対面
ロランたちの決起の集いの翌日。
既に日は落ち、宵闇に染まったエルムヴァル城。
その城門前に、ヘルゲたちエリシールの親衛隊が堂々と現れた。
王城の衛兵たちはその行動に驚きながらも、すぐに彼女たちを捕らえた。
エルムヴァル城、謁見の間。
三百人以上は集まれるであろう大きな広間は、天井も高く、格調高い深紅の絨毯が、中央の通路に敷かれている。
壇上の玉座にフォシェルが座り、すぐ側には宰相であるオロフと騎士団長のトゥールが立っている。
ヘルゲと親衛隊士たちは武器を奪われ、手枷をつけられて、フォシェルの前に引っ立てられた。
この場にはその他に、武装した近衛兵二十人と騎士団員十人が控えていた。
「ふん、よくもぬけぬけと戻ってこられたものだ」
フォシェルが自由を奪われて跪かせられたヘルゲを見下ろす。
その顔を不機嫌に歪め、わざとらしく鼻を鳴らす。
「己の愚昧さをようやく悟ったか。それで、肝心のエリシールはどこだ?」
フォシェルの問いかけに、ヘルゲは涼しい顔で答えた。
「そこの宰相閣下にお尋ねになられては?」
ヘルゲの言葉にフォシェルが怪訝な表情を浮かべ、傍らのオロフを見やる。
それを受け、オロフの表情がみるみるうちに青白いものに変化していった。
「……オロフよ、どういうことだ?」
「い、いえ、私は何も知りませぬ。奴のたわごとでございます」
狼狽してしどろもどろで言うオロフに、フォシェルは懐疑の念を抱く。
「何か知っているならこの場で申せ。隠し立てするならば、ためにならんぞ」
「とんでもございません。私が殿下に対して隠しごとなど、するはずがありません」
首を激しく左右に振ってオロフが弁ずる。
「……本当であろうな?」
「も、もちろんでございます!」
「……」
仕方なく、フォシェルは再びヘルゲに目を戻した。
「エリシールを連れてきたのではないのなら、お前たちはここへ何をしに戻ったのだ?」
フォシェルがおもむろに胸を張って、嘲笑を浮かべる。
「よもや、私に下って再び──」」
「この国をあるべき姿に戻すため」
フォシェルの言に、ヘルゲが自らの声を重ねた。
不敬な振る舞いに、騎士や衛兵の何人かが足を一歩踏み出す。
フォシェルが軽く手を挙げ、それらを治めた。
「あるべき姿とな? それはどういったものであるか?」
「少なくとも簒奪者が玉座に座る今の状態ではない」
「簒奪者とは私のことか? 私は正当な王位継承者であるが?」
「エリシール王女殿下の次の、であるがな」
ヘルゲの言葉にフォシェルがすっと目を細めた。
「……エリシールは、まだ幼い。それに政治などはあいつには向いておらん」
「ユーハン国王陛下は、そうは思っていらっしゃらない」
「貴様に何が分かる? 陛下も、エリシールを買いかぶりすぎているのだ……」
「……それが理由か?」
ヘルゲが底冷えのする声で発する。
「そんな理由で貴様は──貴様らは国王陛下とエリシール殿下にかようなまねを……」
ヘルゲは獣のように獰猛な目でフォシェルを睨みつけた。
◆
「いくつか分かったことがある」
情報屋のダニエレがそう言って切りだした。
ジウの機甲格納施設の一角にある部屋の中。
そこに、ロラン、ヘルゲ、ジウ、そしてダニエレの四人が集まっていた。
「まずはエリシール王女殿下の居場所だけど、貴族居住区のカールションの居邸で間違いない」
ダニエレがロランたちの顔をぐるりと見回す。
≪万聞≫と呼ばれる彼の能力を疑う者は、この場にはいない。
皆はダニエレと目を合わせ、頷きを返す。
「……やはり、か」
ヘルゲは悔し気に唇を噛んだ。
今すぐ駆けつけていってオロフを八つ裂きにしてやりたかったが、鉄の意志で堪える。
ジウも眉間に深いしわを刻んで拳を震わせ、ロランは静かに胸の内に怒りの炎を燃やしていた。
「警備はそれほど厳しくはないね。もともと貴族居住区は治安がいいから。何かあれば、警邏もすっ飛んで来るし」
ダニエレが腕組みをし、続ける。
「子爵邸は高さ三メルムほどの鉄柵に囲まれていて、正面の門には門衛が二人。本館には玄関口の他に、使用人が使う勝手口があるけど、中に入れる門は正面のこれ一つだね。それから、番犬の類はなし」
説明はさらに続く。
「加えてロランが言っていた傭兵が四人。なかでもイェートは相当腕が立つ奴だね」
