貴族の友達は貴族
ノアに頼まれたフィオナが護衛のタリーと共に屋敷に辿り着く。屋敷の門前で身なりのいい紳士に声をかけられた。
「ノア様。そちらの少女が治癒師様で?」
「うん。お願いしてきてもらったんだ!」
子供らしい無垢な笑顔を浮かべたノアが紳士に返事する。
「治癒師のお姉ちゃん、この方はエドゥアル。父様の従者なんだ」
ノアがエドゥアルに視線を向けると、エドゥアルはフィオナに向かって紳士の礼をした。下ろしていた右手を挙げ、滑らせるように左胸に持って行ったところで、頭も下げる。
対するフィオナはカーテシーをとり、傭兵であるタリーは敬礼すると同時に右足も鳴らす。
エドゥアルは人の良さそうな微笑みを見せた。
「これはこれは。私めに十分な挨拶を。痛み入り……」
「おいっ!」
ノア、フィオナ、タリー、エドゥアルで挨拶を返し合っていると、馬車の窓が開き声がした。
「おい。挨拶はそこそこにして、頼まれごとをしてもらえないか?」
及第点。フィオナは思った。貴族が平民に対する言葉として悪くはない。だけど、フィオナに依頼する立場である伯爵は一歩も馬車を降りず、他4名を見下ろす形になっている。
(それが人に物を頼む態度かよ。お友達がどんな立場の人間か知らないけど、平民相手に治療を施しているフィオナに目をつけるくらいだ。これまで散々貴族御用達の治癒師にあたって惨敗で、たまたま知ったフィオナに藁をもつかむ気持ちで声をかけてきたに違いない)
護衛としてのタリーがフィオナに視線を向ける。頷くだけでフィオナの返事となる。
「恐れながら伯爵様。発言をお許しいただけますでしょうか?」
「言ってみろ」
首をたれたままフィオナは続けた。
「お貴族さまの気持ち一つであっさりと捨て置かれる我が身。伯爵様のお人柄も分からないのに努々ついて行くなど……」
「ほぅ。ここまで来て付いてこない選択肢が?」
シルバーグレーの短髪に整った顔の伯爵は僅かに顔を歪めた。フィオナはにっこりとした人好きのする笑顔で返す。
「まさか。ノアにお願いされましたし、伯爵様ですもの。相応の対価も頂けるでしょう?」
「当然だ」
「私からのお願いは、知らぬ人の馬車に乗り、どこに連れて行かれるとも分からないのです。友人を連れて行くご許可を頂きたいと。これ以降、私はずっとこの友人と離れません。馬車に乗るときも診察するときもです。卑しい平民の身ではありますが、それでも命は惜しい。どうか友人の帯同のご許可を」
「平民が貴族相手に意見を通そうとするなど自殺行為であることは分かっているな?」
「承知しております」
「では、そのように己が意見を通そうとするのは、見立てに自信があってのことと理解しても?」
暗に伯爵は「そんだけ好きなこと言うんだから、絶対に治せよなぁ? あぁん?」っと言っているのだ。
「伯爵様。私はまだ幼い身。見立てに自信などあるはずもございません。しかし、幼い身がゆえ、恐怖に見立てを狂う可能性は存分にあります。伯爵様のご依頼に十分な結果をもって答えるためにも、友人の帯同をお願いいたします」
「ふむ。仕方あるまい。なにより、一刻も早くあの方の元に治癒師を連れて行きたいのだ。乗れ」
「僕も! お姉ちゃんを巻き込んだ責任があります。一緒に連れて行ってください!」
伯爵は顎を馬車に向けてしゃくることで是の意を表す。馬車には伯爵、その両サイドに伯爵の護衛が座り、向かいの席にフィオナを挟むようにタリーとノアが座った。馬車を取り囲むように、伯爵の護衛が騎馬で取り囲んでいるのだから、戦闘力だけでいうと、フィオナ側はあまりに拙い。もうタリーの戦闘力とノアへの伯爵の親心に縋るしかない。
