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護衛はタリーがいい


 フィオナはタリーの家に往診に来ている。しかし、なぜかアダンは不在で、申し訳なさそうにクロエがお茶を出した。



「で?」


 不機嫌そうな声を出したのはタリーだ。その声にフィオナはムッと眉根を寄せる。



「そんな嫌そうな声出さなくなっていいじゃない。タリーのお父様のところに無料往診に来たのよ」

「厳密には無料じゃないやつな。親父もいないしな。往診するモンがいねーんだから送ってくよ」



 「さぁ、帰れ」とばかりにタリーはフィオナを追い出そうとする。



「ちょっとタリー。治癒師様に失礼でしょう」

「いいんだよ。どうせ厄介なことに俺を巻き込みに来ただけなんだから」

「……向こう1ヶ月、治療費は無料にします」

「まぁ!」



 1ヶ月無料に飛びついたのはタリーではなくクロエだった。平民はタダほど高い物はないと骨の髄まで染みこんでいるが、この場合、よく分からないがタリーの行動の対価なのだから、手出しゼロなだけになる。



 将を射んと欲すればまず馬を射よとばかりに、フィオナは狙いをタリーからクロエに変更した。



「クロエさん! タリーにも言ってやってください! 決して悪い話ではないはずです!」

「絶対悪い話でしかないだろ」



 フィオナがタリーを護衛に公爵邸に連れ去られたあの日以来、タリーは治癒院に顔を出さなくなった。あろうことか傭兵団の隊長であることを利用して、部下を治癒院に寄越したのだ。守秘義務があるため、本当にタリーと関わりのある者かの証明が取れない者に薬は渡せないことを伝えると、部下は帰った。しかし、ほどなくして、タリーのサインが入った傭兵団隊長の旗印である印章のある紙をもって再度現れた。



 絶対にタリーを引き出したいフィオナは外国人である見た目を利用して、こちらの傭兵の隊長の旗印など知らないと突っぱねた。今度こそタリーが来るかと思えば、来たのはクロエ。大人しく薬を渡すしかなかった。




 次に伯爵邸に往診に行くときには、絶対に気心の知れたタリーと共に行きたいと考えていたフィオナは、勝手に往診という強行手段にでた。アダンが不在だったので、既に往診の形はとれていないが。



 フィオナにしては幸い、タリーにとっては不幸にして、タリーの休日に合わせて処方分を決めるために、フィオナに休日を教えていた。



 かくしてタリーの休日である今日、伯爵邸の往診日を決めたフィオナはタリー家に押しかけた。



 フィオナが見守る中、タリーとクロエはなにやら言い争う。



「だから、フィオナのせいで酷い目にあってんだって」

「そうはいっても父さんの治癒師様よ? 何かあったらどうするの? それに無料って仰ってくださってるじゃないの!」

「いや、俺に対する迷惑料を考えたら無料どころか、家が一軒建つわ」

「あなたがそれほどに思う場所にこんな小さい娘さんを一人で向かわせるの? あなた、それでもこの町を守る傭兵なの?」

「いやいやいや、その傭兵として、フィオナの護衛のアルバイトは結構規則のギリギリラインだからね?」

「金銭が発生してないのにギリギリも何もないでしょう」

「いや、物々交換になってるだけだからね? それにこの人、見た目は8歳だけど、実年齢15歳だよ? それでいて、一人で国境越えるんだから、全然か弱くないからね? おまけに商売までしてんだよ? 母さんよりたくましいくらいだ」



 両手を握りしめながら親子の会話を見守っていたフィオナだが、タリーの言葉にだんだんと旗色が悪くなるのを感じた。タリーの積み上げたフィオナの人物像にクロエも疑惑の目でフィオナを見た。



「クロエさん! 私、一ヶ月間、掃除させていただきたいと思います!」

「……掃除って、以前してくださった、その、風を使った……?」

「はい! 私はあの方法での掃除しかしたことがないので! ……もしかして、不手際でも……?」

「いいえ、いいえ! 不手際など!」



 クロエは嬉しそうにタリーに視線を向けた。



「タリー!」

「母さん。一ヶ月間のうちに何回掃除すると?」

「そうね……」



 フィオナは治癒師だ。清潔が必須条件のため家と治癒院の掃除は毎日行うので、もちろん一ヶ月の間毎日タリー家に通うつもりでいたが、どうもこの家では違うらしいと感じて、顔がにやけた。



(毎日来なくていいんだ……!)



