街の騒ぎ
月夜の下、王都エルムヴァルの街中を数多の機甲が疾駆する。
どれも、機甲闘士の操るものである。
無法者ではない彼らは出来うる限りの注意を払いながら、街の住民や建物などを傷付けないように騒ぎを起こしていた。
街の広い場所では軽く取っ組み合いをしたり、狭い場所ではただ走り抜けるだけであったりと、その動きはまるで子供が戯れ合っているかのようであった。
機甲闘士たちの姿を目にして街の住民たちは、おそれるどころか歓声を上げて盛り上がっていた。
この街の人々にとって機甲闘士たちは、王や貴族などよりもよほど人気者なのだ。
「姉さん! これでいいんですかい!」
機甲を走らせながらトマゾ・キーンが、隣を並んで走る青い機甲に向かって尋ねる。
会話のため、機甲の頭部の眉庇は上げられていたが、やはり距離があるため大声である。
「ああ! 絶対に人に怪我をさせるんじゃないよ!」
同じく、機甲の中のジウがそれに答えた。
二人の機甲、《蒼晶花》と《嶽砕鬼》はさらに複数の機甲闘士たちを引き連れ、街中を縦横無尽に走りまわっていた。
ジウとその他の機甲闘士たちがこうした騒ぎを起こしてから半刻近くが過ぎた頃──
エルムヴァル中心部の大広場にて、ようやく目的のものが彼女たちの前に現れた。
銀色の巨大な甲冑の集団。
エルムヴァレーン王国騎士団機甲騎士隊である。
機甲騎士の数は二十騎。
どれも剣と盾で武装している。
対して機甲闘士たちは街の各区域に散らばっているため、ここにいるのは十八騎。
現状、数の上ではそれほど大差ない。
「分かってるね! 街を壊さず適度に暴れて、こいつらをここに引き留めるんだ!」
「了解でさぁ!」
《蒼晶花》と《嶽砕鬼》が同時に眉庇を下ろし、武器を構えた。
《蒼晶花》は右手に細身の剣、《嶽砕鬼》は両手で柄の長い槌を握っている。
「大人しく武器を捨てて投降しろ!」
機甲騎士の一人が機甲闘士たちに向かって勧告する。
だがそれを無視して、《嶽砕鬼》が槌を大きく振りかぶって手近な機甲騎士に突進していった。
「うおっ!!」
機甲騎士が盾で《嶽砕鬼》の一撃を防ぐが、そのまま押し込まれて広場の石畳の上に倒された。
すぐに別の機甲騎士が《嶽砕鬼》に向かって剣を繰りだす。
「水弾!」
《蒼晶花》が放った機甲の拳大の水の弾丸が、《嶽砕鬼》に迫る機甲騎士の脚を的確に捕らえて転倒させた。
機甲はその見た目よりも重量は軽いが、転倒した際は、中の操者にかなりの衝撃が与えられる。
転倒した機甲騎士たちは、痛みと眩暈でしばらくは動けないだろう。
ジウから少し離れたところでも数騎の機甲騎士が、機甲闘士たちによって既に倒されていた。
狭い場所での戦いは、機甲闘士たちに有利だったようである。
「おのれ!」
今度は機甲騎士の三騎が同時に《蒼晶花》に襲いかかった。
《蒼晶花》は流麗な身ごなしで機甲騎士たちをかわしつつ、剣による刺突を素早くそれぞれに見舞った。
「くっ!」
機甲騎士たちは《蒼晶花》の鋭い剣撃を受け、動きを鈍らせる。
そこを過たず、
「水弾!」
背後をとった《蒼晶花》が水の弾丸を連続して放ち、機甲騎士たちの背中を狙い打つ。
機甲騎士たちは為す術なく地に伏した。
「さすが姉さんでさぁ!」
トマゾがジウの鮮やかな腕前に喝采を送る。
彼の《嶽砕鬼》の足元にも、先ほどのに加えてもう一騎、機甲騎士が倒れていた。
ジウがさっと大広場を見回し、戦況を確認する。
今の時点で立っている機甲騎士は七騎。
対して機甲闘士は六騎倒され、十二騎残っていた。
《蒼晶花》が《嶽砕鬼》に近づく。
「今のうちに倒れている奴らを起こして、ここから逃がしてやりな!」
いくらか余裕のあるうちに、倒された仲間たちを離脱させる。
ジウがそう算段を立てていると──
突如轟音が辺りに鳴り響いた。
機甲闘士の一騎が派手に吹き飛ばされた音だった。
「姉さん! とうとうおいでなすったぜ!」