(いざとなったら風魔法で逃げよう)
フィオナが風魔法を使えることを知るのは今のところタリーだけだ。この国で魔法使いはマイノリティーだ。いつの世もマイノリティーな存在は迫害の対象とも囲い込みの対象ともなり得る。これでもフィオナなりに魔法は使わないようにしている。だけど、生死が関われば当然のごとくその限りではない。逃げるためなら空くらい飛んでやる。
「して、フィオナとやら」
フィオナがいざというときの逃げる算段をつけていると、ふいに伯爵の声がかかった。意図せず背筋が伸びる。
「其方はどのようにして治癒術を学んだのだ?」
「治癒術として学んだことはございません」
きっぱりと言い放ったフィオナに伯爵のこめかみがぴくつく。
「……どういう意味だ?」
「私の母は治癒師で父は薬師でした。幼い頃から、生活の至る所に、あるいは、両親の職場に遊びに行ったところで。見聞きしたものに疑問を覚えては両親に問いておりました」
「なるほど。自然と身についていったということか」
「はい。私にとって治癒術は特別なものではなく、生活の中にあるものでした。親子間のコミュニケーションのようなものでしょうか」
難しい顔でしばらく沈黙した伯爵が眉を上げる。
「ということは、其方の治癒術は其方の興味によって得た知識であろう。であれば、偏りがあるのではないか?」
「その可能性は否定できません。私は両親以外の治癒師も薬師も存じませんから。もっと言えば、私はこの国の民ではありませんので、伯爵のご友人がこの国特有の風土病であった場合、私に治療は難しいと思います。ですから、ここで下ろしてもらっても……」
そう言ってフィオナは、馬車から降りたそうに窓の外を見る。ノアの頼みであり、自分が断ることでノアに不利益が被ることを避けたくて受けたが、本来なら貴族になんか関わりたくない。平民であるフィオナからは断れない。しかし、伯爵の友人は確実に貴族だろう。その貴族を診察してしまっては、情報漏洩の観点からも逃げ切れなくなる。今のうちに伯爵にはフィオナを見限っていただきたい。
「その心配には及ばない。この国特有の風土病であれば、これまでに診察した治癒師が気付かないはずがない」
伯爵はフィオナを逃がすつもりはない。それがはっきりとしたところで馬車は止まった。
「さぁ、着いたぞ」
馬車の扉が開き、伯爵の護衛、伯爵、伯爵の護衛の順に馬車を降りていく。こういうときの降りる順番をフィオナは知らない。タリーに視線を向けると、タリーが先に降りて、フィオナに手を差し出す。タリー、フィオナ、ノアの順番で降りた。
ところで、馬車の中、必死に自分の不出来さをアピールするフィオナと、伯爵の会話の中、タリーもノアも一切口を挟まなかった。ノアは話が分からないだろうし、フィオナの意図を組むこともできなかっただろうから仕方がない。問題はタリーだ。話に入れないのか、入りたくないのか、フィオナへの援護はなかった。これは後々の怨恨になるだろう。主に、タリーをこき使う方向で。フィオナはわりと根に持つタイプなのだ。
馬車を降りれば、石畳が広がり、その奥には階段に繋がる屋敷があった。
階段の前に、燕尾服を着た男一人とメイドが出迎える。
「公爵閣下の容体は?」
「伯爵様がお出になられたときとお変わりありません」
(え? 今公爵って言った?)
