再会の時
エリシールには何が起こったのか理解できなかった。
イェートたちがロランに近付き、そこにいきなり聖鎧が現れて、どうやってかイェートたちを吹き飛ばし、それから──
今はロランを肩に乗せた聖鎧が、部屋の窓の外にふわりと浮かんでいる。
エリシールが半ば呆然と窓際に立っていると、聖鎧がおもむろに外から窓の硝子に指を当てた。
するとエリシールの右手をリリィが引っ張った。
どうやら窓から離れろということらしかった。
素直に従いエリシールは窓から距離をとる。
聖鎧の指が陽炎のように揺らめいた。
一瞬の後、窓の硝子がまるで砂利のように細かく砕けた。
「お待たせして申し訳ありません。エリシール王女殿下、お迎えに参りました」
ロランが聖鎧の肩から窓に移り、部屋に入ってきた。
「──ああ、ロラン……ロラン!」
その顔を見て矢も立てもいられずに、エリシールはロランの胸に飛び込んだ。
「よかった……本当によかった……」
エリシールが心の底から安堵して漏らす。
ロランはエリシールの行動に驚きながらも、笑みを浮かべ、彼女の背中に優しく手を添えた。
『ほんとに、心配したんだから』
リリィも涙を手でぬぐいながらロランの側に飛んできて、彼の頬に自分の顔を寄せる。
「リリィ、心配かけてすまない。それからエリシール殿下を守ってくれてありがとう」
ロランがリリィに向けて謝罪と感謝を述べる。
『ううん。私だってエリシールさまが心配だったからね。それにロランは生きてるって信じてたし』
リリィは胸をそらして返した。
それから、
『けど、大変だったんだから。そうだ! ロラン、ごめんなさい。エリシールさまが怪我するのを止められなかったの』
申し訳なさそうに頭を下げる。
『ロランがここに来たって分った時、エリシールさまがわたしをここから出してくれようとして何度も窓の硝子を殴ったの』
リリィに言われてロランがエリシールの両手を見た。
ロランの胸に添えられている手は傷だらけで血をにじませている。
ロランはやるせない気持ちになった。
『それから扉に体当たりをして──』
「えっ!?殿下が体当たり!?」
ロランが驚いた声を上げ、エリシールはっと目を見開く。
リリィの声は聞こえないが、何の話をしているのかは理解出来た。
「──り、リリィ! そのことは言わなくてもよいのです!」
急に恥ずかしくなって、エリシールが顔を赤く染めながら叫んだ。
『凄かったんだから。エリシールさまってば、まっすぐに扉に向かって走って行って──』
リリィがエリシールの奮闘を熱く語っていると、
『ほう、妖精族か。今の世にもちゃんと生き残っておるのだな』
突如響いた大精霊フリクセルの声を聞いてリリィが硬直する。
「フリクセル様にはリリィが見えるのですか?」
ロランの目が窓の方──聖鎧に向けられる。
リリィはロランにしか見えない。
これまでずっとそうだったのに。
『当然だ。お前はわしを何だと思っておる?』
大精霊フリクセルから呆れを含んだ声が返ってくる。
精霊は生物などの有機物や、ものなどの無機物を、人のように目で見ているのではない。
その存在そのものを、人とは違う感覚で認識しているのである。
「え、あ……申し訳ありません」
『いや、よい』
ロランの謝罪を大精霊フリクセルが鷹揚に受け入れる。
『えっと、ロラン、こちらは?』
声を出したと思しき聖鎧の方を見やって、恐る恐るリリィが尋ねた。
窓から見える、宙に浮かぶ巨体は、異様でしかない。
「ああ、そうだ。二人に紹介しないと。こちらは聖鎧に宿る、大精霊フリクセル様です」
『ふ、フリクセルさまですって!? それってあの、おとぎ話に出てくる……』
「そうだね。その、フリクセル様」
『……』
唖然としてリリィが聖鎧を見つめる。
「こちらが、聖鎧と大精霊フリクセル様……」
傍で聞いていた──リリィの声だけは聞こえないが──エリシールも視線を聖鎧にうつす。
「え!? こちらは、あの遺跡にあった──」
エリシールが驚きの声を上げる。
《聖鎧フリクセル》をすでに見た記憶があったからだ。
「ええ。そうです。あの後、大精霊フリクセル様に助けていただき、ここまでやってきました」
「まあ! そうだったのですね! フリクセル様、ロランを助けていただき誠にありがとうございます」
エリシールが深く頭を下げて謝意を示す。
リリィもすぐさま姿勢を正し、聖鎧に向かって勢いよく頭を下げた。
『よい。ロランとは契約を結んだのだ。それに則ったまでのこと』
大精霊フリクセルがこともなげに言う。
その時、部屋の扉が薄く開かれた。
とっさにロランがエリシールを後ろに庇い、剣の柄を握る。
扉の隙間から顔を出したのは門衛姿の男であった。
「……」
男の顔を確認して、ロランが構えを解く。
門衛姿の男はロランに向かって小さく頷いてみせると、扉を閉めてそのまま去っていった。
「あの……大丈夫なのですか?」
エリシールが心配げに尋ねる。
「はい。ですがあまりゆっくりしていられませんので、そろそろここを離れましょう」
そう言ってエリシールの格好を一度見てから、さっと部屋を見回す。
だが、目当てのものを見つけられず、
「失礼いたします。外は冷えますので」
ロランは自分の外套を脱いでエリシールに羽織った。
「殿下に使っていただくには、その……あまり綺麗ではないのですが、少しの間ですのでご容赦ください」
ロランが少しばつが悪そうに言う。
その頬もすこし赤らんでいた。
「いいえ。そんなこと……どうかお気になさらないで下さい。ありがとうございます」
エリシールがとびきりの笑顔をロランに向ける。
(ふふっ。少しロランのにおいがします。なんだかロランに包まれてるみたい……)
そんなことを考え、今度はエリシールの顔が耳まで真っ赤に染まった。
ロランはそんなエリシールの心の機微には気付かずに、歩いて窓際に向かう。
窓の外では聖鎧が空中に浮かんだままである。
「エリシール王女殿下、お手を」
ロランがエリシールに向かいそって右手を差し出す。
エリシールが緊張しながらもロランの手に自らの手をのせる。
ロランは自分のために傷ついたエリシールの手を少し悲しげに見つめ、痛みがないように優しく握ると、窓枠を踏み越えて聖鎧の腕の中に彼女を導いた。
「では、参ります。リリィも僕にしっかり掴まって」
ロランが言うと、聖鎧は彼とエリシールを乗せて、今よりも高く空に舞い上がり夜の空を駆けた。




