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寵愛

 トルスティン王国、《翡翠宮》。

 その、謁見の間。

 エルムヴァレーンでのエリシールの救出劇から三日半が過ぎ、ロランたち一行は再びここを訪れていた。

 

「何ゆえ戻ってきたのだ?」


 再会して早々に、ティエレ女王が辛辣な言葉を投げつける。

 ティエレは既に壇上の玉座に着いており、そのすぐ側には、ティエレの娘であり、この国の政務官を務めるエリン・トルスティンが立っていた。

 ティエレたちの対面には、ヘルゲを代表とする一団──ヘルゲ、ロラン、エリシール、ジウ、ダニエレ、それから(ロランにしか見えないが)リリィの姿があった。

 エルムヴァル城より逃げのびた親衛隊士たちや、この度の戦闘に参加した機甲闘士たちは、今は別室にて待機している。

 

「ティエレ女王陛下に、エリシール王女殿下の庇護をお願いしたく……」


 代表者のヘルゲが答え、一同がティエレに跪く。

 

「なぜ? 私にそうする理由があるか?」

「──エ、エリシール王女殿下は女王陛下の曾孫ではありませんか!」


 ヘルゲが慌てて言う。

 前もって聞いていたため、ロランたちは動揺を見せなかったが、ティエレはわずかばかり眉を動かした。

 

「それがどうした?」


 平坦な声でティエレが返す。

 

「ど、どうした、と申されましたか?」

「ああ。私には関係のないことだ。……アルネと同じくな」


 もう話は終わりだと、ティエレが立ち上がった。

 

「休む部屋ぐらいは用意してやろう。私がしてやるのは、それぐらいだ」


 そう言い残し、ティエレが謁見の間から出て行った。

 

「そんな……お母様はなぜ……」


 ヘルゲが呆然自失に呟く。

 仲間たちはやるせない気持ちで、ヘルゲとエリシールを交互に見つめていた。

 そんな彼らに、この場に残っていたエリンがゆっくりと近づいてきた。

 彼女はエリシールの前に出て、優しく微笑んだ。

 

「大きくなりましたね。アルネの幼い頃にそっくりだわ」


 エリンが嬉しそうに目を細める。

 

 エリン・トルスティン──彼女はエリシールの祖母であった。


 ◆


 《翡翠宮》内の客間に通されたロランたちは、卓子を囲んで、エリンから話を聞いていた。

 

「ティエレ女王陛下──お母様は決してあなたを嫌ってるわけではないの」


 エリンが隣に座ったエリシールの頭をやさしく撫でる。

 エリシールはくすぐったそうに、それでいて嬉しそうに笑みをうかべた。

 まるで仲のよい、歳の少し離れた姉妹のようである。

 エリシールの傷ついた手は、エリンと彼女の部下によって治療され、今は清潔な布で覆われていた。

 エリンの悲し気な目が、その上にとまる。

 

「そうね……何から話せばよいのかしら……」


 エリンが一旦虚空を仰ぐようにしてから、

 

「知っていると思うけど、あなたの母親のアルネは、私と人族の男性の間に産まれた娘なの」


 どこか遠い場所を見るようにして語る。

 

「あなたのおじい様、彼は──バーブロは人族の旅商人で、大陸を渡るうちに、ルンベックの森に迷い込んでしまったの。そして、偶然私と出会い、二人は恋に落ちた。……なんだか恥ずかしいわね、こんな話」 


 照れくさそうに笑いながも、先を続ける。


「私の行いに、お母様は強く反発なされたわ。きっと心配してくださったのね。けれども、私はバーブロを心から愛した。そして、アルネを産んだの」


 まるで偉業を成した後のような、誇らしい表情を浮かべる。

 

