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キムチ鍋2



 肉を奪われたタリーは、もう煮えている野菜をスープと共に器に入れた。初めて見る色のスープだ。そっとすする。タリーの文化でいえば、器に直接口をつけることはないが、フィオナがそうしているので真似ている。



「……っ!」

「この国の人の口には合わない?」

「いや! ちょっと辛いが、深みがあって上手い!」



 初めて食べる味。辛くて熱くて口の中に入れると自然とはふはふと息が漏れる。その口から逃げ出した吐息さえ回収して再び口にいれたいと思うほど、その奥深い味に魅入られた。ただ辛いだけではない。その奥に野菜のうまみや豚肉の溶け込んだ良質な油、時間をかけて作られた完成された濃厚な旨みがあった。



「……フィオナ」

「なに?」

「天ぷらだったか?」

「……あぁ、公爵にとられた夕飯ね」

「カレー、煮物……」



 キムチ鍋を貪りながらうわごとのように料理名を告げるタリーにフィオナは恐怖を感じた。きっと、この先にある言葉は。



「俺のごはんやるから」

「絶対に嫌! 公爵と同じ事言わないで!」



 再びフィオナの脳内に、ガブリエルに夕飯を奪われた日々が蘇る。天ぷらを奪われたあの日。カレーを目の前で美味しそうに食べられたあのとき。空っぽになった鍋。



 (空っぽになった鍋。なんで? 私の口には一口も入っていないのに。減り続ける夕飯。お前はそれを食えと、食べたいごはんを前に食べたくないごはんを食べさせられる日々。満足そうなガブリエルの憎たらしい顔。なくなった私のごはん。)



 (空っぽになった鍋。私の口には一口も入っていないのに……)



「いやぁぁぁぁぁ!」



 頭を抱えて絶叫するフィオナにタリーは自分の失言に気付いた。食べたことがない料理。フィオナが作れば美味しいに違いない。その想像だけで、喉から手が出るほど欲してしまうタリーだ。食べたくて仕方がなくて、時間を費やして作ったごはんが目の前で食べられていくフィオナの絶望は如何ほどか。



「わるかった! あまりにフィオナの作る料理がおいしくて」



 タリーは話題を変える。


「それで、風魔法だと目撃者がいれば、すぐに魔法使いだとばれてしまうと危惧していたフィオナが、どうやって脱ご……脱出したんだ?」

「今、脱獄って言おうとした?」



 あぁん? っと目を眇めるフィオナにタリーはあわてて器を手で隠す。この美味たるキムチ鍋を奪われてはたまったもんじゃない。それに、今、フィオナがマジックバックから出した白く平たい物が何なのかも気になっている。タリーの洗練された五感が冴え渡る。



(あれは食べ物だ!)




「……悪い。その、俺、傭兵だからさ。脱出より、脱獄の方がよく使う言葉で、つい……」

「何がついよ。失礼ね!」




 怒りながらもフィオナは、その白く平たいものを先ほどの豚肉のようにスープで湯がいた。硬そうだった白く平たい物は、みるみる柔らかくなった。キムチスープの色をうっすらとまとったその白く平たい……今はフィオナの箸に巻き付いているそれは、あっさりとフィオナの口に運ばれた。



 フィオナは「んー」と嬉しそうに頬をなでながら満面の笑みを見せた。タリーも何食わぬ顔でその白く平たい物を箸で取ると、それにフィオナの意識が行かないように質問した。まぁ、フィオナの視線はタリーの白く平たい物を捕らえて離さないのだが。



「どうやって脱出したんだ?」

「……それは、風魔法と水魔法を組み合わせたのよ」



 その白く平たい物――しゃぶしゃぶ餅がタリーの口に運ばれて、食べた途端、今まで味わったことのない食感に目を丸めたタリーの表情を、しかとフィオナは捕らえていたが、それをいちいち突っ込んでいては話が進まない。故に、仕方なく、次に豚肉を育て始めるタリーは見逃して、話を続けた。



「人間の体は70%が水分でできてるの。だから、私の体を水に戻して……」

「え? お前水になったの?」

「……まぁ、平たく言えば……」



 フィオナが言うには。体の水分を水魔法で操り水に変化させる。それだけでは水以外の部分がサイコ的な残り方をする。それはフィオナ自身も気持ち悪いし、何より、見つかる。それも、猟奇的殺人現場のような見つかり方だ。



