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騎士団長

 ヘルゲたちの動きに応じて、騎士団側もまた行動を開始する。

 その統率(とうそつ)のとれた騎士たちの動きは、一切無駄のないものだった。

 この場から離脱しようとしているロランとエリシールを、()ずは十騎の騎士たちが追う。

 すぐさまその行く手に、ヘルゲと親衛隊士たちが割って入った。

 ヘルゲ側の手勢は彼女を(あわ)せ九騎。

 騎士たちと対峙(たいじ)するヘルゲたちの脇を、控えていた残りの内、さらに十騎の騎士たちが、ロランらの後を追いかけていく。

 残念ながら、今のヘルゲたちにそれを止める手立てはなかった。

 

(ロラン……エリーを頼んだぞ……)


 ヘルゲは、油断なく目の前の騎士たちを見据えながら、エリシールたちの無事を祈った。

 さほど間を置かずして、ヘルゲたちと対峙していた騎士たちが、左右にわかれて道をあける。

 奥から現れたのは、身の丈が二メルム(二メートル)ほどの、ひときわ大柄な男だった。

 ヘルゲはその人物を目の当たりにするなり、端正な顔をしかめ、

 

「アールストレム団長……」


 苦々(にがにが)しく吐きだす。

 アールストレムと呼ばれた男は感情の見えない顔で、ヘルゲの前に馬を進めた。

 

 トゥール・アールストレム。

 エルムヴァレーン王国騎士団の、現在の長である。

 年は三十を過ぎたばかり。

 肌は茶褐色で、短く刈った髪と瞳の色は共に暗い青黒。

 (いわお)のような肉体と高潔な精神、それに突出した武の才を持ち、若くして騎士団長の座についた傑物(けつぶつ)

 国軍である騎士団が敵となることはすでに覚悟していたが、彼女ですら一目置いていた人物が目の前に現れたことに、ヘルゲはあらためて失望した。

 

「どうして……」


 ヘルゲのつぶやきにはいくつもの意味がこめられていた。

 問うたのではなく、意図せずに口をついて出たものだったが、トゥールは律儀にも答えた。

 

「演習中に、報せを受けた」


 はっとして、ヘルゲが騎士たちを素早く見回す。

 その中に、一羽の白い梟を腕に乗せた者を見つけた。


(王都から「使い鳥」を放ったのか! 不覚!)


 一昨日(しっさくじつ)、ヘルゲたちが王都を()った時、騎士団は国境守備演習のため、王都には不在であった。

 ヘルゲは先んじてその予定を知り、王都脱出に及んだのだ。

 敵方の最大の戦力である騎士団の不在は、彼女らにとって千載一遇の好機だったのだが……

 どうやらそれが仇となり、先回りされてしまったようだ。


(──いや! そのことよりも!)

 

 ヘルゲが大きく(かぶり)を振る。

 もっと重要なことがある、と。


「ここはトルスティン王国の領地内だぞ! トルスティンと戦争を始めるつもりか!」


 騎士団の行き過ぎた行為を、ヘルゲが激しく非難する。

 

 両国はここ数十年の間、ずっと険悪な関係であった。

 かつてトルスティンに侵攻しようとした過去を持つエルムヴァレーンを、エルフたちは未だに目の敵にしていた。

 きっかけさえあれば、すぐに両国は戦争をはじめるだろう。

 エルフたちの深い宿怨(しゅくえん)を、同族であるヘルゲは身に染みて知っていた。


「私にそのつもりはない。騎士団の大半は王都へ帰した。ここにいるのは姫殿下をお迎えするために参じた者たちのみだ」


詭弁(きべん)だ! たとえ大隊でなくとも、他国の騎士がここにいることが問題なのだ!」


「異なことを。お前たちとて、エルムヴァレーンに属する者たちではないか。いやしかし、姫殿下をかどわかした大罪人であるか。ならばそれを処するのも我らの役目だ」


 トゥールが淡々と告げる。

 その言い分はどうであれ、国境を越えれば追ってこれまいと判じていたヘルゲの目論見(もくろみ)は、はやくも崩れさっていた。

  