「それからしばらくは、幸せな日々が続いた。けれど、アルネが三つの頃、バーブロが不治の病にかかり、亡くなってしまったの」


 そう言って、大きく肩を落とした。

 エルフ族の彼女にとってそれは、ついこの間の出来事のように感じられていた。


「最初は反対されたのだけれど、いざ生まれたら、お母様はアルネをとても可愛がってくださったの。もしかしたら、娘の私よりもね。アルネは人族の血が濃くて、瞬く間に成長した。そして、あの子が心より愛する者と出会ったの。それが現エルムヴァレーン国王、ユーハン・エルムヴァレーン。エリシール、あなたのお父様よ」


 エリンが正面からエリシールの顔を見つめる。


「エルムヴァレーンは、かつてこの国に侵攻した過去を持つの。アルネの気持ちを知った時、お母様は激怒なされた。エルムヴァレーンの侵攻はユーハン国王よりも四代前、ユーハン国王が生まれる以前の頃の話。けれど、お母様には関係なかったみたい。

お母様はアルネを深く愛してくださっていた。それでも、許してはくださらなかった。私も……情けないわね。お母様から、アルネを守り切ることが出来なかった。ここを出たアルネはエルムヴァレーンに迎えられ、それからあなたを産んで……その後、病に侵されて……亡くなったと聞いてるわ」


 エリンの悲しみに沈んだ声を聞き、今度はエリシールが布で覆われた手で、祖母の両手をぎこちなく取って言う。

 

「エリンおばあ様、お母様からおばあ様のことはうかがっておりました。とてもお優しくて、聡明で素敵な方だと。私、こうしてお会いできる日を楽しみにしておりました」


 その言葉を聞いて、エリンの目から大粒の涙がこぼれる。

 ロランたちはしばらく、二人のやりとりを静かに見守っていた。

 

「エリン姉様、お話は分かりました。しかし、これから我々はどうすれば……」


 ヘルゲがおずおずとエリンに問いかける。

 エリンは努めて涙を収め、卓上に小瓶を一つ置いた。

 

「これは?」


 半透明の翠色の小瓶を見て、ヘルゲは首を傾げた。

 中には液体が入っているようだ。


「この国で保管されている、エルフ族に伝わる霊薬です」

「そんなものがあったのですか!」

「ええ。これは王家の一部の者しか知りません。大聖樹トルスティンの葉の雫を材料として作ったもので、もう数えるほどしか残されておりません。不治の病に効くわけではありませんが、おおよその病や……毒などにも効果があります」


 エリンが神妙に言う。


「これをユーハン国王に飲ませて下さい」

「──なっ!? エリン姉様、よろしいのですか!?」


 ヘルゲは驚いて、目を見開いた。

 

「ええ。お母様がこれをエリシールに与えよと」

「お母様が!?」

「曾おばあ様……」

「決して口にはしませんが、お母様もアルネのことを悔やんでおられたようです。エリシールのことも本当は……」


 言いながら、優しい目でエリシールを見つめる。

 

「ユーハン国王が快復すれば、この争いも終えられるはずです。さぁ、これを持って──」


 エリンが最後まで言いかけたところで、客室の外から声が上がった。

 

「失礼します。エリン王女殿下。こちらにいらっしゃいますか?」

「ええ。お入りなさい」

「はい、失礼します」


 若く見えるエルフの男が、緊張した面持ちで入室してくる。

 武装しているところをみると、兵士のようである。

 

「エリン王女殿下。火急なご報告がございます」

「何でしょうか?」


 エルフの男がロランたちをちらりと見やって、

 

「お客人の前ですが……」

「かまいません。報告をつづけてください」

「はっ! では報告します! エルムヴァレーンがこちらに向けて挙兵しました。現在、大規模な兵団がルンベック大森林の手前に集結しております」

「何ですって!?」


 その場の全員の表情が凍りついた。

 

「こちらの軍は?」

「今もって準備中です。ですが……」

「どうしたの?」

「エルムヴァレーンの連中は、ルンベック大森林に火を放ったようで……」

「──っ!」


 誰かの息を飲む声。

 ロランは険しい顔で椅子から立ち上がった。

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