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陛下の目覚め


「陛下! お目覚めになられたのですね」



 王城の最奥の部屋が歓喜に包まれる。うっすらと開く金の瞳はこの国の王族の特徴らしい。



 フィオナが公爵の手によって王城に拉致監禁されてから1週間が経っていた。アレルギー反応による気道閉塞であれば、気管切開により気道は確保できる。抗アレルギー作用のある薬品も投与した。



 国王陛下の体中に散っていた発疹はほどなくして軽快、消失した。気管切開により呼吸も平静なものになった。



 フィオナの見立てでは国王陛下は翌日には目覚めるはずだった。だけど、この1週間陛下は目覚めなかった。



 フィオナは自信を持って言える。自分が到着してからの治癒法になんら間違いはなかったと。だけど、陛下が目覚めないことには証明できない。



 フィオナの治癒法は、この国にとって何十年も発達したものなのだから。そもそもこの国の者に理解できるはずがない。そのため、陛下の目覚めに時間がかかるほどに、フィオナの身は危うくなっていった。



 陛下の寝台の四方を取り囲む近衛兵ももはや、陛下を守っているのか、何かあったときのための人身御供としてフィオナを監視しているのか分からない。



 この1週間、陛下のベッドサイドで看護を余儀なくされたフィオナには、近衛兵の役割はもう後者としか思えなかった。




 日に日に厳しくなる近衛兵のフィオナを見る目に、フィオナは逃亡を決意するにいたった。



 手洗いと湯浴みの時は誰の目にも触れず用を足せる。そのタイミングで風魔法を使えば割と簡単にこの国からおさらばすることも可能だった。



 しかし、帝国人としての矜持がそれを許さなかった。



 何よりも優先されるのは人命。



 恭しく陛下の看護をしながらフィオナはただ陛下の目覚めを待った。1週間も。



 陛下が目覚めない原因として、脳死を疑った。フィオナが気管切開し気道を確保するまで脳への酸素循環が停滞していたのだから、その可能性は充分考えられる。だけど、フィオナの初見では、弱々しいながらも呼吸は保てているように見えた。


 いずれにしろ、余計なことを言えばこの王城の専属治癒師にされてしまうかも知れないし、専属治癒師が処罰の対象になってしまうかもしれない。フィオナは帝国人として、治癒師として、人の死の原因になる言動はできなかった。


 なぜ目覚めないのか。血液検査でも昏睡の兆候は見られなかったし、こっそり水魔法を使用して陛下の血流に干渉してみたが滞りはなかった。それこそ脳の血流も。

 ただ、陛下が目覚めない。その事実があるだけだった。今できることは電解質異常や栄養不足に至らないために輸液をすることだけだった。



 来る日も来る日も陛下のベッドサイドに付き添い、生命兆候の観察、輸液の調合をした。


 そして、やっと来たのだ。国王陛下の目覚めが。




 

***



「ガブリエル、お前がフィオナを娶れ」


 この国の王、ジェイコブは、すっかり生気を取り戻した瞳で甥であるガブリエルの金の瞳を、視線で射貫く。



「……叔父上、彼女はあまりに幼いです。とてもそういった対象には……」

「余は今回のことがあるまで、専属治癒師どもを信じておった。だからこそ、この国を統べる自身の命を託したのだ。その結果がどうであったか。お前も見たであろう?」



 喉の閉塞感と酷い呼吸困難感。酸素を求めて呼吸は荒くなるが、求めた酸素は肺に到達しない。


 そんな海の中に引きずり込まれるような感覚を味わったジェイコブは、もはや専属治癒師への信頼を失っていた。それは当然の帰結のようにも思えた。だけど。



「……フィオナを取り込みたいのは理解できます。ですが……」

「見た目は幼いが、実際は15になるのであろう? 今年22であるお前にはぴったりではないか」

「……その見た目が気になるのですが。……犯罪臭がプンプンするといいますか……」



 ジェイコブは「そんな些末なことなど」と高らかに笑う。だが、その瞳は決して笑んではいない。


「余の第二側妃は20も下だ。見た目年齢で言えば、お前とフィオナとさほどかわらないであろう」

「叔父上、40と20と、22と8はだいぶ違うのですよ。今の私とフィオナが夫婦として成立するとお思いですか?」

「……お前は何を考えておる? 余が言っているのは政略結婚だ。……お前は娶ればすぐに致そうとでも考えておるのか……?」

「!!!」



 図星をつかれたガブリエルは年甲斐もなく顔を朱に染めた。貴族の婚姻の適齢期は20である。それをとうに過ぎたガブリエルだが、未だ独身であった。



「ピンとこない」

「彼女と話しても楽しくはない」

「彼女のいる家に帰りたいと思えない」

「私に媚びを打っているだけのように思えて興味が持てない」




 そんな言い訳をつらつらと述べてガブリエルは、これまでの婚約者候補をぶった切ってきた。



(フィオナと過ごした時間は少ないが、私を治療してくれた聡明さ、私から逃げようとする異質さ。なにより、確かに彼女との時間は楽しいものだ。だけど、やはり)



