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結婚式



 雲に浮かぶ島。サンクカルデマであれば地面は土色。カミーシア帝国の地面は白だったりグレーだったり。雲の色をしていた。



 その上に青々とした木々。黄色と桃色を基調とした花々が円を描くように咲き誇り、その中央にガーデンチェアとガーデンテーブルがいくつか並ぶ。しかし、今日は身内だけの結婚式。そのうちの一つだけが使用され、アダンとクロエ、ローズマリーとイップが同じテーブルについた。



 フィオナの結婚式が見たくて、ローズマリーは頑張って国王に直談判した。フィオナ一族は、運命の相手にのみ治癒魔法のロックが解除される。一度解除されると運命の相手でなくても治癒魔法の使用ができるようになる。フィオナがタリーを治したような、あそこまでの瀕死の状態を救うことはできないが、帝国産の医療機器の補助程度ならば治癒魔法の施行は可能だ。



 加えて、フィオナ一族はいつも医術の最先端にいる。そのため、国王や宰相など、国の中枢を担う人たちへの人脈があった。



 だからこそできた国王への直談判。現状、ローズマリーとイップで国王の主治医をしているため、なおのこと言葉は届きやすい。そして認められた地上の民を招いての結婚式だった。




 フィオナとタリーが雲の上に乗って、ローズマリーたちがいる場へと姿を現した。慣れたフィオナは楽しそうに、初めて雲に乗るタリーは少々怯えつつ。二家族の両親の前に顔を見せた。



 フィオナは純白の白のウエディングドレスを身に纏う。繊細なレーズがAラインのドレスの裾まで続き、頭には黄色と桃色を基調とした花冠。タリーはシルバーがかったグレーのタキシードに白のシャツ、黒のベストだ。



 互いの両親の元に辿り着くと、乗ってきた雲は霧となって消えた。何を練習しなくても、この雲が霧に切り替わるタイミングで無様に転ばないように練習した。そしてそれは報われた。タリーは転ぶことなく皆の前に着地した。フィオナも動揺に着地する。




 二人は手を繋ぎ、互いの両親の前まで進むと言葉を紡いでいく



「「本日私たちは皆様の前で結婚の誓いをいたします」」



 ここからはタリーもフィオナも一人ずつ、相手への気持ちを綴っていく。互いに相手の言う言葉は知らされていない。



 まずはタリーがフィオナへの思いを告げる。



「フィオナと初めて会ったのは親父の病気の時だった」



 そんな言葉から始まるタリーのフィオナへの想いの吐露。


(((((え? そこから?)))))



 (そんなとこから言うの? 恥ずかしいよ)とはフィオナの心の声。

 (フィオナさんの全てが好きで要約しきれなかったんだな)とはアダンの。

 (確かにあのことは感謝してるけど、長丁場になりそうね)とはクロエの。

 (あらあら、タリーったら、本当にフィオナが好きなのね。でも嬉しいわ。この数年のフィオナのことが知れるんだもの)とはローズマリー。

 (分かるぞ、タリー。救われた側の男がどれほどに彼女らを愛しく想うか。1日2日で話せる内容ではない。今度タリーと酒を酌み交わしたいな)とはイップ。




 四者四葉の気持ちに気付かず、自分の胸の内を語ることに精一杯のタリーは言葉を繋ぐ。



「初めはなんて幼女だって思った。ガキのくせに何でもできて、世間ズレしてて、人を乗り物のように使うし……。最初は、フィオナにいいイメージはあまりなかったように思う。ただ親父の主治医だからうまくやっていかないといけない、くらいに思ってただけで」




 どことなく悪口を言われているような気分になり、フィオナはムッと眉を寄せる。それすらも気付かない真っ赤な顔のタリーである。



「だけど、いつも必死で目の前の患者を救おうとするフィオナを見てたら……フィオナは誰が救うんだろうって。患者から頼られて、貴族や王族にさえ頼られる、救いを求められるフィオナは誰を頼るんだろうって。俺はいつのまにか、フィオナを救う……ことは無理でも、頼ってもらえるようになりたいと思うようになった……」




