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フィオナ一族のこと


(俺の知ってるフィオナだ)



「ねぇ! ちょっと聞いて……。ぇ。どうしたの?」

「……何が」



 フィオナの脈絡の分からない質問に答えようとしてタリーは自身の声が掠れ、震えていることに気付いた。

 不思議そうな顔のフィオナがカウンターから店前に出て、タリーの目の前に位置した。



「なに泣いてんの……」



 困ったような声に、嬉しそうな笑みを広げるフィオナ。



「……私に会えなくて寂しかったとか?」



 「ふふっ」と笑いながら、フィオナはタリーの頬に手を伸ばす。2年前であれば、手を伸ばしただけでは決して届かなかった。

 タリーの頬にしなやかな白い手が触れる。優しい風が吹いて、黒の髪が揺れ、甘い香りが漂う。

 タリーの腰あたりだったフィオナの身長は伸び、タリーの顎ほどになった。



 フィオナの顔が近い。知っているけど知らない彼女。大人の色香をまとったフィオナが意地悪そうな笑みを見せる。



「無言は肯定と解釈するけど?」



 「何言ってんだ。泣いてなんかいない」と、言い返したいところだが、フィオナに涙を拭われてしまえば、タリーも頬をつたう温かい雫を自覚した。フィオナが拭う頬と反対の頬を自分で乱暴に拭う。




「別に、お前に会えなくて寂しかったわけじゃ……」

「ふぅーん。じゃあこの涙はなんなんだろう?」

「……びっくり涙だ」




 タリー自身もなぜそんな言葉が口をついて出てきたか分からないが、でてしまった言葉は取り返せない。フィオナが目を点にしたあと、また微笑んだ。



「……俺だってお前を心配してた。急にいなくなって、どこに行ってたんだ。俺はてっきり……お前が……」

「なぁに? 死んだとでも思ってた?」

「……両親から聞いたんだ。お前が消える前に『タリー()生きて』って言ってたって。……そんでそのまま急に消えられたら、そういう想像もするだろ……」




 タリーは健康な体を取り戻し、守ろうと力を賭したフィオナは消えた。何がどうなったかは分からないが、最後の言葉を考えると、フィオナは死んだかも知れないと。あのときの絶望を思い出す。



「……どこに行ってたんだよ! ずっと探してたんだぞ! 連絡一つ……よこしたって……」




 タリーの瞳にまた涙がたまっていく。年下の小生意気な幼女だった、今は美しい女性を前に。



「クソ。かっこわりぃ」



 取り乱して、涙を流しては腕で拭うタリーの反対の腕の服が引っ張られた。引っ張られるまま屈むと、よしよしと頭を撫でられる。



「なんだよ!」

「ごめんね。もっと早く連絡できれば良かったんだけど、なにしろ私が目覚めたのもつい先週のことでさ」



 フィオナは乾いた笑顔を浮かべ、頬をポリポリと掻いた。



「……聞いてくれる?」

「聞かせて欲しい」




 

***




 あまり、人に聞かれて良い話ではないからと、タリーはフィオナの家に招かれた。タリーの目の前に透明なグラスに入った葉っぱ入りのお湯が給された。




「なんだこれ?」

「あぁ、私の地元で飲まれてるお茶よ。お湯が少なくなったら足していくの。うっすら緑色でしょう?」




 昨日、サンクカルデマに戻ったため、地元の食材は豊富にあるそうだ。


「地元でも大切に飲まれるお茶なの」



 嬉しそうにフィオナが笑う。互いに一口飲む。温かく口当たりもまろやかで初めてのタリーもほっと息をもらす。




「どこから話そうかな……。んーと、あ。今から話すのは私の一族の話で、なんていうか、地元では公然の秘密っていうか。誰もが知ってるけど、知らないみたいな」

「どういうことだ?」

「んー。影響力が大きいから、みんな知ってるんだけど、誰も口にしない。つまり、外国の人には話さないって暗黙の了解。だから、私の国の人はみんな私の一族のこと知ってるけど、外国の人は誰も知らないの」

