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思わぬ強敵(1)

 エルムヴァル城の地下には、罪人を(とう)じるための牢獄が(そな)えられていた。

 薄暗く(かび)の臭いのたちこめるこの地下牢に、()りしも、ヘルゲたちエリシール親衛隊が投じられていた。

 地上へ続く階段の側には見張りの衛兵が二人、槍を持って立っている。

 ヘルゲたちはここに投獄されてから皆、一言も発さず、鉄格子の向こうで冷たい石の床に()していた。

 (もく)したままヘルゲは目を閉じ、じっと何かを待っているようすであった。

 しばらくすると、


「交代の時間だ」


 見張りを務める衛兵に、階段を下りてやってきた、後任とおぼしき衛兵が声をかける。

 今と同じく、こちらも二人組みであった。

 

「交代? えらく早いな」


 見張りの二人はお互いを見やって、首をかしげる。

 ヘルゲたちが投獄(とくごく)されてからまだ半刻(一時間)も経っていない。

 

「……少し待っていろ。確認してくる」


 見張りの片割れが、怪訝そうに言ってその場を離れようとする。

 背を見せたその見張りの頭を、やってきた衛兵が持っていた槍の石突(いしづき)で殴りつけた。

 

「うぐっ!」


 後頭部に重い一撃を受け、見張りの片割れが気を失って倒れる。


「な、何をする!」


 残ったもう一方の見張りが慌てて槍を構えた。

 しかし、やってきた二人に左右から槍を突きつけられ、手を挙げて降伏する。

 二人の見張りを排除してから、やってきた衛兵たちがヘルゲらのいる牢獄の前に顔を見せた。

 

「ヘルゲ様、お助けに参りました」

「ああ、すまない。礼を言う」


 ヘルゲはようやく目を開け、やってきた衛兵に小さく頭を下げた。

 彼らは真にこの城の衛兵であったが、ヘルゲと志を同じくする者たちだった。

 入城の前に、ヘルゲはダニエレを通じて彼らに接触し、この状況を見越して手を打っておいたのだ。

 

猶予(ゆうよ)はあまりありません。今フォシェルはオロフと共に謁見の間から会議室へ移動中です。随行する近衛兵の数もそう多くありません」


 鍵を開け、ヘルゲたちを牢獄から解放しながら、衛兵が説明する。


「今が好機かと存じます」

「そうか、ご苦労。皆、聞いてのとおりだ」


 ヘルゲが仲間一同を見回して言う。

 

「これより、作戦を開始する!」

「「はっ!」」


 親衛隊士たちが声を合わせて応じる。

 衛兵から、没収されていた装備を受け取り、ヘルゲたちは地上へと戻った。


 ◆


 エルムヴァル城の廊下をフォシェルとオロフ、それから八人の近衛兵が歩いていた。

 そこへ──

 

「おや、こちらにいらっしゃいましたか。探しましたよ」


 廊下の先から、妖艶(ようえん)な美女、ルート・コックが仮面の男を(ともな)って現れた。

 

「ルート殿、どうしました?」


 鷹揚(おうよう)にフォシェルが尋ねる。

 

「いえ、そろそろおいとましようと思いまして、ご挨拶をと」

「そうでしたか。大したもてなしもできず申し訳ない」

「とんでもありません。王子殿下には格別のご厚情を賜りまして深く御礼申し上げます」


 言ってルートが深々と頭を下げる。

 一拍遅れて仮面の男も無言のまま顎を引く。


「いや、こちらこそフェリアーノ皇帝陛下には格別なものを頂戴した。ぜひ礼をしたい」

「ええ。皇帝陛下も王子殿下に気に入ってもらえてとても喜んでおられるでしょう」


 そう言ってルートが笑みを浮かべる。

 そして、

 

「──おや」


 何かに気付いたように、ルートがフォシェルの後方を見つめる。

 今度は一拍早く仮面の男も同じ場所に目をやっていた。

 その場所にヘルゲたちエリシール親衛隊がやってきていた。

 

