プロローグ
廃刀令は施行されなかった。
それは歴史のひとつの分岐であり、今では当たり前の日常となっている。公共の場においても、刀を帯びた人々は珍しくない。だが、それは誰でも許されているわけではない。
『認可を受けた者だけが、刀を帯びる。』
伝統流派の継承者や、特殊な職務を担う者。彼らは専門教育を受けたうえで国家試験を通過し、帯刀の資格を得る。そうでなければ、刀はただの展示品にしかなれない。
帯刀認可者は、武器保持者としての責任と制限も伴う。抜刀が許されるのは、正当防衛または職務遂行中である場合のみ。状況を誤れば、たとえ正当な認可を持つ者であっても重い処罰が下される。
そして、認可を持たぬ者の抜刀――すなわち、非認可帯刀は原則として即座に違法と見なされ、現行犯逮捕の対象となる。
そんな厳格な制度の下でも、刀はこの国に生き続けていた。技として、文化として、誇りとして。
そして、時には――悲劇の象徴として。
街頭での暴行事件。複数の通行人が巻き込まれ、重軽傷者が出た。現場に居合わせた帯刀認可者として、男は刀を抜いた――が、斬られたのは、暴行犯ではなかった。
男は、ただその場にいた“無関係なひとり”だった。
しかも――斬られた彼は即死。血の海に沈んだ。
現場には複数の目撃者がいたが、状況は混乱を極め、詳細は不明。監視カメラの映像も、肝心な一瞬だけ死角となっていた。その男がなぜ斬ったのか。その答えは、ついに明かされなかった。
-----俺が斬った-----
とだけ言い残し、姿を消した。その“男”は――僕の父だった。
それが、三年前のことだ。
帯刀認可者による突発的な斬殺事件は、瞬く間にニュースやネットで拡散された。“信頼されていた帯刀者の暴走”という事実は、世論を大きく揺らがせた。父が属していた流派、その関係者、そして家族――つまり、僕も。
実名こそ伏せられたものの、特定は時間の問題だった。近隣住民によるSNS投稿。過去の映像。旧校での行動。いくつもの断片がつなぎ合わされ、「人斬りの家族」として、僕たちの生活は静かに、でも確実に崩れていった。
「どうして」
あの人がなぜ、そんなことをしたのか。
あんなにも優しく、真っ直ぐで、強くて……僕にとって誇りだったのに。
信じていたものが崩れていく感覚を、僕はあのとき初めて知った。
***
「……まだ引きずってんのか。情けねぇ面してんな、オイ」
ぶっきらぼうな声が飛んできて、肩を軽く叩かれた。
振り返ると、長身で細身。細かい説明はいらない。俺の幼なじみだ。
古剣道家の家系に生まれ、今も道場を継ぐ兄の下で修行している、いわば“正道育ち”。
礼儀も技術も一流だが、他人の肩を無言で叩くような雑さも持ち合わせている。
「んー…」
気の抜けた返事だ。
事件の後、何も話せなくなった僕に、彼はただ黙って隣にいてくれた。言葉も、気遣いも、無理に投げない。けれど、決して離れなかった。
そして、進路選択の時期――彼は僕を、帯刀認可を目指す専門校へと誘った。
「ここで逃げてたら、ずっとその目のまんまだぞ。剣と向き合えよ。――あんたのオヤジが何見てたのか、知りてぇんだろ?」
不思議と、ずっと見てくれていた奴だからか、反発する気にはならなかった。今の僕に必要なのは、何かを“正しく疑う”ことだと思ったから。
「…そうだね。」
そして――できるなら、あの人が見ていたものを、もう一度、自分の目で確かめたかった。
***
帯刀専門学科のある進路校、国立刃ノ宮高等学校。
入学に必要なのは、通常の五教科に加え、法規・倫理・型・実技の試験。国家資格を見据えた内容で、帯刀法規の筆記に加え、規定型・模擬戦までが課される。
教室も制服も、普通の高校とそう大きくは違わない。けれどそこには、“刀と生きる”と選んだ若者たちが集まっていた。
彼らの背にあるのは家の看板か、名誉か、憧れか、それとも……。
不出来で拙い処女作にはなりますが気ままに書くので気ままに読んでいただければと思います。