「国って言うのはカミーシア帝国のことか? 雲の上にあるっていう……」

「あぁ、それは知ってるんだ? 公爵?」

「あぁ。公爵様から聞いた」




 「そう」と、一つ頷いてフィオナはまた一口お茶を口に含んだ。タリーもそれに習う。



「厳密に言えば、国外の誰も知らないわけじゃなくて、今からタリーに話すように、その力を使った相手には伝えることが多い……かな……」




 なぜか、そこで歯切れの悪くなったフィオナに、不思議そうな顔のタリーが首を傾げるが、フィオナは口早に話を続ける。



「とにかく! うん! 話すね!」

「お、おぅ」

「結論から言うと、私、っていうか、私の一族に引き継がれる魔法があってね。それが、治癒魔法なの」



 治癒魔法。魔法自体がない国で育ったタリーではあるが、言葉通り治癒を施せる魔法なのだろうと検討づける。



「でも、これが万能じゃないっていうか、本当、気にしないで欲しいんだけど、自分の命削る系なんだよね」

「自分の命削る系……?」




 なんともポップな言い方でタリーは混乱する。軽く言ってのけたが、それは、自分への治癒魔法で間違いなくフィオナは命の危機に晒されたということだ。



「ははっ。医療機器みたいに化学や生物学を発展させた物理的な治療じゃないからかな。代償みたいな感じ?」



 またもや軽く代償などと口にするが、それは間違いなくタリーの代償であって。タリーは背中に薄ら寒さを感じる。



「フィオナ……。お前、体は……」

「ん? なんともないよ? だから気にしなくていい」




 フィオナはケロッと大丈夫と答えるし、実際に元気そうだ。でも見えるものだけが全てじゃないことはタリーにだって分かる。



「でも、代償はあったんだろ?」




 フィオナは乾いた笑みを見せる。




「あ、うん。まぁ、死にかけた的な……?」

「!!」

「いやいや、見て! 大丈夫だから! 私、元気だから!」



 フィオナはその場に立ち、両手を広げてタリーに元気な姿をアピールした。



「でも代償って……命を削るって……」

「うん、なんていうか、治ったっていうか……。順番に話すね」




 フィオナら帝国人は雲の上に住んでいる。地上の民とは重力のかかり方が違うのだ。帝国人が地上に行くとなれば、重力を地上仕様にする必要がある。神殿の中に魔方陣があり、そこで一定時間を過ごすと、自身の魔力の一部と拮抗することで重力を地上仕様にすることができる。この魔術を帝国では『アンジー』と呼んでいる。



 自身の魔力の一部と拮抗することで働く魔術のため、魔力がなくなれば、帝国民の重力のかかり方は空仕様になり、自ずとカミーシア帝国に戻される。



「え。その場合、屋内にいたら屋根とかを体で突き破っての強制送還になる……のか……?」

「ははっ。そう思うよね? 確かに大昔はそうだったみたいなんだけど、魔力がなくなるときって、だいたいが死ぬときなの。だから、なおさらご遺族の悲しみが……ね」




 そして、その魔方陣は改良され、重力が空仕様に切り替わるタイミングでカミーシア帝国に転移することになったという。そして、例に漏れず、フィオナもあの瞬間、転移した。



「やっぱり、お前ひどい状態だったんじゃ」

「うん。変に誤魔化したり嘘を混ぜると、今後もずっと整合性がとれるように考えながら話さないといけないから、はっきり言っておくね」



 次にくる言葉が予想されて、タリーは生唾をのむ。



「私、死ぬところだった! でも生きてる!」




 何を言われるのか、不安に揺れていたタリーだったが、なんとも明るいフィオナの笑顔に救われる。




 帝国人は魔力と生命力を持っている。魔力をある程度使ったところで寝れば回復するため魔力切れになることはまずない。『アンジー』と拮抗させるための魔力がなくなるというのは、生命力を失ったことで魔力も失う。魔力は生命力の循環とともに体内を循環しているため、生命力の循環がなくなると魔力の循環もなくなり、事切れてしまうのだ。




