綺麗になったでしょ
「ね? 綺麗になったでしょ?」
嬉しそうに笑みを広げる愛らしくも美しいフィオナにタリーは目を奪われていた。視線が釘付けで、言葉がでてこない。
うっすら頬を染めて、凝視つづけるタリーの前に、フィオナの小さな顔がずいっと出る。
「ちょっとタリー! 綺麗になったでしょ! って聞いてんの!」
「……あ、あぁ」
フィオナの怒声にタリーは意識を取り戻し、やっとのことで返事する。そのタリーの様子を見ていたフィオナはにんまりと悪そうな笑みを浮かべる。
「さては、タリー。……私に惚れたな?」
「ばっ! 何言ってんだお前!」
「この私の大人の色香にやられたか」
「は!? 大人になったからってわけじゃ……!」
「え?」
「ぇ」
フィオナはやっと年齢通りの見た目になれて舞い上がっていた。嬉しくて調子にのっていたフィオナとしては少しからかっただけだ。元幼女なのだから、よくて妹、悪くて知人くらいにしか思われていないだろうと考えてのことだった。それなのに、今、タリーが言ったのは。以前から、つまり幼女のときから、自分を好いていたと。
「え……タリーってロリ……」
「誰がロリコンだ!」
タリーもその場で立ち上がり、乱暴に言葉を投げていく。
「お前が幼女に見えたのなんて初対面の時だけだ。仕事中のお前を見て、子供に見えるわけねぇだろ。王宮お抱えの治癒師に優る幼女がどこにいる? 元患者の取り立てのために追いかけ回す幼女が? 手際よく料理できる幼女が? 都合良く俺を振り回す幼女が?」
タリーは気付いていない。見た目で変態じみた好奇に晒されることの多いフィオナに、見た目なんて関係ないと、フィオナのコンプレックスを払拭していることを。
タリーは気付いていない。言い訳しているつもりで、フィオナの好きなところを列挙しているにすぎないことを。
タリーは気付いていない。フィオナのことが好きで好きで大好きで、純粋にフィオナの中身が好きだと。その真っ赤な顔と、焦ったような口ぶりが、しっかりとフィオナに想いを届けていることを。
「ちょっと体が大人になったからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ。見た目がなんだ! お前はちっこくても、大きくても、フィオナだろ!」
つまりは、どんな見た目であろうと、フィオナが大好きだと。
黙って聞いていたフィオナの口から「ふふふ」と笑みが漏れる。瞳に溜まる涙が流れないように堪えながら。
治癒師であるフィオナにとって、相手の言動の観察は欠かせない。タリーの言葉の裏が読めないフィオナではない。全部筒抜けだ。
「この気持ちが、恋かどうかなんて分からない。……だけど、どうしようもなく。……タリーが大事なの」
あのとき感じたフィオナの素直な気持ち。タリーの気持ちの吐露に呼応するように、フィオナのなかでカチリと何かがハマった。
(カミーシア帝国で、目が覚めて一番に私は何を思った? タリーのことだった。タリーは無事でいるか。私のことを心配していないか。なにより、会いたいと思った。)
タリーにフィオナはあえて言わなかった。治癒魔法が使えるのには条件がある。生命力の相性が良い相手に使うときだけロックが外れ、治癒魔法を使うことができる。その生命力の相性の良い相手に出会うのは至難の業。出会わないままであれば、生涯幼女のままで過ごす。
だから、タリーに治癒魔法が使えたことこそが、タリーがフィオナの運命の相手であることの証明だった。
そして、その運命を巡るために、フィオナは成長した。
「タリー。私の一族の女は運命の人にだけ命をかけることができるの」
「は?」
もはや自分が何を言っていたか分からなくなっているタリーにフィオナは静かに語りかける。
「何が言いたいかって言うと……」
タリーの目の前にフィオナは歩を進め、タリーの手をぎゅっと握る。その手にもう幼さはない。大人の白く指の細長いきれいな手だ。タリーは視線を握られた手に移し、頭一つ分背の低いフィオナを見る。
二人は見つめ合う。フィオナの黒の瞳は潤み、頬はうすく桃色に色づいていた。
「大好きってことだよ」
タリーの手を握っていたフィオナの手はタリーの背中に回され、フィオナの顔はポスンとタリーの胸におさまった。
「……俺も……その、だい……すき……だ」
恥ずかしそうに尻すぼめになっていく声に、タリーの胸でくすくすと嬉しそうにフィオナが笑う。髪で隠れたフィオナの顔を見たくて、タリーは髪をそっと払う。照れたように笑うフィオナの潤んだ瞳と目が合った。タリーの手がフィオナの背中に回る。フィオナは完全にタリーの腕の中に閉じ込められた。
「もうどこにも行くなよ」
「ずっと一緒にいたいって言って」
「……ずっと一緒にいたい……です」
「私も」




