空の旅路
ルンベック大森林とエルムヴァレーン王国を結ぶ街道──その上空を、ロランが聖鎧を操って飛翔していた。
空を飛ぶのはこれが二度目だったが、ロランはすでに慣れたようすであった。
頭部に、物見のための細隙のある眉庇をつけた機甲と違い、聖鎧の中から外への視界は、聖鎧に宿る精霊によってもたらされる。
精霊の見た外の景色が寸分違わずに、中の操者の目にうつし出されるのである。
これは人に仮の姿として像を見せる力を持つ、精霊の能力だった。
眼下に広がる景色を大精霊の目を通して見ながら、ロランは前日のティエレ女王の言葉と、その後の大精霊との会話を思い返していた。
「本当によろしかったのですか?」
ロランが聖鎧に宿る、大精霊フリクセルに尋ねた。
『よい。わしはお前を助けると約束した。これも、そうだ』
大精霊フリクセルの望みは、聖鎧の封印からの解放である。
ロランのこれから先の行動は、それに適うものではなかったのだが──
《翡翠宮》でのティエレ女王との面会の後、ロランは大精霊フリクセルに許しを請い、エリシール救出の許可を得ていた。
「……感謝します」
相手の実体がないため、ロランはひとまずその場で頭を下げた。
ルンベック大森林の戦闘から三日と少し経った今、エリシールは再びエルムヴァレーン王国に連れ戻されているはずである。
ロランが目指す先は、王都エルムヴァル。
トルスティン王国の《翡翠宮》からエルムヴァレーン王国の王都エルムヴァルへは、馬を全力で走らせておよそ三日の距離だった。
しかし驚くべきことに、聖鎧はその距離を一刻(二時間)ほどで移動できるそうだ。
大精霊という心強い味方を得たことで、ロランは身体の奥底から活力が湧いてくるのを感じていた。
「まずは情報を得る事から始める」
出発前にヘルゲはそう語っていた。
「何よりも先にエリシール殿下の居場所を探る必要がある。ロランの話では、殿下を連れ去ったのはオロフの配下だったそうだ。そうなると王城には戻されていないかもしれん」
ヘルゲは続ける。
「王都にあるオロフの邸宅か、それともやはり王城か。もしくは別の場所の可能性もある。よって最初に知るべきはエリシール殿下の居場所だ。それと併せ、王都にて我々の仲間を募る」
現在、ヘルゲたち親衛隊はロランの遥か後方の陸路を騎行している。
ロランは大精霊フリクセルと共に、彼女らよりも先に王都エルムヴァルに入り、準備を整えて待つことになっていた。
『それにしても、そうか……ギスムンドがな……』
大精霊フリクセルが呟く。
ロランから聞いたティエレの話は、大精霊フリクセルにとっても意外なものだった。
「はい。ティエレ女王陛下はそう言っておられました。何か、思いあたることはありませんか?」
『分からん。奴は最後、何と言っておったか……』
先の大戦ではギスムンドは聖鎧フリクセルを操り、大精霊フリクセルと共に魔族と戦った。
はたして、互いの間に一体何があったのか。
余人の知るところではない。
『しかし、西のファーレンフッドか……』
「やはりご存知なのですか?」
『ああ。あの国は千年前にもあった。そこでドワーフらによって聖鎧がつくりだされたのだ』
ファーレンフッドは、このヘストレム大陸最大の工業都市である。
ドワーフ族の国にあるそこは、聖鎧や機甲の生まれた場所でもあった。
『だが、行ったことはない。わしがこの聖鎧に宿ったのは別の場所、ルンベックの森でのことだ』
「そうでしたか」
『ファーレンフッドに赴けば、封印のことが分かるのか?』
「ティエレ女王陛下はそう言っておられましたが……」
『そうか……ならば、さっさと終わらせねばならぬな』
「……はい」
ロランが前方に意識を向ける。
その先にはすでに、エルムヴァレーンの王都エルムヴァルが小さく見えていた。
『ああ、それとな……』
大精霊フリクセルは、改まった声でロランに告げた。
『傷を癒すため、お前はその身に聖鎧の一部である──大聖樹トルスティンの聖体を取り込んだ』
「それは……」
あの遺跡でのことをロランは思い返す。
心臓を貫かれ、穴が開いていたのを、大聖樹の力で治してもらったのだ。
『よってある程度ならば、互いに離れていようとも、いつでもわしと通じることが出来るようになった』
大精霊フリクセルが尚も続ける。
『案ずるな。特に身体に害はない。……何だ、不満か?』
「……いいえ」
言葉を失っていたロランに、大精霊フリクセルが戯れるような口調で問う。
ロランが、慌てて頭を振る。
『はーっはっはっはっ。やはりお前は面白い奴だな。わしはお前が気に入ったぞ』
大精霊フリクセルは、心底愉快そうに笑った。
『なに、わしが精霊界にかえるまでの間だけだ。それまで辛抱せい』
機嫌の良い声が続く。
すでにロランも、大精霊フリクセルには、ひとかたならず好感を持っている。
それは単に、命を助けられたからというだけではなかった。
『エルムヴァルまではまだ間がある。そうだな……ロラン、お前の話を語って聞かせよ。なぜ騎士を目指したのだ? それと、なぜ王女を助けたい? さぁ、わしに聞かせてみよ』
大精霊フリクセルが声を弾ませて言う。
千年間囚われ続けていた大精霊は、久方ぶりの会話を楽しんでいるようすだった。
大精霊フリクセルの言うとおり、王都まではもう少し時間がかかりそうである。
仕方ない──ロランは意を決して口を開いた。
「大したお話はできませんが……」
微苦笑をもらしながら、ロランは語り始めた。




