覚醒
ゆっくりと後退を続けていたロランの足がようやく止まる。
「へっ、つまらねぇなぁ! もう逃げねぇのかよ!」
適度な間合いを取ってロランの前に立ったステンが、拍子抜けしたようすで叫んだ。
ロランが移動したのはせいぜい十メルム(十メートル)程度である。
ロランの視界には未だに、カールション子爵邸と傭兵たちがしっかりと収まっていた。
「この間の借りを、きっちりと返してやるぜ」
そう言ってステンが腰の剣を抜く。
続いて、すぐに両隣のイェートとオルソンも剣を抜いた。
ところがロランは、傭兵たちとは逆に剣を鞘に納めた。
イェートら三人が呆気に取られる。
「ちっ、諦めやがったのか」
嬲ってやろうと息巻いていたステンが、途端に鼻白んだ。
調子に乗った獲物を、蹂躙していたぶるのが彼の流儀であったが、その獲物は早々に死を覚悟してしまったようだ。
幾分かの物足りなさを覚えるが、致し方ない。
もともと取るに足らない相手だ。
さっさと殺して、終わりにしてやる。
そう思い、ステンがロランに近付く。
だが──
ロランが右手を天に掲げて叫ぶ。
「我がもとへ来たれ!! 《聖鎧フリクセル》!!」
突如、凄まじい風がロランの周りに巻き起こった。
「くっ! 何だこれは!」
立っているのがやっとのような猛風に、イェートたちが混乱しつつその場に踏み止まる。
やがて風は消え去り、代わりにロランの背後に《聖鎧フリクセル》が姿を現していた。
「──き、機甲が急に現れやがった!」
ステンが驚愕して声を上げる。
イェートとオルソンは目を剥いて言葉を失っていた。
ロランはおもむろに、掲げていた右手をイェートたちに方へ向ける。
するとそれに呼応して《聖鎧フリクセル》もまた、右手をイェートらに向けた。
《聖鎧フリクセル》の右手から突風が吹き荒れ、イェートたち三人をいとも簡単に吹き飛ばした。
「ぐわっ!」
イェートとオルソンは外塀の鉄柵に、ステンは本館の二階あたりの外壁まで飛んで行き、それぞれしたたかに身体を打ちつけた。
「く、そっ……」
そのまま三人は、ほとんど同時に気を失った。
ロランはイェートたちが動かなくなったのをその場から確認し、手早く《聖鎧フリクセル》の肩に登った。
《聖鎧フリクセル》はそのままふわりと浮き上がり、空を飛んでカールション子爵邸のエリシールのいる部屋に向かう。
《聖鎧フリクセル》の中に今は誰もいない。
大精霊フリクセルが動かしているわけでもない。
これはロランが得た力であった。
《聖鎧フリクセル》の一部である大聖樹の聖体をその身体に取り込んだロランは、その聖体を通じて離れた場所からでも聖鎧を操れるのだった。
歴史にその名を刻む、大英雄ギスムンドにもなしえなかったことである。
ロランは今世における《聖鎧フリクセル》の真の騎士として、紛うことなく覚醒していた。