 なので、水分以外の部分を細胞レベルに分解して、蒸気と化した自身を風魔法でここまで運んだのだと。



「それが、さっき、俺が来たタイミングだったんだな」

「そうみたいね」



 また、鍵を壊したことを責められそうな気配を感じたタリーは慌てて取り繕う。



「俺だって、必死だったんだ! 急にお前が姿を消して。探しても探しても手がかりが掴めない。ノアの屋敷にだって行ったさ。伯爵に会って、どうやらフィオナは貴族に囲われているらしいと当たりをつけたはいいが、それ以上の情報は何一つ得られなかった!」




 口の悪いフィオナに責め立てられるのは結構な神経を使う。有り体に言えば、ものすごく傷つくのだ。だから、その鋭利な言葉を浴びせられないようにと必死なタリーは、恥も外聞を忘れて言葉をつくした。




「情報が得られず、店に……」

「治癒院」

「治癒院に出られないだけで、自宅には帰ってるかもしれないと思った! だけど、俺はフィオナの自宅すら知らなかったんだ……!」

「やっと気付いたのかよ」

「だから俺はフィオナの自宅を探そうと、昨日から必死で探し回った!」

「たかが1日で、私の自宅突き止められたのかよ。個人情報ガバガバじゃねーか」

「それで、やっと! やっとここに辿り着いたんだ!」

「たいそうなことした感じになってるけど、1日だからな。私が拉致されてたのは半年だから」



「うわぁあぁぁぁ!!!!!!」



 突然、この世の終わりのように叫びだしたフィオナにハッとする。タリーは慌ててフィオナに駆け寄り気遣うように、その小さな背中に手をあてた。




「嫌なんだよ! こんなの!」

「何が嫌だったんだ?」



 タリーにしてみれば、単純な会話をしているだけだった。だけどフィオナには違った。タリーとのこの掛け合いは、フィオナの頭に金髪クソ野郎を思い起こさせていた。



「あの金髪くそ野郎が! いつも、私の話を聞かないで! もう、うんざりだった! 会話にならない対話がこの世に存在するのかと何度思ったことか!!」

「……悪かったよ」




 タリーは傭兵だ。その仕事故に、フィオナの護衛以外でも騎士団長である公爵の姿は目にしていた。金髪金目のなんだかキラッキラした眩しい美男子で、柔和な笑みをいつも浮かべた誠実な人。それがタリーの公爵の印象だった。だけど、フィオナの様子を見れば、ガブリエルは人のトラウマになるほどに人の話を聞かないようだった。



 会話にならない対話の間、フィオナは諦めて口を噤むようになった。だが、そうすると話を聞いているのかと、人の話を聞かない公爵に苦言を呈されるらしい。適当に相槌を打てば適当なことをと言われ。色々試した結果、今のタリーとのやりとりのような相槌となった。


 タリーはこの半年、フィオナが陛下に監禁されて、なんの不調もない陛下の、健康診断を毎日させられていたことより、ガブリエルとの時間の方が何百倍もストレスだったのだと気付いた。



 カタカタと震えながら、カチカチと噛み合わない歯を、やっとのことで動かしながらフィオナは語る。



「あいつ、本当に気持ち悪いの。私と結婚すると社交界での自分の通り名が美男子からロリコンに変わると言いながら、陛下に命令された私との結婚生活を想像してるの」

「結婚生活?」

「だから、性活だよ! お前みたいな幼女に食指は動かないから結婚できないと言いながら、私との合体を想像して……! その上で、『やっぱり、お前とは無理だ』って! 首を振るんだよ! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い!」



 (こんな幼女との合体を想像するなんて、なんと無体なことを!)



 同じ男性として、タリーはガブリエルに嫌悪感を抱く。フィオナに対し、恋情を持つタリーだからこそだ。



 一方でタリーに恋情をもたれているなど露ほども思わないフィオナは、ガブリエルに対し罵りの言葉を吐き続ける。



「こんな子供との合体を想像するなんて気持ち悪い!」

「こんな子供との恋愛を想像するなんて気持ち悪い!」

「性的嗜虐者だよ!」


 その言葉に、核となる気持ちは違えども、恋愛相手としてフィオナを見ているタリーは傷つきまくる。



 同時に、タリーはフィオナの狡さを感じた。子供じゃない。自分は15歳だと。大人だと主張するくせに、恋愛ベクトルをむけられれば簡単に自分を8歳の子供にする。その歪さにタリーは違和感を覚えた。




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