 (そんな風に思ってくれてたんだ……)



 フィオナは真っ赤な顔のタリーを見上げる。話すごとに羞恥からか、歓喜からか、タリーの瞳に涙が溜っていくのが分かった。




「だけど、頼ってもらえるようになりたいって思ったからこそ、自分の不甲斐なさに気付いた。貴族や王族に拉致監禁されたとき、俺はフィオナを見つけることも助け出すこともできなかった……」



 タリーの瞳から涙が流れる。なんだか、思いあまってタリーの両親に内緒にしていたことも口走ってしまっている。驚いた顔でフィオナを見るアダンとクロエ。大丈夫と言うように笑顔を返すフィオナ。



 次にアダンとクロエはイップとローズマリーに視線を向ける。我が子が拉致監禁されていたという事実に心を痛めるに違いない。そう思いながら。しかし、イップとローズマリーは顔を見合わせて「ま、そういうこともあるよね」とばかりに仕方なさそうに頷きながら、苦笑をもらすだけだ。なんとなくアダンとクロエは悟る。権力者による拉致監禁は治癒師あるあるなのだと。




「結局、フィオナは自分で逃げてきて。俺は、何も出来なかったのに、フィオナは笑顔でキムチ鍋を作ってくれて……。フィオナの作るご飯は本当においしくて……俺、こんな強くて、優しくて、怖くて、可愛くて、気が強くて、愛らしくて。……フィオナと一緒に一生いれるなんて夢みたいで……」




 フィオナはタリーの言葉にひっかかる。笑顔でキムチ鍋を作った覚えはない。あと、強くて、怖くて、気が強くて、の件は今いらないのではないのか。




 拗ねた顔でタリーを見上げるが、タリーは自分のことで精一杯で、何もその目に移っていない。恐らく、耳も機能していないだろう。




 フィオナがローズマリーとイップに視線を移せば、微笑ましそうに笑まれるだけだった。


 イップもローズマリーも、我が子の悪いところも知った上で愛してくれているタリーに感謝しかなかった。感謝以外の気持ちが芽生えるのはイップだ。それは共感。うんうんと嬉しそうにタリーの言葉に頷く。



 イップはフィオナの父だが、タリーと同じようにローズマリーに救われた経験を持つため、やはり酒を酌み交わしたいと思うのだった。フィオナの父もフィオナの母が大好きだった。フィオナの父とも嫁自慢で盛り上がっていたのだ。タリーともうまくやっていけるに違いない。



「お義父さん、お義母さん! フィオナをこの世に誕生させてくれてありがとうございます! おかげで俺! いま! すげぇ幸せです!」



 涙を流しながら満面の笑顔でタリーはフィオナの肩を抱く。フィオナも応えるように、タリーの腰に手を回す。



「フィオナを好きだと気付いてから、フィオナが俺のせいでいなくなるまで……」



 もうタリーの演説は終わりだろうと一人を除いて誰もが思っていたが、まだ続くらしい。その一人とはイップだった。嫁への想いがこの程度のはずがない。誰に分からなくても自分は分かるとイップは想っていた。



「……俺のせいでいなくなって、死んだかも知れないって思っても、絶対に信じたくなくて、毎日フィオナを探した。ノアに聞いたり、公爵様に聞いたり、市場を歩いたり、フィオナの家にも行った。探して探して。フィオナのいない2年の間に、更にフィオナへの想いが膨れてしまったんだと想う。フィオナが戻ってからは片時も離れたくなくて、いつでも触れていたくて、フィオナを感じていないと、また俺の前から姿を消すんじゃないかって不安で。トイレとお風呂は嫌とフィオナはいうけど……。トイレはまぁいいけど、風呂はいいんじゃないかって俺は思っ……」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」




 フィオナへのタリーの愛が溢れこぼれまくっているのは分かった。だけど、フィオナが好きすぎてもっと一緒にいたいのにフィオナが付合ってくれないと愚痴めいた告白は既にフィオナにとってのプライバシー侵害だ。




