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トルスティンの女王

 時は少し(さかのぼ)る。

 ロランたちと、エルムヴァレーン王国騎士団との戦闘よりさらに一日と少し後。

 すでに夜が明けて空が白んでいる。

 エルムヴァレーン王国より北方、エルフ族の国、トルスティン王国の王宮──《翡翠宮(ひすいきゅう)》。

 深い森の奥に佇むこの宮殿は、千年前の大戦よりも遥か昔から存在していた。

 エルフ族の技術に加え、遠い西の国のドワーフ族の協力も得て築かれた《翡翠宮》は、このヘストレム大陸でも他に類を見ないほどの壮麗(そうれい)さであった。

 木を扱うことに長けたエルフの技術と、石や鉱物を扱うことに長けたドワーフの技術が交わり、優雅さと堅牢さが同居した建築物となっている。

 建物全体は特殊な顔料で白く塗装されており、陽光を受けて煌めくさまは、森の奥深くというのも相まって、神秘的だった。

 他国の一般的な城と同じく、高い城壁に囲われているが、その白い壁にもうっすらと文様が刻まれ、宮殿の美しさを引き立てていた。

 建物自体も大きく、女王をはじめとする王族の他にも、様々な役割を担う、数多くのエルフたちがこの宮殿で暮らしている。

 

 《翡翠宮》謁見(えっけん)の間には、玉座に着いた女王と相対(あいたい)して、ヘルゲや、ロラン、エリシールの親衛隊士や侍女たちの姿があった。

 ヘルゲたちは、森の広場での戦いの後、およそ一日を費やしてここに辿り着いていた。

 謁見の間では、彼女らだけでなく、この国を代表する高官たちも多数立ち合っている。


「──という次第にございます」


 トルスティン王国女王──ティエレ・トルスティンの前で跪拝(きはい)し、ヘルゲがこれまでの経緯をかいつまんで説明する。

 エリシールを(ともな)っての逃亡、エルムヴァレーン騎士団の待ち伏せ、そして大精霊と聖鎧(せいがい)の助力。

 謁見の間は(またたく)く間にどよめきに包まれた。

 自国内で起こった騒動に、傍聴(ぼうちょう)していたエルフたちが色めき立つ。


「エルムヴァレーンめ! 性懲(しょうこ)りもなく、また──」

「すぐにこちらも兵を準備すべきだ! 奴らに思い知らせてやる!」


 怒りをあらわにし、傍聴人たちが口々に声を上げ始める。

 

「──やかましい! 静かにせよ!」


 ティエレの一喝で、謁見の間は再び静けさを取り戻した。

 

「──ふむ、話は分かった」

 

 ティエレが、ヘルゲの顔を正面から見つめる。

 ティエレの美貌(びぼう)は、ヘルゲとよく似ていた。

 共に銀髪で蒼い瞳、鼻筋は綺麗に通っていて、唇は切れ長である。

 実際の二人の年齢は大きく離れていたが、外見上はそれほど差はない。

 長命なエルフ族の特性によるものだ。

 

「して、そこの人族の男子が(くだん)の者か?」


 ティエレは、視線をヘルゲの(かたわ)らのロランに移した。

 ロランはヘルゲと同様に(ひざまず)き、頭を深く下げている。

 

「はい。私の従騎士(じゅうきし)で、ロラン・ブローリンと申します」


 ヘルゲが(よど)みなく答える。

 

「そうか。ロランとやら、顔を見せよ」


 ティエレに言われ、ロランは静かに顔を上げる。

 

「ふむ。なるほど。若いが、澄んだよい眼をしておる。して、ロランよ。フリクセル様との契約はまことか?」


 ロランはティエレの問いかけにはっきりと頷く。

 

「はい。我が父の名と、我が命にかけて誓いました」

「……そうか」


 ティエレの瞳がかすかに(うれ)いをおびる。

 

「しかし……フリクセル様の封印は、我らエルフの力では解けぬ」


 その言葉に、ロランは動揺を隠せなかった。

 

 聖鎧とは千年前の《統魔大戦(とうまたいせん)》における対魔族用の決戦兵装のことをいう。

 聖鎧にはいくつかあり、大聖樹から生み出された『聖樹甲(せいじゅこう)』、竜の(むくろ)から生み出された『竜心甲(りゅうしんこう)』、太古から生きる海獣(かいじゅう)外殻(がいかく)(もち)いた『海殻甲(かいかくこう)』などがある。

 対して魔族側が生み出したものもある。

 それは伝承では『魔甲(まこう)』と呼ばれている。

 

 《聖鎧フリクセル》は《大聖樹トルスティン》の聖体からつくられた聖樹甲である。

 先の大戦時、聖樹甲も数多くあった。

 《聖鎧フリクセル》はその中のただ一騎にすぎない。

 だが今となっては、現存する最後の一騎であろう。

 聖樹甲は本体をドワーフたちが錬工し、それに精霊を宿らせたのがエルフたちだった。

 