伯爵に繋がりのある貴族だろうことは理解していた。もしかしたら上位貴族であろうとも。しかし、言葉として実感させられるとますます帰りたくなるフィオナだった。
そんなフィオナの気持ちは捨て置かれ、執事が「この方が?」と聞けば、伯爵が「あぁ」と頷く。恐らく、治癒師が女である情報は伝わっていたが、フィオナの幼い容姿に執事は戸惑いを隠せないようだった。
「驚くだろうが、これがあの薬を作った人物だ。それが真実である限り、見た目で判断するのは、あまりに愚かだ」
伯爵が執事にそう言うと、執事はパッと表情を改めた。
フィオナとタリー、ノアの三者は、執事と伯爵に続いて、玄関ホールへ通され、そのまま階段を上り、長い廊下を歩く。
「こちらです」
執事が部屋の扉を開き、室内に通される。瞬間、ノアの母の自室と同じ匂いがした。ノアの母より幾分匂いの濃度が濃い。
天蓋の中に通され患者である公爵との対面だ。公爵の顔、いや体全体がやや黒みがかって、皮膚は乾燥し、自分でつけたであろう掻爬痕がいくつもある。
「直接、質問することをお許しいただけますでしょうか?」
フィオナは伯爵に質問し、伯爵が公爵に伝える。呼吸は荒いが、公爵との意思疎通は可能なようだ。公爵が頷き、伯爵がフィオナに伝える。
「公爵様。まずは脈、血圧、体温をはからせてくださいませ」
公爵が頷くのを見届けてフィオナが鞄から診察道具を取り出す。それぞれの数値をメモに記した。
「公爵様、最近、お小水はでておりますか?」
公爵は辛そうに首を僅かに横に振った。
「公爵様、血を採らせていただいてもよろしいでしょうか?」
公爵は頷く。フィオナは注射器を取りだし、公爵の腕に針を刺し、採血した。すぐに採取した血液はフィオナの持参した機械に投入される。血液を採取した試験管ごとに、そのまま試薬に浸したり、ただ立てかけたり、分離させてから試薬に入れてと取り扱いは様々だ。
全ての検査が終えたのか、フィオナはこの世の終わりのような顔になった。出会ってから数時間の伯爵は見たことのない顔だ。公爵はそんなに悪い状態なのかと不安に顔を歪める。
「正直に申しまして……」
皆がごくりと息をのむ。公爵も例外ではない。
「私に治療ができるか否か……。大変難しいところです。皆様もお感じの通り公爵様の状態は末期と言って差し支えありません」
はっきりと断じるフィオナに周囲はしんと静まりかえった。絶対に気付いていただろう宮廷治癒師も一緒に沈黙を守るのだから、それは違うだろうとフィオナは思う。
(いや、絶対気付いてたよね? 原因が分からなかったとしても、末期ってことはさ!)
「公爵様はもちろん、ここにいる皆様にも問いたいのですが、治療について私に一任するお覚悟はおありでしょうか。これだけの状態です。私が今思い描いている治療プランを施しても健康になられるか、その保証はできません」
ここに揃う全ての人が是と答えて、それを受けてフィオナが治療を施したとしても、公爵が還らぬ人になれば責められるはフィオナだろう。処刑の道も有りうる。
公爵お抱えの治癒師に診てもらった。宮廷治癒師に診てもらった。王太子と親戚である公爵はそのつてを利用し、国王専属の治癒師にも診てもらった。それでも解決の糸は見つからず、なんの改善もない。
国王専属の治癒師にさえ匙を投げられた。戦う術も与えられず朽ちるくらいなら、立ち向かって死にたい。
「た……の、む」
呼吸を荒く、それでも、公爵は告げた。この場で一番の権力者は公爵だ。公爵の命がかかった選択を公爵以外の誰ができようか。公爵は自ら行ったのだ。
フィオナは公爵を取り囲む皆に視線を滑らせていく。公爵、伯爵、執事、治癒師、看護人、メイド。そして。己が友であるタリーとノアに。