 フィオナは顔を赤く染めて、タリーの口を自分の手で塞ぎながら大声で叫ぶ。タリーの声が誰の耳にも届かないように。




 しかし、タリーは両親の前でフィオナを膝枕していたのだ。髪を撫でながら。フィオナは寝ていたため気付いていないが、タリーの両親はそれを目の当たりにしているため、我が息子が恋人に対してひっつき虫になるのはなんとなく予想していた。そのため、表情は変わることはない。「でしょうね」くらいなものだ。




 一方、ローズマリーとイップはフィオナに隠れてお風呂に一緒に入っているため、当たり前のことだった。愛し合う二人が常に一緒にいたいと想うことは、ローズマリーとイップにとっても当然の帰結で、やはり「でしょうね」くらいなものだった。




「タリー! ありがと! 次は私ね! 私の番!」

「いや、俺まだ終わってない……」

「ありがと! 本当にありがとう! そんなにおもってくれてて私うれしい!」

「喜んでくれて俺も嬉しい」



 言ってタリーはフィオナの頬にキスをした。キスされた頬に手をあてフィオナはばっとタリーから少し距離をとる。タリーの雰囲気がいつも二人でいるときのプライベートな甘々な空気に変わってきていることに気付いたのだ。



(やばいやばい。二人のときのイチャイチャを自分とタリーの両親の目の前で見られるなんて恥ずか死ぬ)



 フィオナは気付かれていないと思っているが、双方の両親ともに既にバレている。タリーの両親はフィオナが見つかってから帰ってこなくなった息子を心配し呼び出せば、フィオナへの愛を恥ずかしげもなく晒し、「だから俺、今はフィオナとずっと一緒にいたいんだ」とフィオナの元へ戻っていった。そんな息子がフィオナの傍にいながらひっつき虫の本能を解放せずにいられるわけがない。



 ローズマリーとイップにとっては、自分たちをもとに考えているため、自ずとフィオナとタリーも、まぁそりゃ仲良しよね(だよな)。と当たり前に思うのだ。



「タリーが色々と私との出会いから話してくれたので、私からはそのへんを割愛させていただいて」




 フィオナはコホンと羞恥に朱に染まった頬のまま、場の空気を一旦締めようと咳払いをする。



「タリーが私への愛を自覚したところを話してくれて嬉しかったので、私もそのへんを……」



 (言うんかい!)と思ったのはアダンとクロエ。タリーからの愛の告白が恥ずかしくて仕切り直そうとしたのではないのか。




 (やっぱ言いたいよね)と思うはローズマリー。今は婿とその両親の前のため余所行きの言動をしているが、普段は男勝りで口も悪く、イップの前でだけかわいくなるローズマリーだ。普段恥ずかしくていえないからこそ、こういう機会に伝えたいと思うのは当然だろうと考えていた。



 (言われると嬉しいんだよな)と思うのはイップ。いつも男勝りで口の悪いローズマリーが自分の前でだけ、幼気な少女のようになる。毎日会うのに、毎日が初めての恋のように自分を見て瞳を潤ませるローズマリーに毎日たまらん気持ちになるイップだ。




「タリーが瀕死の状態になったとき、私は絶対にタリーを助けたいって思った。それがどんな気持ちからくる想いかはまだ分からなかったけど、タリーが自分にとってかけがえのない大切な人だっていうのは分かってたから」

「……フィオナ」



 また瞳を潤ませながら見つめ合う二人。そろそろタリーの両親は胸焼けしそうになっていた。



「治癒魔法は運命の人相手にしか発動されない。だから、タリーに使うのは賭けだった。だけど、治癒魔法は発動した。タリーの痛みが私に移るごとに、タリーが私の運命の人だって刻まれてるみたいでうれしさもあったの」




 フィオナの治癒魔法についてタリーに話していたあのとき。「今からタリーに話すように、その力を使った相手には伝えることが多い……かな……」とフィオナは言葉を詰まらせた。それには訳があった。