トマゾの視線の先を、すぐにジウの目も追いかけた。
そこに騎士団の増援が現れていた。
機甲騎士がさらに二十騎。
その先頭に、紅色の機甲の姿があった。
トゥール騎士団長の専用機甲《紅凰》である。
「あれが噂に聞く《紅凰》ですかい! 初めて見やしたぜ!」
《紅凰》は両手で規格外の大型の剣を持っている。
背の高さは他の機甲よりもやや高く、《聖鎧フリクセル》と同等。
形は騎士団の標準的なものとそう変わらないが、外装の殆どが真紅に染めれれている。
頭部には一房、鳥の飾り羽根のようなものも見られた。
「奸悪な無法者らに告ぐ! 我はエルムヴァレーン王国騎士団長トゥール・アールストレムである! 即刻機甲を捨て投降せよ!」
《紅凰》が両刃の大剣をジウらに突きつける。
機甲闘士たちはその迫力に息を飲んだ。
「さすがに凄い気迫でさぁ! けど、こっちも負けちゃいらんねぇ!」
多少の街への被害を覚悟して、《嶽砕鬼》が槌の柄の石突を地面に突き立てて万象術を発動させる。
「土槍!」
石畳の下の地面が盛り上がり、錐状になって《紅凰》に伸びていく。
《紅凰》は大剣をあっさりと片手で振るい、迫り来る土の槍を薙ぎ払った。
「くっ! 土槍!」
《嶽砕鬼》が面食らいつつも、続けざまに万象術を放つ。
「無駄だ!」
《紅凰》は再び向かってくる土の槍を大剣で易々と斬ってすて、同時に《嶽砕鬼》に猛烈な速度で迫った。
「──!」
トマゾが気付いた時には、《紅凰》がすでに目の前に立ち、大剣を振りかぶっていた。
「水弾!」
《蒼晶花》が《紅凰》の背中に水の弾丸を見舞う。
しかし、まるで後ろに目があるかのように《紅凰》が反応し、大剣が水の弾丸を一瞬で蒸発させた。
「なっ!」
ジウがトゥールの常人離れした動きに目を剥く。
「ぐわぁ!」
《紅凰》が目の前の《嶽砕鬼》を蹴り飛ばし、今度は《蒼晶花》に向かった。
《紅凰》の大剣による鋭い一閃を、《蒼晶花》が後方に飛び退ってしのぐ。
「無法者のわりに良い動きだ!」
トゥールが関心して漏らし、《紅凰》が大剣を正面に構えなおす。
「《紅き獅子》に褒められるなんざ、光栄だね!」
「しかしその程度では、私には勝てんぞ!」
《紅凰》が凄まじい速さで《蒼晶花》に斬りかかる。
《蒼晶花》が横に身体をずらして、何とかこれをかわす。
《紅凰》がすぐに二撃目を浴びせかかった。
またも《蒼晶花》がすんでのところで避ける。
「くっ! 姉さん……」
膝立ちの《嶽砕鬼》が《蒼晶花》に加勢しようと、無理やり立ち上がる。
「トマゾ! お前は他の奴らを逃がしてやんな!」
《紅凰》と見合ったまま、ジウが叫んだ。
「そうはさせんぞ!」
《紅凰》が再度《嶽砕鬼》に向き直る。
その行く手を阻むように《蒼晶花》が割って入った。
「水槍!」
《蒼晶花》が万象術を放つ。
石畳を突き破って、地面から湧き出た水の奔流が《紅凰》に押し寄せた。
《紅凰》はその場で足を止め、大剣の腹で激しい勢いの水流を受け止める。
けたたましい衝撃音の後、水の槍は大きく爆ぜて、瞬く間に蒸気と化した。
「くそっ!」
《紅凰》の強さを実際に目の当たりにして、ジウが吐き出す。
想像していた以上の、桁違いの強さであった。
「姉さん!」
「トマゾ! ここはあたしに任せな! お前は早く皆のところへ行け!」
「……へい!」
逡巡を見せながらも、トマゾはジウの言葉に従って、仲間たちのところへ向かった。
「ふん! 何をしたところで無駄な足掻きだ!」
《紅凰》が大剣の切っ先を《蒼晶花》に突きつけた。
ジウたちの放った万象術は、《紅凰》に何一つ効いていないようだ。
「そうかもしれないね……」
ジウが俯いて奥歯を噛む。
「──けれど!」
再び顔を上げたジウの瞳には、燃え盛る炎のような激情が浮かんでいた。
「あたしには絶対に果たさなきゃいけない約束があるんだよ!」
《蒼晶花》が地を蹴って、猛然と《紅凰》に向かっていった。




