表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/35

護りし者

 エルムヴァレーン王国の首都エルムヴァルの貴族居住区に、その邸宅はあった。

 

 カールション子爵邸。

 敷地はそれほど広くはないが、本館は秀麗(しゅうれい)で、界隈(かいわい)では珍しい三階建て。

 高さ三メルム(三メートル)の鉄柵に囲われ、正面に鉄の門扉(もんぴ)を備えている。

 その本館の三階の一室にエリシールはいた。

 エリシールにあてがわれていたのは、なかなかに立派な部屋だった。

 天蓋(てんがい)つきの寝台や、大きな鏡台、卓子や椅子といった家具や、こまごまとしたその他の調度品も全て、意匠を凝らした豪奢なものばかりである。

 しかし(しつら)えられた採光用(さいこうよう)の窓は、はめ殺しになっていて開けることはできず、一つしかない扉も今は固く閉ざされている。

 エリシールはここに少し前から軟禁されていた。

 彼女がこの邸宅に到着したのは今よりおよそ半日前である。

 連れてきたのはオロフ・カールション子爵配下の傭兵たちだった。


(ロラン……ごめんなさい……)


 先ほど湯浴みと着替えを終え、屋敷の使用人に髪を()かされた後、一人きりになった部屋で寝台の(へり)に腰を掛け、エリシールは人知れず涙を流していた。

 自分を命懸けで護ってくれた少年を想って。

 あれから早くも二日半が過ぎていた。

 少年は最後まで勇敢にエリシールを護り、そしてその命を散らした。

  

(何もできなかった……ロランに何もしてあげられなかった……)


 エリシールは己の無力さを自身で責め続けていた。

 せめて、土の中で安らかに眠らせてあげたかった。

 だが彼の亡骸は、傭兵たちよって、無残に打ち捨てられてしまった。

 

(あの時、私がもっと……)

 

 意味のない自問自答をひたすら繰り返す。

 

(いいえ、そう……もし、私が逃げ出さなければ、ロランはきっと今も……)

 

 そう思いいたった時、心が壊れそうになった。

 いつも側にいた彼の姿が、頭から離れない。

 エリシールはこらえきれず、嗚咽をもらした。

 それからしばらくして、部屋の外から声がかかる。

 

「エリシール王女殿下、失礼いたします」


 返事を待つこともせず、出入り口の扉が開かれた。

 そこに現れたのは、この邸宅の主であるオロフと、傭兵のイェートであった。

 オロフはエリシールの姿を目にし、破顔一笑(はがんいっしょう)する。

 

「王女殿下、ご機嫌はいかがですかな?」


 言いながら部屋を闊歩(かっぽ)し、エリシールの座った寝台の側に立つ。

 エリシールは力なく顔を上げ、泣きはらした目でオロフの顔を見つめた。

 

「いやぁ、よくお似合いですな。出入りの商人に無理を言って取り寄せた西の──おや? 泣いてらっしゃったのですか? 部下が何か失礼でも?」


 オロフは、ちらりと(かたわ)らのイェートを見やった。

 イェートは何も言わず、肩をすくめてみせた。

 エリシールは暗い気持ちをよりいっそう沈ませて、再びうつむく。

 

「部下たちから聞きました。殿下も大変ご苦労なされたと」


 オロフがおもむろに跪き、エリシールの美しい顔を覗き込む。


「ご安心ください。奸者らは討たれました」


 優しく、気遣うような声音でうそぶいた。

 

(まさか! ヘルゲおば様たちも!?)


 エリシールははっとして、オロフの顔に目を向ける。

 そこには優しい声音とは裏腹の、酷薄(こくはく)とした笑みが浮かんでいた。

 薄気味悪さとおそろしさを感じたエリシールは、その身を引いてオロフから(のが)れようとした。

 だが、後ろは寝台である。

 逃げ場はない。

 その結果、エリシールが寝台の上に倒れ込んだ。

 すぐさまオロフがそれを追うように、腰を浮かせる。

 そこで──

 

「うがぁっ!!」


 オロフが床に転げ、のたうちまわった。

 (そば)(ひか)えていたイェートは最初、オロフが間抜けにも足をもつれさせたのかと思ったが、耳を押さえて(うめ)いているのを見て思い直した。

 このありさまには見覚えがあった。

 イェートの脳裏に、ルンベック大森林の遺跡でのことが浮かぶ。

 

(ほぉ。こりゃ、あいつの仕業か? いや、もしくは王女の仕業? いまいちわかんねぇが……)


 イェートは横目で、寝台に倒れこんだままのエリシールを見やる。

 エリシールは驚いたようすで、床に転がるオロフを眺めていた。

 

(ふむ。まぁどっちでもいいか。おれらの仕事はもうお仕舞いだ。後は宰相閣下に自分で何とかしてもらおうか)


 イェートはオロフに手を貸すでもなく、腕組みしたまま傍観(ぼうかん)していた。

 

「イェート! これはどういうことだ!?」


 耳を押さえながら、オロフが立ち上がって叫ぶ。

 よく見ると、耳の付け根が少し裂けている。

 

「どういうこととは? 一体、何をおっしゃってるんで?」


 イェートがとぼけたように言う。


「ふざけるな! 何なのだこの力は!?」

「さぁ? おれには分りません。ただ、どうやら──」


 目線をエリシールに移す。


「閣下が王女殿下に対して、何か不埒(ふらち)なことをなさらば──なぜだか痛い目に合うようですな」

「……な、に?」

「いやぁ、しばらくは辛抱したほうがいいでしょうな。閣下はご存じないかもしれませんが、耳なんざ簡単に千切れちまいますんで」


 イェートの言葉に、オロフが顔面を蒼白にして、自分の耳を庇うように押さえる。


(ただ)ちに何とかしろ!」

「そう言われましても……おれにもどうなってるのかよく分かりませんで……」


 イェートは常のように、肩をすくめた。


「くそっ! 役に立たん奴め!」


 憤懣(ふんまん)やるかたなく吐き捨て、オロフが大股で部屋から出て行った。

 残されたイェートは、寝台のエリシールを一瞥(いちべつ)し、

 

「まぁ、とりあえず安心してくださせぇ。しばらくは安全でしょう」


 そう言って部屋から去った。

 イェートらの一連のやり取りを眺めていて、エリシールは一つの可能性に思い至っていた。

 

「リリィ、ここにいるのですか?」


 虚空(こくう)に向かって、話しかける。

 エリシールには、彼女のその姿を見ることも、声を聞くこともできない。

 だが一つ、彼女の存在を確認する方法がある。

 声をかけてからほどなく、エリシールは涙で濡れた自分の頬に、人肌の温もりをはっきりと感じた。

 

「ああ……リリィ……私……」


 そっと、その場所に優しく手をやる。

 その手にもしっかりと温かさを感じる。

 そこに、リリィがいた。

 

「リリィ、助けていただいてありがとうございます。ロラン……貴方は、また……」


 死してなお、彼は自分を護ってくれていたのだ。

 大事な相棒である、リリィを(つか)わして。

 エリシールには、そのことがたまらなく嬉しく、たまらなく悲しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