皆がフィオナと目が合い、覚悟の表情で頷く。それからは早かった。フィオナは一度帰宅を願い出た。持参した医療用具ではとてもまかなえない。護衛のためと付けられた公爵家の男二人に張り付かれ、伯爵と馬に同乗させられた。逃亡回避もここまで来ると恐怖しかない。馬に二人乗りさせられたのは、馬車でちんたら行くよりも早いからだ。
公爵邸に戻ると鞄から次々と物を出した。それらを組み立てていく。水の入ったバックがいくつも吊された棒の下には、ダイアル付きの濾過装置、その下には廃棄入れ。
濾過装置と公爵を中心とした半径2mくらいのところにカーテンを吊す。その内側をこっそりと風魔法で浄化した。
「ここから先に入ることを希望される方はこの服を来てください」
フィオナがそう言うと、治癒師、伯爵が手を挙げた。フィオナの熱い視線に気付いたタリーは少し遅れて控えめに手を挙げる。それぞれにローブの着方を指導する。
フィオナは公爵の股の付け根に管を刺した。その管に、先ほど組み立てた装置からでる管を接続する。血圧を計り、ダイアルをセットしていく。
「これは、血を入れ替える装置です」
フィオナの言葉にその場が騒然とした。
「皆様。人間とは、外から取り込んだ物を排泄します。お小水も、大便も排泄物です。排泄は体内にある毒素を排出するために必要不可欠な行為です。それができない状態が続くと、人は必ず死に至ります。体外に排出できなかった毒素は体内をまわりつづけるしかないのですから」
フィオナは公爵に視線を向け、再び皆に視線を戻す。
「この装置は、自身で毒素を排出できなくなった人のために作られたものです。本来の人間の体の役割を人工的にしています。時間ごとに採血を行い、血液が許容範囲内の結果になるまで、この装置を通しての循環を続けます」
「それは、公爵様の血液を外に出して、綺麗にして戻すという理解でよろしいか?」
治癒師の一人がフィオナに質問を投げかけた。
「そうなります」
「それはあまりにリスキーなのでは。血液を外に出すなど。血液が菌に触れるようなことがあれば、菌血症になる恐れも」
「その可能性ならば存じております。その上で、この回路の中は保証されています」
だって、フィオナの風魔法で、回路の中は清潔に保たれているし、回路外からの被爆がないように同じく風魔法でガードしているのだから。
「公爵様の血液がいつこの回路を必要としなくなる状態になるかは分かりません。公爵様の命が尽きるよりも先に公爵様の状態回復を目指し、循環動態に差し障りがないよう、なるべく緩徐に体外循環を進めております」
幼児にしか見えないフィオナは見た目こそ頼りないが、話すほどにその聡明さが際立ち、フィオナの年齢の倍以上の経験を重ねた治癒師も頭が上がらない。どころか、公爵が回復に向かえば、濾過装置を自身の治癒院に取り入れたい思っているくらいだ。あと、よく仕組みの分からない採血の試薬と分離機も。通常、あんな早期に血液検査の結果は出ない。
そんな打算も潜ませた上でのフィオナへの質問に、治癒師たちの真意が分からないフィオナではない。治癒師が得たいだろう利益を滲ませつつ、フィオナは責任の分散のため、しっかりと他の治癒師も巻き込んだ。また、いつまで続くか分からない体外循環の間ずっと一人で付き添うにはフィオナの体は幼すぎた。
フィオナの見立てでは公爵の体外循環は3日3晩としていたが、それにしても見た目年齢8歳の幼い体には辛い。体外循環中の血圧測定の頻度と、それ以外の観察項目、濾過装置の使い方を教えると治癒師は嬉々として協力した。
自分も欲しいと思っている装置の使い方も、その間の患者の診察方法も教えてもらえる上に、教えてもらっているのだから、責任はフィオナに押しつけることができる。フィオナもその可能性を考えて、フィオナを起こしてでも報告が必須な状況を伝えた。一つ一つ紙に起こし、その紙の受領印ももらった。後で「聞いてない」とは絶対に言わせないために、同じ書類にサインさせ、割り印したくらいだ。
