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キムチ鍋3


「まだ食べれそう?」

「もちろん!!」




 キムチ鍋の具材が減ってきて、あぁ、もうこの美味しいは終了してしまうんだな、と、タリーは昔日の念に捕われていたが、このキムチ鍋というのは、まだ楽しめるらしい。フィオナの「まだ食べれそう?」の質問がタリーの気持ちを浮上させた。




「パスタをいれるのか?」



 フィオナの手にはパスタに似た麺がある。タリーの感覚からいって、このスープにパスタは合う気がしない。しかし。フィオナのやることだ。美味しくないわけもない。



「うーん、似てるけど、ちょっと違う。同じ麺類ではあるんだけど、これは私の地元ではラーメンって言うの。パスタもスープに絡めても美味しいんだけど、このラーメンはなんていうか、まぁ、また違うの。私の地元ではラーメンはこうやって使われていたから、私はこういうもんだと思ってるから説明はむずかしいんだけど」




 人の命を相手にした仕事をしているからか、時々フィオナは場にそぐわない真面目さを見せる。今も、そんな厳重な説明を求めている訳ではないタリーに一生懸命説明をしようとしている。タリーは初めて見る麺に、なんか見たことないと思っただけで、そこまで詳しい説明を要求しているわけじゃない。


 これは地元で使われているラーメンていう麺。その回答だけでよかったのだが、フィオナは思った以上の説明を付け加える。



 この説明も、フィオナの変な真面目さを垣間見るようで、タリーにとっては微笑ましいものだった。



 何度も断るが、タリーはフィオナに好意を持っていて。それは、この目の前の女の子と添い遂げたいという恋愛感情ではあるが、組み敷きたいといった、性的な思考までには至っていない。



 幼子が幼子が想うような純粋な愛情だ。でなければ、性的対象にされることに敏感なフィオナにロリコン認定されて、とっくにタリーとフィオナの付き合いはなくなっている。確実にタリー家でのお泊まりはなかっただろう。




 フィオナがキムチ鍋にラーメンを入れた。



「もうちょっと辛めのキムチで作っていたら、ラーメンが煮えたあと、卵をおとしたり、ラーメンじゃなくてご飯をいれてチーズを入れてリゾットにしてもおいしいんだけど、今日はそこまで辛くないからこのままでも美味しいと思う」




 嬉しそうにフィオナがラーメンをいれた鍋に蓋をした。


「これで沸騰するまで待つの」




 タリーのお腹は満たされ、ここ半年ほど探し続けた、その生存さえ危ぶんだフィオナが元気に目の前にいる。ほっこりした空気が二人の間に流れた。





***



 宵闇の中、タリーの荒い呼吸だけが音を立てていた。



 全速力で走るタリーの肩にはフィオナの小さな手がかけられ、背中には華奢な体を預けていた。


 

 話はキムチ鍋をラーメンで〆ようとしていたあのときに遡る。突然、なんの前触れもなく、フィオナの家にガブリエル率いる騎士が突撃してきたのだ。



 殺伐とした空気の騎士を率いているとは思えない、悲しそうな、残念そうな顔をしたガブリエルが言った。



「フィオナ。俺はわりと君が気に入ってたんだ。だから、君の希望通り、俺と結婚をしなくてもいいように取り計らって」

「……陛下に押しつけただけでしょ」




 タリーの視線はガブリエルとフィオナの間を行ったり来たりする。




「……それを言われるとつらいもんがあるが……。だけど、本当に俺はフィオナのこと気に入ってたんだよ? 君との会話は楽しかったし。……他の誰ともできない会話だったよ。あんなに思ったことを正直にぶつけられるなんて初めての経験だ。楽しくないわけがない」

「会話になってたことはそんなになかったけどな」

「君との会話のラリーがたのしくて、テンポ良くするために色々省いてただけだ」




 フィオナには分かっていた。ガブリエルは会話が楽しくなるように、と、まるでフィオナへの配慮のように語っているが、そんなはずはない。確かにフィオナの声は届いていたのかも知れない。だけど、ガブリエルはフィオナの言葉への返事ではなく、自分の気持ちの吐露を常に最優先にした。ただの自己中だ。



「……もうそういうことでいいよ。で?」

「ちょ、ちょっと、今俺のこと諦めた?」

「諦めたのは今じゃない」



 「ずっと前からだ」と、フィオナの心の声は正確にガブリエルに伝わった。それに返そうとするガブリエルの言葉を止める。



「で? なに? なんのためにここにいんの?」



 「しかたがないな」と言わんばかりにガブリエルは一つ息をついて話を進める。




「フィオナさ、魔法使えるでしょ?」




 なんてことはないように。まるでずっと前から気付いていたかのようにガブリエルが言った。フィオナも、フィオナが魔法を使えることを知っていて、なおかつ隠そうとしていることも知っているタリーも。同じように息を呑んだ。



