剣道の名門・神代家の次男にして、既に道場でも兄に次ぐ実力者と目される男。今朝もきっちりと正装した上に、腰の模擬刀の位置まで完璧だった。


「……叩くなって。癖、直ってないぞ」

「いや、目の下のクマが主張してる方が問題だろ。寝てねえだろおまえ」


軽口を叩きながらも、紬義は黒江の刀に一瞬だけ目をやった。その目に浮かんだのは、ほんのわずかな憐憫か、あるいは──懐かしさ。


事件から、三年。


それ以降、黒江は神代家の道場には一歩も足を踏み入れていない。理由を明かすこともなく、ただ、剣から距離を置き続けていた。


かつては、紬義と共に神代家の兄弟のもとで剣を学んでいた。

型の反復、真剣を手にする覚悟、技よりも心を磨けと叱られた日々。

柊弥にとって、それは少年期のすべてだった。


けれど──あの日を境に、すべてが変わった。


「……まあ、今さら戻る意味もないし」


言葉を選ぶように、柊弥は俯いた目で呟いた。


「たぶん、ここでしか……進めないから」


その声音には、決意よりも迷いが色濃くにじんでいた。答えの出ない問いを抱えたまま、それでも立ち止まるわけにはいかない。過去に囚われたまま、どこへ行けばいいのかわからず、それでも歩こうとする弱さと願い。


「だったら真っ直ぐ行け。今日落ちたら一生ネタにしてやるからな」


紬義は笑った。まっすぐで、容赦がなくて、それでいてどこか優しい。


柊弥は少しだけ目を細めると、肩の力を抜いた。


──試験は午前の筆記、午後の実技。

筆記では帯刀史や現行法、倫理理念が問われ、実技では型と模擬戦が行われる。

全身で向き合わなければならない、初めての関門。


今はその、入口に過ぎない。


(まずは、通るしかない。ちゃんと、真っすぐに)


空を見上げると、校舎の屋根越しに伸びる鉄塔の先、うっすらと雲が流れていた。時計は、午前八時三分を指している。


「行くぞ、柊弥。筆記だってのに汗かいてたらアホに見えるぞ」

「……うるさい。お前こそ、見た目だけ優等生なんだよ」


口ぶりこそ素っ気ないが、その足取りは少しだけ軽くなったようだった。


二人は試験会場の校舎へと歩き出す。


その足音は、いつか向き合うべき過去へと、少しずつ近づいていた。

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