「それに、たとえ戦争になったとしても、王命であれば、我らは従うのみだ」


「ここに来たのは、王命のためだと言うのか!」


 ヘルゲがトゥールの言葉に眉根を寄せる。

 それは、聞き逃すわけにはいかない言葉だった。


「いかにも」


「何をばかな! ユーハン国王陛下は病に()せっておられるではないか! それに……陛下であればこのようなこと、決してお許しになるはずがない!」


「現状、フォシェル殿下のお言葉は、ユーハン国王陛下のお言葉である。陛下の御心は……私が語るにはおそれ多い」


 トゥールが一瞬だけ表情を曇らせる。

 だがすぐに元の無表情に戻った。

 

 およそ一年前、エルムヴァレーン王国の国王ユーハン・エルムヴァレーンが原因不明の病に倒れた。

 王国中の医者や薬師が集められたが、その甲斐も虚しく、快復はままならなかった。

 ユーハンは最初のうちは意識こそあったが、ここ三ヶ月ほどは完全に眠り込んでいた。

 現在、第一王子であるフォシェルが国王代理を務めている状況であった。

 

 苛立ちを抑えきれず、ヘルゲが叫ぶ。

 

「アールストレム団長! 貴方もわかっているはずだ! フォシェルらのやっていることを!」


 王女派の彼女からすれば、その悪辣(あくらつ)ぶりは自明であった。

 いかに王子派であるとはいえ、トゥールほどの人物であれば、見過ごせるものではないはずだ。

 

「──不敬(ふけい)であるな、ヘルゲ殿」


 しかし、トゥールは目を細めて、それだけを口にした。

 

「フォシェル王子とカールション宰相はまるで我がものであるかのように好き勝手に国を(もてあそ)んでいる! かような気随(きずい)が許されてなるものか!」


 なりふりかまわず、再びヘルゲが叫ぶ。

 その気迫に、控えていた騎士たちはわずかにたじろいだが、トゥールは微動だにしなかった。

 

 現国王ユーハン・エルムヴァレーンには妃が二人いた。

 正妃(せいひ)のアルネと側妃(そくひ)のカーレンである。

 そして、それぞれとの間に子供が一人ずつ。

 エリシール王女はアルネ正妃の、フォシェル王子はカーレン側妃の子であった。

 このエルムヴァレーンにおいては、男女に関わらず、正妃の子が王位を継ぐ。

 よって、第一王位継承者はエリシールである。

 

 にもかかわらず、ユーハンが意識をなくしてからほどなくして、フォシェルが国王代理となった。

 もっともこれは、ユーハンが意識のある間に指名したものではなく、王国の諸侯議会によって決定されたものだった。

 

 もしもこれが公正なものであったならば、ヘルゲも納得していたかもしれない。

 だが、そうではなかった。

 

「あげくの果てに、エリシール殿下をカールションと(めあ)わせるなどという、ふざけた世迷言(よまいごと)まで飛び出す始末だ!」


 オロフ・カールション子爵は、ユーハンが病に臥せった後、国王代理となったフォシェルの差配によって宰相に任じられた男である。

 前職は外交官であったため、諸外国の有力者と数多(あまた)の関係を築いており、その有用性と政治的手腕をかわれての抜擢ということであったが……

 

 オロフは王国の内外で、稀代の好色家として悪名をはせていた。

 妻はすでに九人いるが、それに飽き足らず、貴族の令嬢をはじめ、平民である街の娘から、果ては商売女にも手を出してまわっているという。

  

(しかしまさか、その毒牙をよもや自国の王女に向けるとは──)


 過日、国王代理のフォシェルがエリシールとオロフの婚約を内定した。

 臥しているのを理由に、国王の許可もなしにである。

 その話を聞いたとき、ヘルゲは怒りでおかしくなりそうだった。

 ヘルゲがエリシールのエルムヴァレーン脱出を決意させた、最も大きな理由であった。

 

「忌々しい下衆共(げすども)が!」


 見た目にそぐわない言葉で、悪態をつく。

 ヘルゲはその六十余年という──人族であれば──短くない人生の中でも、ここまで怒りをおぼえたことはなかった。

 

「アールストレム団長。貴方ほどの者ならば、なにが正しいことなのか、わかるはずではないか」


「……フォシェル王子殿下とエリシール王女殿下のご心中は、私には図りかねる。私はただ、下った命に従うのみ」


「な──」


 なぜ、わかろうとしない!