 恥ずかしかったのだ。治癒魔法を使った相手とは生涯結ばれる。これまでのフィオナの一族は治癒魔法の発動により大人になった者は皆、そのときの相手と添い遂げている。そして、年をいくつ越そうとその愛が陰ることはない。




 そんなこと、タリーの気持ちどころか自分の気持ちもまだ分かっていない状態で話すことはできなかった。だから濁すしかなかったのだ。



「タリーは私の外見なんて関係なく私を好きだと言ってくれた。外見と実年齢の差がコンプレックスだった私にとってそれがどれだけうれしかったか。頼りにならないってタリーは言ってたけど。私、タリー以上に頼った人なんて今までいないんだよ? ずっと見下されないように、搾取されないようにって肩肘張って生きてきたから」

「フィオナ……」



 タリーのフィオナを見つめる目に熱がこもっていくのがそこにいる全ての者に分かった。フィオナを除いて。気付かないフィオナは続ける。



「タリーだけだよ。なんでかは分からないけど、タリーは大丈夫って思えたの。それは最初から。元々好みっていうのはあったんだけど、それだけじゃなくてタリーの人柄が安心できたの」



 今現在もフィオナへのタリーの愛は爆上がり中だ。自分がフィオナの好みのタイプであったことを今知ったタリーは、最初から少なからずフィオナの関心を引けていただろうことに気付いて、歓喜に包まれる。愛、爆上がり。天井知らずである。




「私もそのままのタリーが大好き」

「フィオナ……」




 さっきからフィオナの名前しか呼んでいないタリーだが、その4文字に隠された気持ちはやはり天井知らずだ。



 辛抱溜らんタリーはフィオナを抱きしめる。恥ずかしがるフィオナはタリーの胸をトントンと叩くが、タリーにとってはかわいいものだ。チュッチュチュッチュと、フィオナの額、頬、瞼、鼻にキスを贈る。



 恥ずかしさに「もうやめて!」とフィオナは叫び、タリーを突き放した。恥ずかしそうに周りを見渡したフィオナは愕然とする。



「……あれ? なんでいないの……?」



 忽然とタリーの両親とフィオナの両親は姿を消しており、このガーデンにはフィオナとタリーだけだった。



 タリーを見ると、タリーも今、周りの様子に気付いたようで不思議そうな顔をしている。周りの様子に気が配れていたらできない言動がタリーには多くあったので当然のことだった。



 ガーデンの木々、花々がふわっと揺れた。



「フィオナ。いいお式だったわ。タリーに生涯大事にしてもらいなさい」

「タリー。君の気持ちはよく分かるよ。どれだけ嫁がかわいいか。愛しいか。是非今度、酒を酌み交わしたい。お互い嫁自慢をしようじゃないか」

「フィオナさん。その、ちょっと……ちょっと……? タリーの愛は重いかもしれないけど、フィオナさんのことが大好きで大切なのは絶対だから。……どうか末永くお幸せに」

「タリー、フィオナさん。二人の幸せそうな顔が見れて私たちも幸せな気持ちになれたよ。ちょっと胸焼け……コホンコホン。……いや、いい式だった。末永くお幸せに」



 ローズマリーの風魔法だった。風にのって、ローズマリー、イップ、クロエ、アダンの言葉が続き……。




「「「「あとは若いお二人で」」」」




 4人そろった声が耳を打つ。



 その場に取り残されたタリーとフィオナは視線を交える。恥ずかしげに顔を染めたあと、見つめ合いふふっと笑い合う。



 タリーがフィオナを姫抱っこすると、あわててフィオナはタリーの首に腕を回した。タリーの顔がフィオナに近付き、フィオナはそっと目を閉じる。


 2人の唇が重なる。2人だけの誓いのキス。




「一生大事にするよ」

「……私だって!」








おわり


ここまで拙作をお読み頂きありがとうございました。今後の参考にさせていただきたいので、ぜひ☆評価をお願いします。

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