「フィオナ」



 タリーに名を呼ばれ顔を上げると、フィオナ以上のあくどい笑顔がタリーの顔に貼り付いていた。



「母さん、異国の料理を食べてみたくない?」

「それはそうだけど、急にどうし……」



 クロエはハッとして、口元を押さえた。タリーとフィオナを交互に見る。



「……3週間に1度、故郷の料理を作りに伺います……」



 悲しそうに目を伏せてフィオナが首をたれれば、それをタリーが鼻息で一蹴した。



「はん! 3週間に1度だったら、1回だけだろ。週に1回だ! 分かったな」

「はい……」



 項垂れるフィオナにタリーは初めてフィオナに口で勝ったと喜色満面だったが、毎日、とか、数日ごとを想定していたフィオナにしては眉唾だった。だけど、タリーがすごくいい気分になっているので、フィオナは何も言わない。



「では、よろしいですか?」

「えぇ、愚息ではありますが、どうかお連れください!!」





 クロエの言葉にタリーが返事するよりも早くタリーとフィオナは竜巻の中に消えた。着いたのは、伯爵邸の門の内側、木々に囲まれた一角。



「もっと優しく移動させてくれよ!」

「あなたがゴタゴタ言うから時間がなかったの! ほら! あそこ!」



 フィオナが指さした先には豪華な屋敷。しかし、本邸と思われる屋敷に比べると1/5ほどだろうか。



 フィオナの手招きにタリーは続く。フィオナが屋敷のドアを小さくノックすれば、さっとドアが開いた。



 その隙間に体を滑らせるフィオナを見習って、タリーも屋敷内に身を滑らせた。フィオナとタリーが正面同士でぶつかった。



「何引き返してんだよ」



 よく分からないが、隠密のように身を隠そうとするフィオナに合わせてタリーも小声で問いかける。



「ちょっと、あっち! 早く!」



 フィオナは無理矢理タリーの体を反転させ、その背中をぐいぐい出口に押し出していく。事情はさっぱり掴めないが、フィオナがここから出たいと思っていることはわかったので、タリーはドアを開ける。すると、開けた先には強面の男が一人立っていた。




(どういうことだ?)



「私の顔を見た途端、踵を返すなんて傷つくのですが」



 温厚そうな声にタリーは振り返る。そこにいたのは、ウェーブがかった金髪に切れ長の透き通った金色の瞳、白を基調とした衣装を着た青年。以前フィオナが治癒を施した公爵だ。



 公爵はしっかりとフィオナを認識し、声もかけているが、その事実をねじ曲げたいフィオナは、何も聞こえない体を装って、タリーの背中を叩き、自分も出ようとする。玄関のドアを開けたところで強面の男に通せんぼうされていることに、フィオナも気付いて、諦めたように、室内へと歩を進める。




「アバ、体調はいかがですか?」




 フィオナには、患者であるアバしか見えていないため、アバにのみ話しかける。事実として、そこには公爵、伯爵、ノア、それぞれの従者や護衛もいるのだが。



「……体調は順調です。この2ヶ月の間、毎朝血を採って検査しましたが、レッドゾーンに入ることはありませんでした」

「それは良かったです。これまでアバに検査してもらっていたのは、毎日の値です。ですが、この値には日内変動があるので、その日内変動の平均値を知る必要があります。採血させてもらっても良いですか?」

「お願いします」



 アバの許可を得て、フィオナは採血し、専用の試薬にアバの血液を垂らした。満足そうに微笑む。



「薬を絶っていても、血液の数値は正常値です。今回も薬の処方は必要ありません。今後は今の体重を維持して、食生活も今の状態を継続してください。……本当に健康になられて良かったです。あとは、こちらの治癒師に半年ごとの検診をしてもらい、それでも問題なければ1年に1回の検診で大丈夫です。それでは、私はこれで。どうかお元気で」



 伯爵邸からいち早く逃げたいため、フィオナのアバに対する説明はつい早口になる。フィオナの最優先事項は帰ることだ。



 往診も終わったし、これでもうフィオナに課せられた義務はない。さっさと出口に向かう。「いや、無理があるだろ」とタリーの顔に書いてある文字は無視した。走ってでも、人目に付かない場所に出ればあとは風魔法でとんずらすればよい。ぐいぐいとタリーの背中を押す。