そうして4日目の朝。フィオナが診察に行くと、黒ずんでいた皮膚は血色を取り戻し、乾燥した皮膚は処方した軟膏をメイドが丁寧に毎日塗布したおかげでつやつやとして、掻爬痕はだいぶ薄くなっていた。3日目の夜から排尿も得られるようになった。
排泄を自身でできないため、やたらと点滴はできない。弱った体でも食べられるメニューを料理人に依頼し、公爵に食べてもらった。この状態だと制限をつけた食事になるが、それでも公爵の好みをよく知っている専属料理人は薬草や香草を上手に利用し。公爵の食欲をそそった。
「あぁ、こんなに幼い子に僕は救われたのだね」
血色を取り戻し、土気色の皮膚が元の白色に、おまけにメイドの世話のおかげで艶々とした肌。落ちくぼんでいて、呼吸も荒く、顔の原型を見定める余裕もなかったが、なかなかどうして公爵は美青年であった。
伯爵の見た目年齢は30ほど。その伯爵の友人なのだから同じくらいだと思っていたが、こうして生気を取り戻してみれば20ほどの青年だった。金髪金眼の美しい男性だ。もう少し肉付きがよくなれば、すれ違う人々を付き纏い行為の犯罪者に仕立て上げるだろう。
イケメン、それに間違いはない。ない、が。15歳であるフィオナは幼い子と言われたのが癪でたまらない。
タリーに目を向けると、諦めたような表情であいまいに頷いた。
ちなみにノアは伯爵の家で過ごしている。伯爵が伯爵家にノアを取り込もうとしているのが分かる。ノアは「フィオナを巻き込んだ責任があるから着いていく」と言ってはいなかったか。彼女は思うが、そんな事を思っても仕方がない。相手は正真正銘の7歳だ。例えノアがフィオナの傍にいたのが3日前の1時間ほどだけだったとしても。
「……幼子に救われたことは非常に不快なことだったでしょう。私は自身の行いを宣伝するつもりは有りませんので、公爵様のお体を救った栄誉はどうぞ、ご自身の治癒師に。あなた様の治癒師にはしかと、今後の食事療法や運動療法なども伝えておりますので」
怒り心頭のフィオナは「それでは」と、ふん、と鼻息を鳴らして公爵に背を向けた。やれやれとタリーはフィオナの後を追う。上下関係しか重視しないこの国でフィオナの態度は非常によろしくないが、今のタリーはフィオナが主だ。フィオナに従うしかない。
「ちょっと待って。何か気を悪くさせたかな?」
公爵のその言葉に、フィオナの背中から更に冷気を感じるタリー。くるんと公爵に向き直った人の良さそうなフィオナの笑顔に、病み上がりの公爵は騙されたようだった。
「気を悪くするなど、とんでもございません。我々平民は、公爵様と比べると人間ですらないのですから。……どうか、人間ですらない者へのお気遣いなどなさいませんように」
そのまま人好きのする笑顔で煙に撒いて逃げればいいものを。フィオナはどうしてこんな階級問わず好戦的なのか。タリーは頭を抱えるしかない。
フィオナの言葉に青ざめ、言葉さえ失った公爵を前に、フィオナはカーテシーを。タリーは傭兵の礼をとる。
「それでは、ごきげんよう。……未来永劫健やかに過ごされますよう」
そこまで言って、今度こそ本当に公爵邸を後にした。
「未来永劫健やかに過ごされますよう」。とは、この先関わることはないけど、テメーはテメーで元気にやれば? 私は興味もないけど。と言った意味になる。
王族を除けば、貴族階級一位に君臨する公爵にそんな言葉を投げつけるフィオナの護衛なんてもう二度とするもんか、とタリーは思ったのだった。
「やっぱり薬はタダなんかじゃないよな……」
そう独りごちるタリーの両手を向かい合う形でフィオナが握る、視線がだいぶ下にあるが、それ故に見上げる彼女の瞳は上目遣いになる。一瞬その濡れた漆黒の瞳に目を奪われたが、「行くよ」とフィオナが言うと、二人を中心に風が渦を作り、竜巻の中心として砂を巻き上げた。すごいスピードで地面が遠ざかっていく。
ちょっと前、タリーは胸の鼓動を感じた気がしたが、その甘さは、恐怖に消えた。