天奏
エルムヴァレーン王国、エルムヴァル城内の一角にある練兵場。
城壁にほど近いこの場所は、騎士や衛兵が日頃訓練を行う場所である。
そこに、一騎の機甲が日の光を浴びて立っていた。
頭部から足部の先まで、全身純白の機甲。
その機甲を前にして、フォシェルとオロフ、それにトゥールと、さらに二人の人物が佇んでいた。
二人の人物──彼女らはアヴィラ帝国より遣わされた大使たちであった。
「フォシェル殿下、いかがでしょう? 我がアヴィラ帝国の機甲、《天奏》は? お気に召していただけましたか?」
二人の大使のうち、片方の女が言う。
茶褐色の外套を身にまとった、背の高い妖艶な女である。
年は見たところ、二十と少し。
艶のある黒髪が耳を覆い、毛先は腰まで伸びている。
黒い髪の持ち主にしては珍しく、瞳の色は蒼い。
そして、もう片方。
こちらも黒髪の女と同じ外套をまとっているが、その顔には奇抜な銀色の仮面をつけていた。
頭をすっぽりと覆うようなかたちの仮面で、目鼻はなくのっぺりとしていて、大きな卵のようである。
表面に穴などはなく、一方向にしか光を通さない「片面透過素材」で出来ているようで、外から内は見えないが、内から外は見えるようだ。
仮面の人物は、黒髪の女よりも背は低いが、肉付きや立ち振る舞いから見て、男であろう。
外套の隙間からは、腰の左側に携えた二振りの剣が見える。
「素晴らしい。ルート殿、本当にこのようなものをもらってもかまわんのか?」
フォシェルが目を輝かせて、美しい純白の機甲を見上げながら言う。
流線形を多様したその外観は、細かなところまで意匠を凝らしており、騎士団の無味乾燥なものとは違って気品を感じさせる。
騎士団の標準兵装の機甲よりも大きく、トゥールの《紅鳳》と同等の背の高さだった。
「ええ。もちろんです。我らが皇帝は次期エルムヴァレーン国王陛下との関係をより密にすることを望んでおられますゆえ」
ルートと呼ばれた艶やかな女が、口元をほころばせる。
「そうか。皇帝陛下には何か返礼品を──」
「どうかお気になさらず。それと、あちらも」
ルートが機甲の脇に置かれた、台車に乗せられた物体に目を移す。
そこには巨大な剣があった。
「あちらは《竜牙剣》です」
それを聞いて、フォシェルたちは目を剥いた。
《竜牙剣》はかつての大戦時に存在した、聖鎧と共に失われて久しい伝説級の武具──聖戦器である。
聖鎧《竜心甲》用の剣としてつくられた、その名のとおり、竜の牙より生まれたものだ。
剣身は高い耐熱性能を持ち、いかなる温度であっても溶かすことは出来ない。
よって火の万象術を用いることで、超高熱の、あらゆるものを両断する剣となる。
もちろん聖鎧だけでなく、機甲で使用することも可能である。
大戦時は数多くあったと伝え聞くが、今ではほとんど残っていないだろう。
そんな国宝であってもおかしくないものが、無造作に置かれてあった。
「あちらもどうか、お受け取りください」
ルートが恭しく辞儀をする。
「まさにエルムヴァレーンの《紅き獅子》に相応しいものかと」
淫靡さを伴った流し目を送られたトゥールは、難しい顔をして押し黙っていた。
「こちらも素晴らしいものですな。私からも皇帝陛下にお礼を申し上げます」
トゥールの態度を不適切と感じ、あわててオロフが口をさしはさんだ。
「ええ。喜んでいただければ、我々も嬉しく思います」
ルートは気を悪くすることなく、微笑んだ。
「それでは中で杯を傾けながら、親睦を深めましょうぞ」
オロフがルートたちを小宴に誘う。
もうこれ以上は、この場所に用はない。
「ありがとうございます。喜んで頂戴いたします」
ルートがそう答えると、トゥールをのぞいて、皆で練兵場を後にした。
「……」
練兵場に一人残ったトゥールはふと何かが気になって、はたとその目を白い機甲に向けた。
しかし、これといったおかしなところは見られなかった。
トゥールは、自分でもはっきりと説明出来ない感覚に首を傾げながら、兵舎の方に足を向けた。




