機甲闘士
エルムヴァレーン王国の王都には、国営の機甲闘技場があった。
直径およそ二百メルム(二百メートル)の円形平面のかたちで、中央部は未舗装の大地。
それをぐるりと囲むように観客席が設けられており、屋根などはない。
もともとは、騎士たちによる馬上槍試合が行われていた場所で、それにいくらか手を加えて出来た施設である。
この闘技場の中で機甲闘士と呼ばれるものたちが機甲を繰り、闘って覇を競い合うのだ。
エルムヴァレーンの国民に最も人気のある娯楽であり、もちろん賭けの対象にもなっている。
空はどんよりと曇っているが、雨の気配はまだ遠い。
昼下がり、闘技場の観客席に他の客に混じって、ロランの姿があった。
外套の頭巾を深くかぶって、顔を隠したその格好は、観客席を埋め尽くすほどの大観衆の中にあっては、それほど目立たずに済んでいた。
「これよりはじまりまするは!! 本日一番の大勝負!!」
闘技場の中央で、司会を務める男が声を張り上げる。
痩せぎすのわりに、闘技場全体に響き渡る、とてつもない声量であった。
その司会者を挟んで、青色と土色の二騎の機甲が向かい合い、立っていた。
共にエルムヴァレーンの騎士団のものとは違う、粗放な外観をしている。
一般的に機甲は個人が所有するものではなく、国が軍備として持つものである。
しかし例外もあった。
それが機甲闘士たちだった。
国から貸与させる機甲騎士と違い、機甲闘士らは、自らで機甲を用意する必要があった。
だが機甲はえてして、非常に高価なのだ。
誰しもが、やすやすと手に入れられるものではない。
そこで機甲闘士らは、軍の廃棄されたものなどを安価で手に入れ、自分たちで修理して運用しているのだった。
そのため闘技場で見られる機甲は、元の外観から著しく変化していた。
司会者の男が右手で青色の機甲を指す。
「百八十二戦で無敗を誇る、我らが機甲闘技場の絶対覇者、《蒼晶花》ジウ・ヴェステール!!」
観客席から大歓声が上がる。
ジウ・ヴェステール──彼女はこの闘技場のまさしく花形であった。
観客たちの反応からその高い人気ぶりがうかがえる。
彼女の青色の機甲《蒼晶花》は右手に細身の剣、左手に小型の盾を装備していた。
さらに司会者が、今度は左手で土色の機甲を指す。
「これ対しまするは、近頃頭角をあらわしつつある新星、《嶽砕鬼》トマゾ・キーン!!」
こちらも大きな歓声が上がる。
司会者の紹介の通り、彼の最近の活躍は目覚ましかった。
下克上を期待する客も少なくないようだ。
トマゾの土色の機甲《嶽砕鬼》は柄の長い槌を、地面に立てて持っていた。
「さぁこの大勝負!! どちらが勝つのか、どうぞ皆様!! 最後まで目をそらさぬよう、ご覧ください!!」
大げさな身振り手振りを加えて司会者が叫ぶ。
「それでは!! 勝負──開始!!」
両腕を振り上げて宣言した後、司会者はその場から飛ぶように離れていった。
まず動いたのはトマゾである。
土色の機甲《嶽砕鬼》が天色の機甲《蒼晶花》から距離をとるように後方に跳躍し、槌の柄の石突きで地面を突く。
「土震!」
万象術が発動し《蒼晶花》の足元の地面が大きく揺れる。
《蒼晶花》は足を取られて、大きく体勢を崩した。
すかさず《嶽鬼》が《蒼晶花》に向かって走っていく。
《蒼晶花》は剣先を《嶽砕鬼》に向けた。
「水壁!」
突如地面から湧き出した水の壁が《嶽砕鬼》の行く手を遮った。
走っていた《嶽砕鬼》はなりふり構わず水の壁に突っ込む。
しかし水の壁の中は想像以上の水圧であったため《嶽砕鬼》は外にはじき出された。
その間に《蒼晶花》は悠々と体勢を立て直していた。
再び《嶽砕鬼》が槌の石突きで地面を突く。