「フォシェル・エルムヴァレーンならびにオロフ・カールション」


 ヘルゲが憎悪の篭った目で、フォシェルたちを睨みつける。

 

「国王陛下を(がい)し、エリシール王女殿下を危険にさらし、国民を(あざむ)(もてあそ)んだかどでお前たちを(ちゅう)する!」

「ひぃっ!」


 オロフが小さく悲鳴を上げる。

 フォシェルは渋面になってヘルゲを見やり、怒鳴った。

 

「勝手な事をほざくな! 下郎めらが! 目障りだ、排除せよ!」


 近衛兵たちがフォシェルの命令に従って槍を構え、ヘルゲたちに向かう。

 狭い廊下で複数の槍が一気に迫ってくる。

 左右への回避は困難で、後ろに下がるほかない。

 しかし、ヘルゲはそうしなかった。

 彼女の手にあるのは理法剣《深緑の乙女》であったからだ。

 

風衝(ふうしょう)!」


 突如巻き起こる風に、近衛兵たちが大きく体勢を崩す。

 そこにヘルゲらが斬りこむ。

 近衛兵たちは瞬く間に制圧されていく。

 

「くっ……」


 旗色の悪さを悟って、オロフが一人でその場から逃走しようとして一歩踏み出した先に、


「おや? どちらに行かれるのですか?」


 愉快気な顔のルートが立っていた。

 

「い、いや……」


 慌てふためくオロフに、ルートが笑みをこぼす。


「ご安心を」


 そう言ってルートが右手を離れた場所にいるヘルゲに向ける。

 

水弾(すいだん)


 ルートの周りに複数の小さな水の塊が生じ、それらがヘルゲに飛びかかる。


「!」


 ヘルゲは飛来した水の矢を、身をひねって回避する。

 しかし、全てを避けきることができず、左肩にかすってしまった。

 ヘルゲは痛みに顔をしかめつつ、たった今、万象術を放った術者のほうに目を向けた。

 

「──っ! お前は!?」


 ヘルゲの顔が驚愕に染まる。

 

「ニーラ姉様(ねえさま)!? なぜこんなところに……」

「久しぶりね、ヘルゲ。四十年ぶりくらいかしら? 相変わらずお転婆(てんば)ね」


 ルートは目を細めてありし日を懐かしむ。

 

「ふざけてる場合ではありません! ニーラ姉様がなぜ我々の邪魔をするのですか!」

「ふざけてるわけじゃないわ。私はアヴィラ帝国の大使としてフォシェル王子殿下に助太刀してるだけよ」

「ばかな……ニーラ姉様がアヴィラ帝国の大使だと……」

「ええ、そうよ。ニーラって名も捨てたわ。今はルート。ルート・コックよ」


 ルートが声高に語る。

 

「ついでにエルフであることも捨てようと思ったのだけれど……」


 そう言って髪をかきあげて耳を見せる。

 そこには()(ただ)れて元の形が判別できないほどいびつになってしまったものがあった。

 

「まぁ、そういうわけで、あなたたちを見過ごすことはできないのよね」


 ルートが艶然と一笑する。

 

「……そうか、理解した。ならば私も、お前を敵と判断する」

「あら、残念」

「アヴィラの大使よ、行くぞ!」


 ヘルゲはルートに向かって駆けだした。

 相対するルートが、右手をヘルゲに向ける。

 その手には、五指全てに指輪がはめられていた。

 どれも理素結晶石の埋め込まれたものである。

 

「水弾」

風壁(ふうへき)!」


 ルートの放った水の弾丸が、ヘルゲの前に現れた風の壁にはじかれる。

 

土槍(どそう)


 今度はヘルゲの足元、その床の一部が瞬時に盛り上がり、錐状(きりじょう)になって彼女に襲いかかる。

 

