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フィオナの消息



 あの日、タリーの健康な体と引き換えに消えた、少し生意気な幼女。



 あれから2年。いまだ、フィオナの足取りは掴めなかった。ただ、タリーの両親の話によると、フィオナは最後に言っていたという。



「……あなたは生きて。……幸せに……ならないと許さないんだから!」



 その言葉から察するに、フィオナは自身の命を代償にタリーの命を救ってくれたのではないかと思う。



 頭ではそう判断できる。だけど、心での理解はできていなかった。だからタリーは探し続ける。なんの消息も分からない彼女を。




 この2年。ガブリエルとの攻防は時に対立、時に協力関係にあった。その中で、フィオナは雲の上に浮かぶ島、カミーシア帝国の民と知った。




 雲の上に戸籍がある民を、タリーは調べることができない。まず、カミーシア帝国に赴くことができない。



 タリーは空を見上げる。もしかしたら、あの雲の向こうにフィオナがいるかもしれないと。



 この2年間のルーティン。仕事帰りには空を眺めながら、フィオナの治癒院を通る。傭兵団の事務所から帰るには些か遠回りにはなるが、それでも、この道を通らざるを得なかった。



(フィオナのことだ。何もなかった顔して治癒院に戻ってくるかもしれない)



 タリーはその期待を捨てきれずにいた。いや、自分の命と引き換えにフィオナがその命の灯火を消してしまったかも知れないとは考えたくなかった。心の底で、常に付き纏っていった推測だとしても。



 治癒院に行けばフィオナがいる。タリーの顔を見れば元患者の治療費の請求に付合えだの、護衛をしろだの。見返りにご飯を作れ、掃除しろと言えば、しれっと、その頻度を少なくしようとしてくる。



 そんなフィオナの姿が浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。



 タリーの事務所からフィオナの治癒院を通るときは走馬灯のようにフィオナとの時間を思い出す。



 

 記憶の中のフィオナがタリーに「あなた今、こんな子供に頼るんじゃなかったって思ったでしょ!」とすごむ。


(そりゃそうだろ。どこからどう見たってただの子供だ)




 記憶の中のフィオナが、父を救った。父の病気の原因である塵埃を風魔法で一掃してくれる。


(あれには驚いたな。世の中にあんな便利な魔法があるなんてな)




 記憶の中のフィオナが、ドスの効いた声で「いくらでもやりようはあるって言ったよね? 経験したいの?」と脅してくる。


(ほんと、怖ぇ女だよ)



 記憶の中のフィオナが、タリーの背に負ぶわれながら、治療費の未払い元患者を追いかけ回す。


(あのときは、アルバイトまでして治療費を請求される自分と比べてふてくされたっけ。……論破されたけど)




 記憶の中のフィオナが父の薬代を無料にするからと、薬代を払った方がマシなアルバイトを勧めてくる。



(無料の意味を考えたよな。ほんと。うまいこと使われてたよ)



 タリーは空を見上げる。それは、カミーシア帝国を見上げたのか、目に溢れる涙が流れないようにするためなのか。



(フィオナに会……)

「タリーじゃない! ねぇ、ちょっとこっち」




 黒髪黒目の少女、いや、もう女性と言っていいだろう。手足はすらっと伸び、胸は膨らみを帯び、顔のふっくら感は消失し、顎骨が見えるようになっていた。



「フィオナ……」



 成長したフィオナの姿にタリーの涙はひっこんだ。たかが2年されど……とはいえ、2年前8歳にしか見えなかった幼女が、17歳の年齢相応の姿で、いま目の前にいる。



 タリーも頭のどこかでフィオナが美幼女であることは理解していた。しかし、性格が濃すぎて、容姿を気にすることはなかった。



「ちょっと、何ぼーっとしてんの! こっちってば!」




 フィオナが治癒院のカウンターの向こうから手招きする。ふらふらと手招きに導かれるようにタリーの足は前へ前へと進む。




 互いに認識できるほどの距離だ。フィオナのもとに辿り着くまでそう時間はかからなかった。



「ねぇ、アダンは元気?」



 この2年。探して探して、それでも見つからなくて、また探した。そのフィオナが目の前にいる。夢か現実かも定かじゃない。夢うつつだったタリーの耳に超現実的な父の安否確認。タリーの心は一気に現実に引き戻された。




「……あ、あぁ。なんとかやってるよ」

「薬、作れなかったでしょう? 大丈夫かなってずっと心配だったんだ。……ほかの患者の診察もこの2年できてなかったし、不安で」




 フィオナが不安に視線を揺らす。フィオナの処方分の父の薬はとっくに終わっていた。だけど。



「フィオナが王宮に監禁されていた間に派遣されていた治癒師が来てたから、みんな診てもらってた。だから大丈夫だ」

「……え? でもあれは、私に陛下の治療を専念させるための交換条件であって……」

「公爵様が手配くださったんだ。……自分も治癒師に救われた過去があるから、治癒師が突然姿を消すことの不安がどれほどのものか分かるからって」




 フィオナの美しい柳眉が中心によった。



「あの金髪クソ野郎がそんなまっとうなこと言うはずがない」



 その言葉だけで分かる。フィオナにとってのガブリエルはなんの価値もない、むしろマイナスだと。



「……いや、本当だから。色々あったのは知ってるが、この町に平民も通えるよう治癒師を派遣してくださったのは本当だ」

「色々あったのは知ってるって?」



 フィオナの目がつり上がっていく。



「あのとき。2年前の公爵率いる騎士たちに追われたあのときよ。タリーが敵をやっつけて、意識が朦朧としてて、私はすぐにあなたを家に連れ帰ろうと思った……。そのときに私たちの行く手を塞いだのはあの男よ。いい? よく聞いて。あなたの命を軽んじた男よ。信じないで」



 2年の歳月を感じさせない、昨日のことのように話すフィオナ。自分の近況より、患者タリーの心配。思い返せば、フィオナはいつも人を救っていた。



 そして今、タリーのためにフィオナは怒っている。



 タリーの気持ちが高ぶっていく。見た目が変わっても、その心根は何も変わらない。それが嬉しかった。




(俺の知ってるフィオナだ……)




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