「土槍!」
突かれた地面の一部が隆起し、先端を尖らせて《蒼晶花》に迫っていく。
《蒼晶花》が剣先を迫り来る錐状の土の塊に向ける。
「水槍!」
地面から激しく水柱が立ち、螺旋を描きながら飛んでいって、土の塊を砕いた。
「「うおぉぉぉぉ!!」」
勝負開始早々、派手な万象術の応酬に観客が沸いた。
万象術とは「内なる理素」と呼ばれるひとの体内の理素をもって、「万象の理素」と呼ばれる大気中の──もしくは地中や石中の──理素に干渉することで、天地万象を操作する業である。
万象術をひとが行使する際には、「法式」と呼ばれる「万象の理法」を解析した式と、それを声に出して唱える「式唱」が必要となる。
だが機甲はその手順を必要としない。
法式を「式陣」として機甲の身体に刻んでいるからだ。
機甲の原型とされる聖鎧が、かつてそうであったように。
さらには、その万象術をより強力にする機能が機甲には備わっていた。
機甲の動力回路の核には巨大な「理素結晶石」が使われている。
理素が結晶化したこの鉱石は、ひとの内なる理素や万象の理素を何倍にも増大させる力があった。
その力の大きさは、そのまま石の大きさに比例する。
理法剣にも使用される理素結晶石だが、機甲に使用されるものはその数倍の大きさだった。
そのため、機甲に乗った闘士たちの使う万象術は、人が生身で使う万象術よりも強力で派手になるのである。
それが間近で見られるとあって、闘技場は常に観客であふれかえっていた。
その後しばらくは、両者一進一退の攻防が続く。
《嶽砕鬼》が攻め《蒼晶花》が受ける。
幾度かそれを繰り返してところで、形勢が徐々に傾いていく。
《嶽砕鬼》が万象術を放ち終えた隙をついて、《蒼晶花》が一気に距離をつめる。
虚をつかれた《嶽砕鬼》が慌てて《蒼晶花》の剣を槌の柄で受け止めた。
《蒼晶花》は剣を滑らせ、《嶽砕鬼》の懐に飛び込む。
そのままの勢いで肩からの体当たりを見舞い、《嶽砕鬼》がたたらをふんで後ろに下がる。
《蒼晶花》は半回転して後ろ回し蹴りを《嶽砕鬼》の頭部にたたきこんだ。
《蒼晶花》の流れるような動きに《嶽砕鬼》はなすすべも無く地面に倒れた。
何とか立ち上がろうとする《嶽砕鬼》目の前に《蒼晶花》が剣の切っ先を突きつけ、勝敗は決した。
「勝負あり!! 勝者は絶対覇者!! 《蒼晶花》ジウ・ヴェステール!!」
どこからか現れた司会者が、声を張り上げて宣言する。
「「うおぉぉぉぉ!!」」
観客席から割れんばかりの歓声が沸き起こった。
その場にいたロランも、他の客に混じって勝者に拍手を送っていた。
『これがお前が言っておった機甲というやつか。前に森で見たやつとは趣が異なっておるの』
大精霊フリクセルが大聖樹の聖体を通して、思念で語りかけてきた。
『ええ。ここの人たちは自分でつくり変えているそうです。それに、僕も詳しくはありませんが、つくられた国や地域によって形も色々変わるそうですよ』
声には出さず、ロランも思念で返事をする。
『なるほどの。しかし、この機甲闘技とやら。なかなかに面白い見世物よの』
『そうですね。僕も初めて観たのですが、凄く興奮しました』
言葉通り、ロランは頬を上気させて、うっすらと汗をかいていた。
(こんなに面白かったんだ。いつかリリィにも観せたあげたいな)
胸の内で相棒の喜ぶ顔を想像する。
その時である。
「やぁ待たせたかい?」
ロランが声に振り向くと、すぐ後ろに一人の男が立っていた。
「君だね? 僕に用があるっていうのは?」
笑みを浮べながら男が言う。
衆人の中では決して目に付かないような、ひどく印象の薄い男がロランの前に現れた。