「本来ならば、役目を終えた精霊たちは皆、精霊界へとかえっていった。我らが(ほどこ)した術は、もとよりそういうものであった」


 現女王は(よわい)五百余歳。

 大戦時にはまだ生まれていなかったが、先代よりそう伝え聞いていた。


「おそらく、聖鎧の結界はエルフの(わざ)ではない」

「では、一体何者がフリクセル様に封印を施したのですか?」

「確かなことは言えぬが、最も可能性が高いのは……人族の英雄ギスムンドであろうな」


 大英雄ギスムンド──彼もまた伝説の人物である。

 大戦において、人族、エルフ族、ドワーフ族、その他の亜人族らによって結成された対魔統合軍を勝利に導いた立役者(たてやくしゃ)であった。

 

「フリクセル様は何もご存知ないのか?」

「……はい。千年前の記憶も、曖昧だと言っておられました」

「かの英雄の真意は私にはわからぬ。かの者に何か特別な理由があったのやもしれぬ。いずれにせよ、フリクセル様を解放することは、我々には出来ぬ」


 その言葉で、ロランは呆然となった。


「無論、聖鎧の破壊も出来ぬ。封印とは聖鎧の身体に刻まれた式陣によってなされたもの。下手をすれば永劫(えいごう)に閉じこめられるやもしれぬ」


 ティエレが朗々と告げる。

 

「なれば、お前は行かねばならぬな」

「……どこへですか?」


 力なくロランが尋ねる。

 

「この国よりはるか西方の、ファーレンフッド。そこでティルン・トルスティンを訪ねよ。奴ならば、何か知っているやもしれぬ」


 ティエレの発言に、ヘルゲが慌てて口をはさむ。


「ティエレ女王陛下! お待ち下さい! 我々にはまだ、果たすべき使命がございます」

「何だ? それは?」

「エリシール殿下をお救いするという使命でございます」

「かの国の王女は、かの国のもの。救うもなにもなかろう」


 ティエレが冷徹な目をヘルゲに向ける。


「ティエレ女王陛下!? 本気ですか!? 彼女は貴方の──」


 ティエレの鋭い視線に射抜かれて、ヘルゲは口をつぐむ。


「話は仕舞(しま)いか? 他に用がないのならば、私はこれで失礼する」


 ティエレは玉座から立ち上がり、謁見の間の扉口に向かって歩き出す。


「陛下! 奴らは騎士団を引き連れて、越境(えっきょう)してきました! これはこの国に対する宣戦行為(せんせんこうい)です! 陛下! お待ちください! ──お母様!」


 ヘルゲの叫びも(むな)しく、ティエレは足を一切止めず去っていった。


 ◆


「くっ……」


 ヘルゲが円卓の上に置いた拳を固く握り締め、(うめ)く。

 彼女の仲間たちはその姿を、心配そうに見守っている。

 一行は《翡翠宮》内の客室に、場所を移して集まっていた。

 ここにいるのは、ヘルゲと親衛隊士たち、それからロランである。

 エリシールの侍女たちは、今は別室で待機していた。

 部屋には大きめの円卓があり、ヘルゲを含む六人がそれを囲んで座り、ロランと残り三人がその側に立っている。

 

「ヘルゲ様」


 ロランは意を決してその場に跪き、ヘルゲに上申する。

 

「お許しいただけるのならば、私がエリシール殿下を連れ戻してまいります」


 さらに悲痛な表情を浮かべ、


「こうなったのは、私がエリシール殿下をお護りできなかったからです。私に殿下をお助けする役目をお与えください」

「ロラン……」


 ヘルゲはすでに、ロランからエリシールが連れ去られた経緯を詳しく聞いていた。

 ヘルゲにはロランを責めることなど出来なかったが、彼自信が自責の念を強く感じていた。


「今、エリシール殿下の側にはリリィがいます。しばらくの間は殿下も安全かと思われます」


 ロランは今際(いまわ)(きわ)で、エリシールをリリィに託した。

 彼が心から頼りとする相棒に。

 

「ですので、その間に居場所を突き止めて、エリシール殿下をお助けしてまいります」


 ロランが言う。

 聖鎧の騎士となった今の彼ならば、その能力は疑うべくもない。

 しかし、大きな問題がある。


「だが、フリクセル様との契約はどうするのだ?」


 ヘルゲとてその重要性は理解していた。

 大精霊ともなれば、精霊を信仰するエルフ族にとっては、神に限りなく近い存在であった。

 大精霊との契約は何よりも尊く、(たが)えられぬものだ。

 

「私がフリクセル様にお許しを()います」

「……頼む」


 ロランの真剣な表情を見て、ヘルゲも覚悟を決めた。

 ヘルゲは椅子から立ち上がり、仲間たちを見まわす。

 

「ならば我々もエルムヴァレーンに戻り、皆で共に王子一派と闘おう」


 それを受けて一同も立ち上がり、ヘルゲに対して力強く頷く。

 この場の誰もが、王国の明るい未来とエリシールの幸福を、心から強く願っていた。

 ヘルゲはロランに向き直り、

 

「ではロラン、エリシール殿下を任せたぞ」


 そう言って、彼の胸にそっと手を添える。


「はい!」


 ロランはヘルゲの目を真っ直ぐに見つめ、大きく頷いた。

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