表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/35

思わぬ強敵(2)

「俺がやる」


 仮面の男がゆっくりと進み出て、ルートの前に立った。

 

「……そうですか。ありがとうございます」


 ルートは仮面の男の背中に礼を言って、前に出していた右手を下ろし、息をついた。

 そのやりとりの間に、ヘルゲ側もまた動いていた。

 火や水の万象術が使えないヘルゲの代わりに、親衛隊士の一人がヘルゲに近付き、万象術をもちいて彼女の足元の氷を溶かした。

 

「すまない。助かった」


 親衛隊士はヘルゲに一つ頷きを返すと、彼女の隣で剣を構えて仮面の男に向き直る。

 その他の親衛隊士たちもすぐにヘルゲの周りに集まり、臨戦態勢をとった。

 仮面の男が外套を翻すと、腰に二振りの剣が吊られていた。

 どちらも長剣ではなく、短剣の(たぐい)である。

 その両方を逆手(さかて)で握って同時に抜き、ヘルゲたちと相対する。

 

「クアウデさん」


 ルートが、仮面の男──クアウデに声をかける。

 

「何だ?」


 クアウデは前方のヘルゲたちを見たまま、ルートに問う。

 

「手加減は無用です」

「承知」


 そう言うやいなや、クアウデは床を蹴って、凄まじい速さでヘルゲたちに肉薄(にくはく)する。

 

「──っ!」


 驚きつつもヘルゲはすぐさま反応し、クアウデに初太刀(しょたち)をあびせかかった。

 クアウデは余裕でそれをかわし、身を低くしてヘルゲをやり過ごすと、屈んだ姿勢のまま、すぐ側にいた親衛隊の一人に脚払(あしばら)いをしかけた。

 転んだ親衛隊士の脇腹を斬りつけ、殆ど同時に隣にいた別の親衛隊士の膝裏も斬りつけて、両者の行動を不能にする。

 目の前でうずくまった親衛隊士の肩を踏み台にして跳躍し、親衛隊士らの頭上を軽々と飛び越えると、素早く転身して手近な親衛隊士の股下を素早く斬りつける。

 痛みで前のめりになったその親衛隊士の背中を蹴り飛ばし、別の隊士にぶつけ、姿勢を崩したその隊士の隙を狙い、剣を持つ腕を一瞬で斬り裂いた。

 たちまちのうちに、親衛隊士の四人がその場に倒れ伏した。

 

「このっ!」


 ヘルゲがクアウデに駆け寄り剣を振るう。

 しかしクアウデは鮮やかにそれをかわすと、ヘルゲの相手はせず別の親衛隊士に斬りかかった。

 

「──ヘルゲ様こちらへ!」


 親衛隊士の一人がヘルゲの腕を引っ張って、自分たちの最後尾に彼女を引き寄せる。

 その結果、ヘルゲとフォシェルやルートたちの距離が大きく開く。

 

「──ニクス!? 一体何をする!」


 自分の腕を掴む親衛隊士の男に向かって叫ぶ!

 ニクスは真剣な眼差しでヘルゲを見据え、

 

「ヘルゲ様、ここは一旦お引き下さい!」

「何をばかな! フォシェルらは目の前にいるのだぞ!」

「明らかに戦況はこちらに不利となりました。一旦退却を!」

「──くそっ! だが、まだ皆戦っているのだ! 怪我をした者もいる!」

「後は我らにお任せを! ヘルゲ様はお先に退却を!」

「そのようなこと、出来るものか! ならば私が殿(しんがり)をつとめよう!」

「なりませぬ!」

「だめだ! お前たちを失っては殿下が悲しむ」

「それは貴方とて同じことです。いや、貴方こそ助からねばならぬのです! 貴方は殿下にとって家族なのだから!」

「しかし、それではお前たちが……」

「……ヘルゲ様、ご容赦を!」


 ニクスがヘルゲの頬に軽く平手打ちを見舞う。


「……」


 ヘルゲは呆けた顔でニクスを見返す。

 

「お聞き下さい。我々には必ずなさねばならぬことがあります。そのために、貴方は一時退却を」

「……」

「ヘルゲ様!」

「……分った」

「かような無礼、大変失礼いたしました。この件が全て終わった後には、如何様な処罰も受ける所存にございます」

「いや、目が覚めた。感謝する。いいか、必ず生きて戻れよ。親衛隊の皆でだ」

「ええ。ここはお任せを」

「ああ」


 ヘルゲが小さく笑みを見せる。

 ニクスは素早く、この場にいる衛兵姿の仲間に目配せし、ヘルゲの脱出への同行を促す。

 

