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闘技場での勝負

 ロランが酒場でジウと面会した、あくる日の夜。

 機甲闘技場の中央の大地に、《聖鎧フリクセル》が立っていた。

 闘技場は本日の試合を全て終え、閉場の時間を迎えて、静まり返っていた。

 他に人影はなく、聖鎧一騎のみが月明かりの下に佇んでいる。

 ロランはすでに《聖鎧フリクセル》に搭乗し、約束の相手を待っていた。。

 

 ジウは先日の言葉どおり、翌日の同じ時間に酒場にやってきた。

 先に待っていたロランに、彼女は開口一番にこう告げた。


『わたしと戦え。聖鎧の騎士だっていうあんたの力を試したい』


 ロランはジウの()()み、これを承諾(しょうだく)した。


 ◆


「悪い。待たせたね。そいつが聖鎧かい?」


 闘技場の入場口から青色の機甲《蒼晶花(そうしょうか)》が現れ、《聖鎧フリクセル》にゆっくりと歩み寄る。

 戦闘時は下ろしている頭部の眉庇(まびさし)を上げているため、そこからジウの顔があらわになっている。

 《蒼晶花》の足元には情報屋の男、ダニエレの姿もあった。

 

「はい。《聖鎧フリクセル》です」

「確かに、機甲なんかとはものが違う感じがするね」


 《聖鎧フリクセル》はルンベック大森林のときのように、周囲に向けて威圧を放っているわけではなかったが、ジウの強者ならではの嗅覚が鋭敏にそれを嗅ぎとっていた。

 

「すぐに始められるかい?」


 ジウがロランに尋ねる。

 この度の試合は、誰にも伝えていない。

 闘技場を使う許可は運営から得ているが、試合をやるとは言っていなかった。

 遅くなってしまっては、周りに気付かれるおそれがあるため、出来れば早めに済ませたかった。

 

「ええ。問題ありません」


 ロランは即座に答えた。

 《聖鎧フリクセル》の頭部には眉庇がないので、ジウからはその顔は見えなかったが、彼の声からは、気負いなどは感じられない。

 

「こほん。それでは僭越(せんえつ)ながら、この場ではぼくが審判を務めさせてもらうよ」


 ダニエレが咳払いを一つして言う。

 心なしか、その声は弾んでいた。

 

「えー、諸々は省略して……」


 ダニエレがもごもごと口の中で呟いている間に、ロランとジウが一定の距離をとり、互いに見合う。

 《蒼晶花》が素早く眉庇を下ろし、臨戦態勢をとった。

 

「それでは!! 勝負、開始!!」


 《蒼晶花》は昨日の試合と同じく、その手に剣と盾を持っている。

 かたや《聖鎧フリクセル》は、これもまた徒手である。

 先に動いたのは《蒼晶花》だった。

 《蒼晶花》がまっすぐ《聖鎧フリクセル》に走り寄り、剣で突きを放つ。

 《聖鎧フリクセル》は最小限の動きで、なんなくこれをかわす。

 《蒼晶花》が横薙(よこな)ぎの一撃を繰りだす。

 《聖鎧フリクセル》はこれも身を翻して容易(たやす)くかわし、さらに二度、三度と両者の攻防が続く。

 《聖鎧フリクセル》のあざやかな身のこなしは、ロランの操作技術によるものである。

 

 聖鎧──機甲も同じく──は、搭乗者が意を伝えることで、思ったとおりに動かすことが出来る。

 ロラン自身の身法は、もとより並外れて優れていた。

 彼の師はリリィであり、彼女から妖精族の使う特殊な技術を教わり、長い間その技を磨いてきた。

 この闘技場で連戦連勝を誇るジウの剣が、先ほどからかすりもしないのは、聖鎧の特別な力ではなく、ロランが研鑽によって得た能力だった。

 

(このっ! すばしっこいね!)