イェート・ヘルムドソンは名の通った傭兵で、その実力も同業者たちの間でも高く称されていた。
ロランは自らを死の淵に追いやった強敵の姿を思い出し、気を引き締めた。
「明日の夜は、オロフは登城していて邸宅にはいない。王女殿下は三階の一室に軟禁されている。もちろんどの部屋かもちゃんと分ってるから安心して。──こんなところかな」
ダニエレの見事な手腕に、他の三人が瞠目する。
わずかな時間で、彼はしっかりと役目を果たしてくれた。
「それからユーハン国王陛下に関することなんだけど……」
ダニエレはここで一呼吸おき、
「どうやら薬を盛られているようだ」
「……それは、奴らの仕業か?」
ヘルゲが怒りの形相でダニエレに尋ねた。
「現時点で一番怪しいのはオロフだね。奴はアヴィラ帝国と深い繋がりをもっているみたいだ。オロフは個人でアヴィラ帝国の大使と何度か密会していたらしい。目撃情報も多いからこれは確かだろうね」
「アヴィラ帝国? なぜここでそんなものが?」
「陛下に使われた薬は、帝国の間者がよく使うものだそうだ」
「何だと! それは間違いないのか?」
「薬に詳しい人間に聞いたところ、その可能性が高いと言ってたね」
「それは……フォシェルも係わっているのか?」
「先日アヴィラ帝国皇帝よりフォシェルに贈り物が届けられた。帝国産の機甲だそうだ。それを運んできたのが件の大使さ」
ダニエレがあごに手をあてて言う。
普段の柔和な目つきが、鋭さを帯びる。
「おそらく、フォシェルも少なからず係わってると見るべきだろうね」
「──まさか……この度の一件は全て帝国の謀略なのか?」
ヘルゲの表情が驚愕に染まる。
ロランもジウも目を見開いていた。
「そこまではまだ、はっきりしていない」
ダニエレがゆっくりと頭を振る。
「はっきりしているのはオロフが帝国大使と親密であること、国王陛下に帝国のものとおぼしき薬が使われたこと」
言いながら指を折っていく。
「それから帝国がフォシェルと深い関係を築こうとしていること、かな。確かに帝国にとっても益があるように思えるね」
アヴィラ帝国。
このヘストレム大陸における最大の軍事国家である。
ここエルムヴァレーンとは今のところ、国同士の関係は浅い。
「まぁ、どちらから持ちかけたのかは分らないが、状況を見る限り、国王陛下の今のご様子はオロフらのやったことだろうね」
最後にそう言って締めくくった。
ダニエレからもたらされた情報をふまえ、ヘルゲは今後の方針をかためていく。
決戦は目の前に迫っていた。
◆
「国王陛下が倒れられてから、我らはあらゆる手を尽くして陛下のお身体を治そうと努力した。言いがかりはよしてもらおう!」
フォシェルの側に立つオロフが口角泡を飛ばして叫ぶ。
激しい剣幕だったが、ヘルゲは微動だにしない。
「……もうよい。こやつらを牢へ連れて行け。明日処刑する」
フォシェルが近衛兵たちに命じる。
近衛兵たちはヘルゲ達を囲むように近付いた。
そこへ謁見の間の出入り口に別の兵士が姿を見せた。
「し、失礼します。フォシェル王子殿下に火急の報告がございます」
「……申せ」
兵士は謁見の間に入るとすぐにフォシェルの前で跪く。
「はっ。報告申し上げます。ただ今、王都各区において多数の機甲による騒乱が起こっております」
「そのようなこと、街の警備隊に当たらせよ」
「そ、それが、ことは機甲によるもののため、警備隊では対処できず、騎士団に応援の要請がきておりまして……」
「……貴様らの仲間の仕業か?」
フォシェルがヘルゲを睨みつける。
「……」
フォシェルの問いかけにヘルゲは無言で返した。
「いかがいたしましょう?」
「……アールストレム団長。聞いたとおりだ。行って鎮めてまいれ」
息を一つ吐きフォシェルがトゥールに命じる。
「よろしいのですか?」
トゥールがちらりとヘルゲたちを見やる。
「そやつらはもう何もできまい。反乱の芽は全て摘み取るのだ」
「御意に」
トゥールがフォシェルに一礼し、この場にいた騎士たちを引き連れて謁見の間を出て行った。
「何をしておる! そやつらをさっさと連れて出て行け!」
フォシェルがまごついていた近衛兵たちに向かって叫ぶ。
近衛兵たちは慌ててヘルゲらを連れて行った。