「さぁ、お早く!」


 親衛隊士らはもう(ほとん)どがクアウデによって倒されていた。

 クアウデはヘルゲの逃走の気配に早くも気付き、阻止しようと動く。

 だが、ニスクがクアウデの前に立ちふさがった。

 

「糞じじい! 邪魔だ!」

 

 クアウデが嘲笑を浮べる。

 

「……」

 

 ニクスがおもむろに、腰の後ろに隠した短剣を抜いた。

 式陣の刻まれた紫色の剣身──その短剣もまた理法剣であった。

 

「雷刃!」


 ニクスが左手に持った理法剣がまばゆく光り、帯電した斬撃がでクアウデに飛ぶ。

 

「ちっ!」


 クアウデが舌打ちしながら一旦後方に飛んで距離をかせぎ、身をかわした。

 斬撃はそのままフォシェルらのもとに向かう。

 

「土壁」


 ルートが素早く廊下の床や壁を(いしずえ)に障壁を作って、これを防ぐ。

 ニクスの目論見(もくろみ)通りに。

 これで障壁が妨げとなって、ルートのヘルゲへの追撃を阻止できた。

 その間にヘルゲたちは廊下の先に消えていった。

 

「──ふん、すぐに捕まえてやる。そこをどけ」


 クアウデが怒りをにじませて言う。


「断る!」


 ニクスが言い放ち、右の長剣と左の短剣を構えなおす。

 

「ならば、死ね!」


 クアウデがニクスに向かって駆けた。


 ◆


「申し訳ございません。賊を取り逃がしました」


 近衛兵士がフォシェルに頭を下げる。

 

「こ、このっ──」


 オロフが声を上げ、途中でフォシェルが制す。

 

「まだ遠くへは行っておらんはず。探せ」

「はっ」


 フォシェルの命に従って近衛兵らが去っていった。

 

 場所はエルムヴァル城の会議室である。

 室内にはフォシェル、オロフ、ルート、クアウデの四人が残った。

 負傷したエリシール親衛隊の殆どは、再び地下の牢獄へ連れていかれた。

 最後まで(あらが)ったニクスは、クアウデの手にかかって命を落としていた。

 

「ルート殿。クアウデ殿。貴殿らに救われた。礼を言わせていただきたい」


 フォシェルが二人に頭を下げる。

 

「いえいえ、成り行きですのでお気になさらず」


 ルートが笑みを見せて言う。

 だが、万象術を行使しすぎたせいか酷く疲れた顔をしていた。

 

「……」


 一方でクアウデに疲れたようすはなかった。

 彼は無言で(かす)かに顎を引いてフォシェルに応えた。

 

「そういえば、先ほどルート殿とあのエルフの女騎士が何やら話しておったようだが──」


 オロフがちらりとルートを見やる。

 

「女騎士がルート殿を姉と呼んでおったのでは?」

「オロフ、余計な詮索は失礼だぞ」


 フォシェルがオロフをたしなめる。

 

「これは失礼しました。ですが、もしルート殿があの女騎士と通じていたとなれば──」

「オロフよ! ルート殿、失礼した」」


 フォシェルが慌ててルートに向かって謝罪する。

 

「かまいませんよ。確かに昔、私はあの娘の姉であったことがあります」


 ルートが無感情に言った。

 

「しかし、過去は全て捨て去りました。今の私はアヴィラ帝国の大使、ルート・コックです」

「……わかった。ルート殿、謝罪する」


 オロフも小さく頭を下げる。

 

「わかっていただけたようで、なによりです」


 ルートが笑みを深くして言った。

 

「しかし、このような蛮行は見過ごすわけにはいきませんな。これは反乱ですぞ。王子殿下、すぐに兵を挙げましょうぞ」

「……どこに向けてか?」

「決まっております。トルスティンにです」

「奴らはトルスティンの差し金だと、お前は申すのか?」

「はい、腐ってもあのヘルゲめはトルスティンの女王の娘でございます。それ以外に考えられません」

「……なるほどな」


 フォシェルがオロフの言に頷いた。

 

「わかった。兵を挙げる準備をせよ」

「御意に」


 命を受けたオロフが、揚々とした足取りで退室する。

 

「私たちにも何か手伝えることがあればおっしゃってください」

「誠に痛み入る」

「ええ。殿下が《天奏》を駆り、戦場でご活躍されるのを今から楽しみにしております」


 ルートがうっとりともらす。

 その目がひどく妖しく輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