 自分の剣が全く当たる気配がなく、ジウは苛立ちを見せ始めた。

 

()けられちゃいるが、なぜか反撃はこない。こっちが疲れるのを待っているのか? それとも何か作戦があるのか……)


 《聖鎧フリクセル》に斬りかかりながら、ジウは次の手を模索(もさく)する。

 

(このままじゃらちがあかない!)


 剣での攻撃を一旦やめて《蒼晶花》が《聖鎧フリクセル》から数十メルムの距離をとった。

 それは万象術での攻撃の間合いである。

 

水弾(すいだん)!」


 《蒼晶花》が機甲のこぶし大の水の弾丸を放つ。

 しかしそれが《聖鎧フリクセル》に届くことはなかった。

 《聖鎧フリクセル》の手前で、水の弾丸が粉々に砕け散ったのだ。


「──す、水弾!」


 《蒼晶花》が続けざまに何度も水の弾丸を発射するが、その全てが同じ結果となった。

 何が起こったのかジウにはまるきり理解できなかったが、この時、《聖鎧フリクセル》の周囲には目には見えない風の障壁が発生していたのである。

 《聖鎧フリクセル》をつつむ風の奔流(ほんりゅう)が、迫りくる水の弾丸を片っ端から打ち砕いていく。

 

「──ちっ!」


 同じことを続けても無駄だと悟って、ジウがさらに次の手を打つ。

 《蒼晶花》が高らかに剣を(かか)げる。

 大気から生じた水の渦が、その切っ先に集まっていく。

 《聖鎧フリクセル》よりも数倍大きな水の塊が《蒼晶花》の剣の先に浮かんだ。

 

水砲(すいほう)!」


 《蒼晶花》が剣の切っ先を《聖鎧フリクセル》に向けると、巨大な水の塊が凄まじい速度で剣先の方向へ飛んでいく。

 人が単身では行使できない戦略級の万象術。

 その威力は凄まじく、直撃すれば堅牢な城壁も容易に破壊する。

 《聖鎧フリクセル》はおそらくこれをかわして移動するはず。

 そこをすかさず追撃する。

 ジウはすぐに動けるように体勢を整えた。

 しかし予想に反して《聖鎧フリクセル》はその場から一切動かず、向かってくる水の塊を待ち受けていた。

 そして、とてつもない轟音が闘技場に鳴り響き、水の塊が砕け散った。

 やはり、《聖鎧フリクセル》の目前で。

 細かく散った水の飛沫(しぶき)驟雨(しゅうう)のようになって、闘技場に降り注いだ。

 闘技場の端で、水に打たれたダニエレが悲鳴を漏らしている。

 

「……凄い術ですね」


 聖鎧の中で、ロランが呟く。

 とてつもなく大きな水の塊が、目前に迫ってきたときは肝を冷やしたが、今は呆気に取られていた。

 

『ふむ。しかしこの程度では《聖鎧フリクセル》には傷一つ、つけられん』


 その言葉通り聖鎧には傷一つない。

 今この場での《聖鎧フリクセル》は、風の万象術による障壁を常にまとった状態にある。

 これは一般の機甲や操者ではおよそ不可能なことだった。

 

 《大聖樹トルスティン》──それは膨大な大気中の理素が集まり、数千年を経て一つの生命体となったものである。

 聖樹甲(せいじゅこう)である《聖鎧フリクセル》はその身体のほとんどが、《大聖樹トルスティン》の聖体によって出来ていた。

 言うなれば、聖樹甲は万象の理素の結晶体である。

 そして聖鎧に宿る精霊もまた、万象の理素が意識をもって生まれた存在だった。

 それゆえに精霊は万象の理素を、自分の手足のように自在に扱うことができる。

 ロランの内なる理素の消耗を最少に抑え、無尽蔵(むじんぞう)である万象の理素を最大限に活用し、さらに聖樹甲によって増幅させることで万象術を常に発動させるといった、普通では考えられないような芸当を可能にする──これこそまさに、大精霊フリクセルの()せる(わざ)であった。