 ガブリエルの金の瞳がフィオナとタリーを捉えた。



「ふーん、その様子だと、君、護衛していた、たしかタリーだったね。君も知ってたんだね」



 ガブリエルの言葉は質問ではなかった。断定だ。自分以外にも知っている者がいたことに若干の不満を見せるだけだった。


 フィオナは考えていた。ガブリエルの前で魔法を使ったことはある。陛下のもとに拉致された当日。命の危機に瀕している陛下を前に、時間も物もなかったフィオナは窓から飛び出し荷物を取りに帰った。その時だけだ。




(だけど、あれはみられてなかったんじゃ……)



 確かに風魔法で戻ったときガブリエルは窓の外を見ていた。だけど、ガブリエルが窓の外を見やる一瞬早くフィオナは窓の外に着けていたはずだ。



「……フィオナ。今フィオナが考えているとおりだよ。陛下の診察中、取り乱したと窓の外から戻っただろ? あのとき、風が舞ったんだ。つむじ風。この国でつむじ風なんて発生したことないんだ」




 場所は王宮。この国で発生したことのない自然現象。であれば、更なる天災の前触れかと、ガブリエルは自然科学を専門にしている科学者に話を聞いた。つむじ風が発生する原因にいくつかの要因があるが、そのうち3つが揃わないとつむじ風は発生しない。我が国では、その3つが揃い得ないため、絶対につむじ風は起きない。




 それでも我が国でつむじ風が発生した場合、考えられる原因は、風魔法だと。



 カミーシア帝国。ガブリエルや陛下がその国を認知したのは最近のことだが、化学者や考古学者、医学者など学者と呼ばれる者たちには、昔から興味深い国だった。



 まず、雲の上に浮かぶ島。普通は重力に負けて、島が浮かぶなどあり得ない。

 数百年は先にある医学。医学も含め文化とは、積み重ねていくものだ。にも関わらず、カミーシア帝国の医学の発展は急速すぎた。下準備のない本番などあり得ない。

 自然化学に反した事象。かの国の者の一部は魔法を扱う。その能力は地上に降りたあとも問題なく使用可能。帝国人と地上人の違いは。



 浮かぶ疑問、課題を解くことが、精神的浄化(カタルシス)に通ずる学者たちにとって、カミーシア帝国は興味の対象でしかなかった。



「学者たちに聞いたらすぐに分かったよ。帝国人の一部は魔法が使える。その一部にフィオナが含まれるってね」



 フィオナは何も答えない。それが、答えだった。



「フィオナが魔法使いだって分かると、叔父上にとってのフィオナは更に価値があがることになるだろ? だから俺は黙っていたんだ。それなのに、脱走なんてするから……!」




 初夜に多大な夢を見ているガブリエルは、フィオナの価値が少しでも上がるのを恐れた。フィオナの価値が上がることは、ガブリエルへのフィオナの嫁入りがより濃厚になるからだ。だから隠し通した。




「フィオナは気付いてなかっただろうね。だからこそ、魔法を使ったんだと思うけど。鉄格子に囲まれた部屋に、扉の前、窓の前に衛兵がいて、外からの脱出支援者を弾くことになっている。……君は、中の見張りは誰もいないとでも思ってた?」

「!!!」

「……そう。みられてたんだ。君が何か唱えた後、あとかたもなく部屋から忽然と消えるところが」



 ガブリエルが顎をしゃくる。それを合図に騎士がフィオナに向かって駆け出す。庇うようにフィオナの前に立つタリー。一人の騎士が邪魔者を消そうとタリーに剣を振り下ろす。タリーはそれを腕に填めた篭手だけでいなす。



 もう一人の騎士がその隙を突いてタリーの脇腹に剣を向ける。タリーは懐に手を入れ短剣をその騎士に投げつけた。短剣は真っ直ぐ騎士の利き手の手関節に刺さる。



 その隙に、フィオナの手首を掴もうとする騎士。一瞬早く、タリーの蹴りが騎士の首をはねた。



 その勢いで空中で一回転したタリーは、着地と同時にフィオナの手を引っ張る。全速力で駆け出す。が、フィオナはタリーの全速力について行けない。タリーはフィオナを負ぶった。





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