「フィオナ。ここはそんなに居心地が悪いか」



 なんとも無視しにくい声は伯爵の者だ。フィオナは伯爵を振り返り、即席の笑顔を貼付けた。



「そんな、とんでもございません。……今日は往診の予定が詰まっているので、急いでいるのです」

「……そうか。だが、一つだけ教えもらいたい」



 伯爵に平民が問われれば答えないという選択肢はない。残念で仕方がないけど、フィオナは恐る恐る振り返る。


「教えもらいたいのは他でもない、簡易でできる試薬の作り方だ」



 毎朝毎朝アバが自身で検査しているのだ。目立たないはずがない。伯爵どころか公爵までいるのだから、一平民のフィオナは答える。



「あの試薬の作り方を知りたいという理解でよろしいでしょうか?」

「……私の勘違いでなければ、私の侵されていた病はアバと同じ物ではないですか? アバの病状より悪化した状態。そう理解しています」



 フィオナはこくりと頷く。伯爵がアバと公爵の発する共通した匂いに気付き、公爵邸に診察に行くことになったのだ。そう理解するのも分かるし。その理解で間違いはない。


「えぇ。その理解で正解です」

「であれば、アバの使用していた試薬は私にも効果的なのではないかと思ったのです」

「そう考えたから、公爵様もあの試薬を手に入れたいと?」



 フィオナの問いに公爵は罰が悪そうに目を伏せる。だけど、その後言葉が続かないことを考えても、試薬は喉から手が出るほど欲しいに違いない。



「試薬については、私が作成しているんです。材料はこの国で採取できる薬草ばかりなので、こちらの治癒師に伝えますね。公爵様は伯爵様の治癒師を通して教えてもらってください」



 フィオナはさらさらと紙に試薬の作り方を書いていく。一つ頷いて、誤字や脱字、わかりにくい言葉がないか見直した。



「こちらを、伯爵邸の治癒師に差し上げてくださいな」

「いいのですか?」

「えぇ。ふふっ。そんな驚いたふりなど。平民の私に断る術がないことを理解した上で、知識を搾取しようとしているでしょうに」



 権力を振りかざし求めるだけ求めて、欲しいものが手に入ったら、これ以降の関わりに支障が出ないようにか、自身を謙虚に見せようとする公爵に腹が立った。フィオナはチクリチクリと辛辣な言葉を敢えて選ぶ。



「……すまない」



 余計な言い訳などせず、ただ謝る公爵にフィオナは少し好感を持った。貴族が平民に素直に謝ることもそうだが、治癒師として自身の生に対する貪欲さにも。




「公爵様。アバと同じ病気ではありましたが、その成り立ちは異なります。アバは不摂生な生活を続けた結果、時間をかけて病気が成立しました。ですが、公爵様は違います。そのお立場、体格からも。また、メイドさんにお聞きした食生活でも、それははっきりしています」



 公爵閣下ともあろう尊いお方。金にものを言わせ好物に偏った食事をしていたかと思えばそうではなかった。体格はすらりとしてほどよい筋肉がついた肢体。剣の鍛錬を欠かさないと執事は言った。



 地面が焼けるように熱い炎天下の日、公爵はいつものように鍛錬をしていた。やめておけば良いのに真昼間に。激しく喉が乾いた公爵は冷たく甘い果実水を何杯も何杯も飲んだと言う。



 多尿が口渇を誘い、口渇が更なる多飲を促す。次第に意識は混濁していき、あの状態になったのだった。



 フィオナの言葉に公爵は目を瞠った。



「では、私は今後何に気をつければ……」



 公爵の困った顔が耳が垂れた子犬に見えたフィオナは、笑顔で公爵を見上げた。



「ふふっ。以前も申しましたとおりです。バランスの良い食事、適度な運動。炎天下の運動は避け、涼しい時間帯に。水分補給は、以前お伝えしたレシピのドリンクを、一度に飲むのではなく、少しずつこまめに取ってください」



 顔を赤くした公爵から返事はなかった。ただ呆然とフィオナを見つめるだけ。



(やばっ。笑ったのが不快だったのかな。……これだから訳の分からない矜持のもと行動する貴族とは関わりたくないんだよ)



 怒られると悟ったフィオナは、「ではわたしはこれで」と早口でお別れの挨拶を終わらせるとタリーの背中に乗った。もう乗り物扱いである。



「走って!!」


「……あぁ」



 俊足で駆けるタリーの背中に少しだけ追い風を送るが、さっと目の前をふさいだ伯爵の護衛により呆気なく、フィオナはタリーの背中から降りることになった。





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