「夫婦とは子作りをするための名目でしょう? 夫婦となれば、後継ぎが望まれるのは道理。婚姻を結べば、初夜があります」


 ジェイコブは頭が痛そうにこめかみを抑えた。はぁ、とため息を吐く。



「ガブリエル。余が第二側妃を娶ったのは、余が33、側妃が13の年のころだった。後継を望まれているとはいえ、まだまだ体が未発達である少女を余が抱けたと思うのか」

「……それは、一国の王の責務として……」

「……そのような少女。さすがに食指は動かぬ。機能せぬものを扱うことはできぬ。責務であろうとだ」



 ジェイコブとて自分が幼子を、自身の子であってもおかしくない年の少女を手にかけたと思われるのは許容できなかった。

 肉親であるガブリエルであればなおさらだ。



「これは政略結婚だ。食指が動く外見になったときでよかろう」


 はぁ、とガブリエルは一つため息をつく。



「つまりは、陛下の()()ということですね?」



 頷きすらしない、このサンクカルデマ国の国王は、視線だけでガブリエルに意図を示した。




****




 サンクカルデマ国国王、ジェイコブは頭を抱えていた。甥であるガブリエルに自身を治癒した治癒師、フィオナを娶らせるため、フィオナの身元調査をしていた。サンクカルデマ国に入国した際の検閲で、フィオナが他国出身であることは分かった。


 だが、その国は、雲の上に位置し、治癒術が優れた国ということしか分からなかった。フィオナのように帝国からの移住者はいるようだが、いかんせん雲の上の国だ。実際にその国を見た者はいない。



 平民の中には帝国の移住者と結婚し家庭を持ったものも少なくはないそうだが、貴族に、それも国王の甥と縁づかせてしまってよいものかは悩ましい。



 従者に自国、他国問わず、カミーシア帝国の民と縁づいた者を調べさせた。すると同盟国の貴族の第三婦人として嫁いだ帝国人がいたことが分かった。帝国からの反発もなく、穏やかにその生を全うしたとのことだった。



「調査の中で、何人かの帝国人と接しましたが、どうやら、帝国人は穏やかな気質のようです。聞けば、帝国は雲の上にありながら、自然に恵まれた環境だとか。雲の上にあるからして天災もなく、ぽかぽかとした陽気の中で育つため、穏やかな気質になるのではないかと」



 従者から報告を受けたジェイコブは首をかしげる。どうも自分の目にしたフィオナやガブリエルから聞くフィオナの人物像とは一致しない。



「……フィオナは、そのような印象は受けぬが」

「そうですよね!」



 従者は勢いづいて前のめりにジェイコブを見た。どうやら従者も同じように思ったようだ。



「私もそう思い尋ねてみたのです。すると、帝国人でも治癒に携わる者は喜怒哀楽のはっきりした者が多いそうです。なんと申しますか、研究肌といいますか、技術者といいますか。なんでも、人の命に係わるため、慈悲深く、手抜きを一切しないため、お金がかかるそうです」



 時に、帝国人の治癒師というのは、支払いが見込めない者にも手を差し伸べるという。それゆえに、治癒師自らが困窮状態に陥りやすく、余裕が無い者が多い。



「そういった事情で、神経が研ぎ澄まされていくそうです。それでも、帝国で暮らす治癒師は、国から補填されるため、穏やかに過ごせるそうですが、他国ではそうはいかない。その結果ではないかと、笑んでおられました」



 なににせよ、カミーシア帝国は、どこの国とも敵対するつもりなどなく、他国に対し友好的な国のようだった。医療機器に関しては取引も行っているそうだ。帝国人は雲の上なので、窓口は医療機器を持ったものになるらしい。今でいえば、フィオナとなる。



 ジェイコブは従者に医療機器の取引を任せた。フィオナから紹介された帝国の宰相と取引した。その際に、帝国人と他国の者との婚姻について問うたが、「本人同士の意志に任せていますので、国として間に入ることはない」との返答だった。





「……ということで、万事解決だ。フィオナを娶れ」



 優しそうな笑い皺に囲まれた金の瞳が、はつらつとしたまだ若い金の瞳をとらえた。


「……何が、万事解決ですか。医療機器が我が国の手に入ったのであれば、フィオナと結婚しなくてもよいではないですか」

「嫌だ。余はフィオナを王城付きの治癒師に臨む」

「……つまり断られたと。断られたのであれば、私と結婚したところで、叔父上の専属にはならないでしょう」

「何かあったときに優先はしてくれるだろう」



 ガブリエルは考えた。フィオナのことはどれだけも知らないが、知っている限りでも、患者の優先順位は先着順でもなければ権力順でもないだろう。どう考えても重症度順であると思われた。



 ガブリエルにより無理矢理王城に連行はしたが、あれだって、目の前に倒れている人がいれば、そちらが優先されただろうと思われる。


 支払いの見込みがない相手にも治療を施すのだから。



「叔父上、支払いの見込めない相手にも治療を施すような人間が権力やコネで、患者の診察順を決めると思いますか?」



 眉をしかめて尋ねるガブリエルにジェイコブも苦い顔をする。



「……するかもしれないだろう。……しない可能性の方が高いことは余も分かっておる。だが、なんの関わりもなくなってしまうと、連絡すら取れなくなってしまうではないか」

「ほぅ……」



 苛立ちを押さえられないように、ドスの効いたガブリエルの声が謁見室に響く。



「もしものときに連絡を取りやすくするため()()に、私に犠牲になれと?」



 ガブリエルの額の青筋を見て、一瞬ジェイコブが尻込みしたが、それでも諦めなかった。



「犠牲など。フィオナはかわいらしい娘ではないか。今は幼いのが目立つが、あと数年もすれば誰もがため息をつくくらいの美姫になるだろう」

「……それほどいうのであれば叔父上が娶ればよろしいのではありませんか」

「それはできない」

「なぜですか。国王たるもの政略結婚もお手の物でしょう。少しばかり年下の嫁……」

「少しではないだろう」




 フィオナは望んでもいないのに、フィオナのいないところで、フィオナが譲り合われていた。フィオナが知れば、陛下の目覚めを喜んだ自分を呪ったことだろう。




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