「でも私はあのとき使ったのは魔力だけ。ただ、その治癒魔法っていうのは、対象の苦痛を自分に移すものだから、死にそうだったわけだけど」




 しかし、生命力よりも一瞬早く魔力が切れた。そのため、フィオナは瀕死の状態でカミーシア帝国に転移し、すぐに治癒が施された。




「母様と父様がかなり頑張ってくれたみたい」




 嬉しそうにフィオナが破顔する。それだけで、フィオナが両親に愛されて育ったことが分かる。微笑ましそうにフィオナを見るタリーに気付いたフィオナが言う。



「自慢の両親なんだ」



 思わずフィオナの頭を撫でてしまうタリーである。



「ただ、ほら、タリー重傷だったでしょう? しっかり治すのに時間がかかったんだ」

「……今はもう平気なのか……?」

「平気よ。母様も父様もすごいんだから。それで、公然の秘密っていうのが、あのときに私が使った治癒魔法のことなの」




 自分に対象の痛みを移して対象を治癒する方法だ。当たり前に治癒魔法を強請られれば、フィオナは今生きているかどうかも怪しい。カミーシア帝国の民が非情ではなかったことにタリーはそっと安堵の息を吐いた。



「自分を助けるために犠牲になることを強制するような奴が、フィオナの周りにいなくて良かったよ」


「たぶんタリーも勘づいてると思うけど、私の国はね、治癒術に秀でた国なの……。それもあって、私たちに助けを求める人はいなかったのかもしれない。でも一番は初代の王様が人命を何より貴ぶお方で、その信念が帝国民には根付いてるのかも」


 お茶で口を湿らせたフィオナがほぅと一息ついた。以前まではなかった女性としての色香。何がどうなって目の前の元幼女はこんなにも美しい成長を遂げたのか。



「あ、これは言っておかないとね。タリー」

「なんだ?」

「私の治癒魔法だけど、1回こっきりしか使えないから! もう瀕死の状態になったらだめだよ!」

「……え?」

「私、大人になったでしょう?」

「あぁ」

「ため込んでた魔力は全部使っちゃったから、今後は瀕死レベルは無理です」



 フィオナが顔の前で手を×に交差する。



「大人になったら治癒魔法は使えない? どういうことだ?」




 自分なんかではなくて、もっと大事な誰かを助けたかったんじゃないか、とタリーは思う。罪悪感で呼吸が荒くなる。


「前に言ったでしょ? 魔力が多いから寝るときも魔力を使うようにしてるって」



 フィオナが言うには。フィオナの一族は生まれつき魔力が多い。()が大きくなることで魔力も膨れる。魔力が多いのは良いことだと思われがちだが、多すぎる魔力は心臓が持たなくなる。そのため、フィオナ一族は成長を抑えるために無自覚に魔力を使っていた。



「あのときに溜まってた魔力全部使っちゃったから、もうあんな大がかりな治癒魔法は使えないの。そして、これからは、休息で回復できるくらいの魔力しかない。なんていうか、貯金残高ゼロ。これからは日当で生きていきます。って感じ?」



 貯金で例えられると、タリーにも分かった。やはり、自分のせいで、とタリーは想う。


「悪い。俺のせいで。たまたま居合わせたばっかりに……」

「タリーが気にすることないよ。いつかは使わないと、私成長できなかったし」



 フィオナはその場に立ち上がり、くるっと回転してみせた。いつもの動きやすそうなシャツにキュロットではない。白のワンピース。その裾がふわっと広がり、腰まである黒髪がなびく。



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