 ヘルゲは喉元まで出かかった言葉を、努めて飲み込んだ。

 騎士団長として王国に仕える彼の立場ならば、その言い分は、正しく忠誠を示している。

 エルムヴァレーン王家に仕える彼女としても、それは認めざるをえない。

 だがヘルゲにとっては、エリシールは()()()護衛対象というだけでないのだ。

 

(絶対に、あの子を悲しませるわけいはいかない──)

 

「残念だ。アールストレム団長。本当に……」


 ヘルゲはトゥールに(なら)って表情を消した。

 これ以上は無駄であることを彼女は心底(しんてい)から理解したのだった。

 

 今回のフォシェルの国王代理任命は、ヘルゲを含む王女派の者たちにとっては、看過できないものであった。

 それは王位の正当性を、(ないがし)ろにする行為だからだ。

 しかし、これに異を唱えた諸侯らは、そのほとんどが何らかの形で王子一派によって粛清(しゅくせい)された。

 アルネ正妃はすでに病で、およそ十年前に亡くなっている。

 

 この度の逃亡は、エリシールをフォシェルたちの手から護るために、護衛騎士であるヘルゲの独断でなされたものだった。

 

 しかしながら、エリシールは最初、ヘルゲの申し出を断っていた。

 王族として生まれたからには、その責任を果たす義務があるため、逃げ出すことは出来ないと。

 父王を見捨てて、自分だけ安穏と生きることは出来ないとも、彼女は言った。

 それをヘルゲは懸命に説得した。

 途中からヘルゲの従騎士(じゅうきし)であったロランも説得に加わり、時間をかけて何とかエリシールを説き伏せたのだった。

 そして──

 

 現在を迎えるのである。

 

 ヘルゲはちらりと、トゥールの後方に待機している機甲に目を向ける。

 そこに、トゥールの専用機甲《紅凰(こうおう)》は見当たらない。

 

(一騎当千といわれるあの紅い機甲はここにはない。ならば──)


 剣での闘いであれば、自分の勝算はどれほどのものか。

 抜き身の愛剣を握る手に力がこもる。

 ヘルゲの愛剣《深緑(しんりょく)乙女(おとめ)》は、剣身(けんしん)柄頭(つかがしら)(ぎょく)翠色(すいしょく)の「理素(りそ)結晶石」を用いた「理法剣(りほうけん)」だった。

 

 理法剣とは、自然現象を操る「万象術(ばんしょうじゅつ)」を手早く行使することの出来る特殊な剣である。

 剣身には万象術を起こすための「法式(ほうしき)」が既に文様──「式陣(しきじん)」として刻まれれており、人の持つ「内なる理素」を剣に込めることで、長い式唱を必要とせず即座に万象術を引き起こせるのだ。

 加えて、理素結晶石は理素を取り込んで蓄え、万象術の力を増大させる性質を持っている。

 これにより理法剣を扱う者は、(つね)よりも強力な万象術の使い手となる。

 

 《深緑の乙女》の剣身の式陣が淡い光を発する。

 ヘルゲが己の内なる理素を剣に込めたからだ。

 

「我はエリシール殿下の(いち)の騎士、ヘルゲ・トルスティン! 殿下の御身(おんみ)のため、ここでお前たちを討つ!」


 《深緑の乙女》の切っ先をトゥールに向ける。

 トゥールが眉根を寄せて、自らの剣の柄に手を伸ばした。

 

風衝(ふうしょう)!」


 ヘルゲが高らかに叫んだ。

 《深緑の乙女》の剣身から、突如巻き起こった凄まじい風が、トゥールたち騎士団に襲いかかった。


 ──かくして戦端(せんたん)が開かれたのだった。

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