 聖鎧と精霊、そこに優れた操者が加わることで、《聖鎧フリクセル》は無類の強さを発揮するのだ。

 

 一方で《蒼晶花》の中のジウは肩で息をしていた。

 強力な術を行使し、己の内なる理素を使いすぎたためである。

 

(あれを受け止めるなんて……)


 もはや自分の常識では(はか)れない存在を目の当たりにして、ジウは驚嘆(きょうたん)する。


(だけど、まだ終わっちゃいない。ここから──)


 そう思い《蒼晶花》が一歩踏み出そうとして──

 その先に聖鎧フリクセルの姿がなかった。


(──え?)


 次の瞬間、《蒼晶花》の左手側の、肩が触れ合うような距離に突如《聖鎧フリクセル》が現れた。

 二騎の間にあった距離が、まるで存在しなかったかのような、尋常ではない動きだった。

 

「うあぁぁぁ!」


 ジウが戦慄(せんりつ)して思わず悲鳴を上げる。

 《聖鎧フリクセル》は右拳で、あえて《蒼晶花》の盾を狙って突きを放つ。


「くっ!」


 《蒼晶花》は《聖鎧フリクセル》の拳が当たる瞬間、衝撃をいなすようにして盾をしならせる。

 その結果盾は砕けず、ひびが入る程度にとどまった。

 

『ほぉ、中の操者、なかなかよい動きをみせよる。うむ。悪くない』


 大精霊フリクセルが感心して言う。

 今度は《聖鎧フリクセル》が後方に下がり《蒼晶花》からわずかに距離をとる。


『仲間になると聞いておるからな。怪我はさせられん』


 それから右拳を腰に据えた構えをとった。

 

『──が、このくらいならばよかろう』


 距離をあけた状態で《聖鎧フリクセル》が《蒼晶花》に拳を突き出す。

 すると《聖鎧フリクセル》の右拳から激しい竜巻が発生し《蒼晶花》に直撃する。

 《蒼晶花》は何も出来ずに後方に大きく吹き飛ばされた。

 そこで闘技場の端に控えていたダニエレが《蒼晶花》に走り寄り状態を確認する。

 

「し、勝負あり!! 勝者は聖鎧の騎士ロラン・ブローリン!!」


 律儀に作法に則ってダニエレが宣言する。

 しばらくしても動きださない《蒼晶花》を心配して、《聖鎧フリクセル》もその側に近付く。

 

「ジウさん。大丈夫ですか?」


 ロランが聖鎧の中から外に出て、《蒼晶花》に走り寄る。

 

「……ああ、大丈夫だ」


 倒れたままの《蒼晶花》からジウも出てきて、ロランに返した。

 

「どこか怪我でも?」


 呆然としたジウのありさまに、ロランが狼狽する。


「いや、ない……」


 ジウが普段の剣呑さ消して、ロランの顔をじっと見つめる。

 ロランとの勝負に負けたジウは、()きものが落ちたかのような顔をしていた。


「よかった。では、これで我々の仲間に……」


 怪我を負わせたわけではないと知って安心し、ロランが言おうとしたところ──

 

「……ジウさん?」


 ジウが静かに涙を流していた。

 そしておもむろにロランに近付き、彼を抱きしめた。

 

「──っと」


 側にいたダニエレがその場から歩き去る。

 彼なりに気を利かせたつもりだろうか。

 

「あの、ジウさん? これはどういう……」


 ジウに抱きしめられたままロランは、何もできずに理由を尋ねる。

 だがジウはそれには答えず、ロランの肩で幼い少女のように泣いていた。

 

「……」


 そうするのが正しいような気がして、ロランはジウの頭を優しく撫でた。


「うっ、くっ……おとうさま……おかあさま……」


 ジウはしばらくそのままロランの腕の中で泣き続けた。

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