「くっ!」


 ヘルゲは後ろに跳躍して、それをかわした。

 

氷矢(ひょうや)


 さらに先端の尖った氷の塊が複数、ヘルゲに向かって飛ぶ。

 

「ふ、風壁!」


 すんでのところでヘルゲの前に風の壁が生じ、氷の塊を防いだ。

 

凍結(とうけつ)


 ルートが発すると、ヘルゲの左足が床の一部と共に凍っていき、動きを封じられる。

 

「土槍」


 再度、床から錐状のものが、ヘルゲに向かい突出する。

 

「ちっ!」


 足を動かさず上体を上手く反らして、ヘルゲは何とかこれもかわす──が、先端が頬を軽く(かす)めて、血が(かす)かに滲みだす。

 ヘルゲは手の甲で血を拭い、内心でルートの実力に舌を巻いた。

 

「おい、無理はするな」


 仮面の男がルートに言う。

 その声質はやや高く、少年のようであった。

 

「あら、優しいのね」


 ルートはその顔に笑みを浮べているが、顔色は悪く、額にびっしりと汗をかいていた。

 

「ほざけ」


 仮面の男が吐き捨てる。

 ふと、ヘルゲは(いぶか)しく思った。

 

 最初は、ルートの変調は彼女の内なる理素の消費が原因だと考えたのだが、どうもそれだけではなさそうだ。

 先ほどからルートは万象術に必要な式唱(しきしょう)を行ってはいない。

 ならば理法剣かもしくはそれに順ずるものが必要となる。

 ルートの右手に見える指輪類。

 あれは理素結晶石に間違いない。

 とすると式陣(しきじん)はどこにあるのか。

 注意深く目を凝らして、ヘルゲはルートの全身を確認する。

 頭には何もかぶらず、外套はまとっているが、その下に鎧などは身に着けてないようだ。

 布製で上下の繋がった筒に近い形の、一般的な女物の服を着ているが、もちろんそこに式陣は描かれていない。

 

(まさか──)


 そして、ヘルゲはある事実に辿り着き、戦慄した。

 

「──その身に式陣を刻んだのか!?」


 式陣は万象術を発動する際に高熱を発する。

 それは人が決して手で触れられないほどの温度である。

 

 法理剣は刀身に式陣が刻まれているため、そこを触ることはほぼないと言っていい。

 機甲はその外装の内側に式陣が刻まれており、ここも通常人が触れる場所ではないし、加えて機甲には中の者に害が及ばぬように放熱機構が備わっている。

 

 それから、式陣の効能はその大きさ(表面積)に比例してより高度になっていく。

 理法剣でも使える万象術は二つか三つである。

 腕輪──大型のもの──ではよくて一つ。

 指輪などに式陣を刻んだくらいでは万象術は一つも使えない。

 鋼鉄製の鎧は熱くなりすぎて、身に着ければ火傷は免れず、動物の革製のものは溶けたり変形したりしやすく、布や紙はすぐに傷んで使いものにならなくなる。

 

 そこで──はるか昔のことであるが──自分の肉体に式陣を刻む者が現れた。

 しかしこれは愚かな行為であった。

 その者は式陣が発する高熱に耐えられず、もがき苦しんで死を迎えたのである。

 以来、その行為は禁忌となっていた。

 

「ばかな……死ぬつもりか……」

「そんなつもりはないわよ。そうね、ちょっとした……実験かしら」

「──ニーラ姉様! 貴方に一体何があったのですか!」


 ヘルゲが両目に涙をたたえ、悲痛な声で叫んだ。

 

「ヘルゲ……」


 ヘルゲの姿にルートが困惑した表情で呟き、小さくため息を吐く。

  

「貴方には関係ないわ」


 その言葉を受け、ヘルゲは涙を乱暴に拭った。

 

「そうか……ならば容赦はしない! 覚悟せよ!」


 ヘルゲが《深緑の乙女》の切っ先をルートに向けた。

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