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大精霊との契約

 ロランは夢を見ていた。

 どうやらそれは、自らの記憶のようだった。

 

 今よりも十年ほど前。

 故郷の小さな町──その墓地で。

 墓前に(たたず)む幼い少年。

 右隣には彼の母親が立ち、少年と手をつないでいる。

 もう一方には、父親の姿はなかった。

 彼の父親は目の前の墓の下で眠っている。

 代わりに小さな妖精の少女が、少年の左肩の上に立っていた。

 その場にいたのは、ロランの家族だけではない。

 おそらく、この町の住民全員が参列していた。

 皆が悲しげな面持ちで、故人を悼んでいた。

 それがロランには誇らしく、それでもやはり寂しかった。

 ロランの父、ベルツ・ブローリンは平民の出であったが、武の才があり、この町の門衛を務めていた。

 辺境の小さな町であったが、十分な高さのある土塀(どべい)としっかりとした木製の門を備えていた。

 ベルツは、任命されてから死ぬまで、幾年月も一人で門の前に立ち、町を守り続けた。

 

 やがて、その日が訪れる。

 町の門前に一匹の巨大な黒い獣が現れた。

 魔獣(まじゅう)である。

 体長三メルム(三メートル)ほどの体躯と、太い四本の手足に鋭く尖った爪を持ち、黒い体毛で全身が覆われた凶暴な獣が、森から出てきたのだ。

 おおよそ人が単身で戦って、勝てる相手ではない。

 理法剣(りほうけん)の使い手ならまだしも、片田舎の一兵が相手にできるはずがなかった。

 だがベルツは逃げなかった。

 見事に務めを果たして、獣の町への侵入を防いだ。

 しかもあろうことか、一人で魔獣を打ち倒したのだ。

 自らの命と引き換えに。

 町の人々はベルツに心から感謝した。

 彼がいなければ、町に被害が出ていたのは明らかであった。

 愛する妻や夫を、もしくは大切な子供たちを、町の人々は失うところだった。

 町の英雄、ベルツ・ブローリンはロランにとって、最も尊敬する人物となった。

 いつか自分も、大切な人を自分の手で護れるような人間になりたい。

 幼きロランは父の墓前で決意した。

 

 しかし──

 

 ロランは夢の中で父の葬儀の場面を空から俯瞰しながら、先の闘いを思い返した。

 直前の記憶では、ロランはエリシールを護って闘い、そして敗れた。

 おそらく、自分は死んだのであろう。

 これから死の国に行って、父に出会えたなら、父は自分に何と言うだろうか。

 『よくやった』と褒めてくれるだろうか。

 『不甲斐ない』と落胆するだろうか。

 自分は英雄であった父のように、立派には生きられなかったのではないだろうか。

 胸に訪れた寂寥感(せきりょうかん)に、ロランは打ちひしがれた。

 

 まだ──

 

 ロランは夢の中で、空をたゆたいながら、足掻(あが)くように手足を動かしてみた。

 するとほんの少しであるが、動かす事ができた。

 その事実にロランは心に火が灯るような気がした。

 

 まだ──終わるわけにはいかない。

 

 ロランの意識がはっきりとしていくのに合わせ、葬儀の景色が揺らいで、消えていく。

 気がつくとロランは本物の水の中を漂っていた。

 外套も服も、いつも身に着けているもののままである。

 

『──おい』


 遠くから声が聞こえた。

 

『おい、聞こえるか』


 声はロランに向かって、語りかけているようだった。

 何者かは分からないが、ロランには壮年(そうねん)の男のように思えた。

 

「──」


 その声の主に対して、ロランは答えようとしたが、水の中にいるので、言葉を発することが出来なかった。

 しかし、声の主はロランの反応に満足したようだった。

 

『ほう、やはりまだ生きているか。だが、さして時間は残されていまい』


 哀れむような音色(ねいろ)で言う。

 それから、

 

『ふむ、心の臓がやぶれておるな。左腕と右脚も折れておる。頭部に裂傷も見えるな」


 今のロランの惨状(さんじょう)を静かに告げる。

 ロランはなりゆきに任せて、黙したまま水中を漂う。

 

『──お前を助けてやろうか?』


 その言葉に、ロランは戸惑った。

 何者とも知れぬ相手に安易に助けを()うのは、他に選ぶ道がなかったとしても、いささか躊躇(ためら)われた。

 だが、それでもロランには、やらなければならないことがある。

 そのためならば、迷うことなどない。

 ロランは短い間に決心する。

 

『はい』


 心で思った言葉が、そのまま相手に伝わった。

 この場では、声を出す必要はないようだ。

 

『──よかろう。ならば、条件を言おう』


 対価が必要なことは(はな)から覚悟していた。

 ロランはその先を無言で(うなが)した。

 

『わしの封印を解くこと。それが条件だ』

『封印? それは何でしょう?』

聖鎧(せいがい)(ほどこ)された結界だ。わしはもう千年もの間、ここに囚われておる』


 聖鎧と聞いて、ロランには思い当たる記憶がある。

 倒れる前に遺跡で目にした巨人。

 あれは機甲ではなく、聖鎧であったのか。

 子供の頃に聞いたおとぎ話の中の存在。

 それが、本当にあったのだ。

 

『……分りました。それで、どうすればよいのでしょう?』


 ロランは聖鎧については何も知らない。

 もちろん、結界についても。

 封印の解き方などは見当もつかない。

 

『今のままでは、難しい。まずはこの場から離れよ』

『どうやって?』

『お前が聖鎧を操るのだ』

『僕が……』

『わしには聖鎧を動かすことはできん。お前たちの言う、内なる理素(りそ)を、わしらは持っておらんからな』

『……僕に出来るならば』


 聖鎧の操作など、ロランにとっては未知の領分である。

 それでも、やるしかない。

 このままここで消えるわけにはいかないのだから。

 

『そのためにも、先ずはお前の身体を治さなくてはな』


 水の中を、ロラン以外の何かが動く気配があった。

 暗い水中に目を凝らすと複数の樹木の枝がロランに伸びてきていた。

 

『案ずるな。これら大聖樹(だいせいじゅ)枝木(えだぎ)は、お前の傷を癒すためのものだ。身を任せよ』


 声に従いロランはゆるやかに迫り来る枝木の接触を受け入れた。

 複数の枝は幾重にも重なってロランの身体をすっぽりと覆い、彼を包む大きな(まゆ)をかたち作った。

 

『痛みはさほどないはずだ。しばらく動かず、じっとしておれ』


 声は相変わらずロランの耳に響き続けた。

 

『分かっていると思うが、わしとの約定(やくじょう)は絶対だ。ゆめゆめ忘れるでないぞ。もし(たが)えたならば、命をもって(つぐな)ってもらう』

『我が父、ベルツ・ブローリンの名において誓います。我、ロラン・ブローリンが、我が命と尊厳を懸けて約定を守ると』


 繭に包まれたロランは心に強く念じ、誓いを立てた。

 

『よかろう、ロラン。わしの名はフリクセル。大精霊フリクセルである』


 大精霊フリクセルの声はとても満足げなものだった。

 ロランは不思議な力に包まれ、心地よさにまかせてまぶたを閉じた。

 胸の辺りで何かが身体の中に入ってくるような感覚があったが、大精霊フリクセルの言う通り、痛みはなかった。


 こうして、ロランは一命を取り留めたのである。

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