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幼女の失踪



「タリーさま。お父上の薬を取りに来られたのですよね」

「……はい」

「こちらです」

「……あの、フィオナ……治癒師様は……?」

「しばらくこちらの治癒院には来られないため、私が薬の受け渡しを仰せつかっています」

「……そうですか……」




 食材が並ぶ市場にひっそりと紛れるようにありながら、主張の強い看板のフィオナの治癒院にタリーは来ていた。最近では父が自分で薬を取りに来ることも可能であったが、タリーの父は気を利かせてタリーに薬を取りに行かせていた。



 少しでもタリーとフィオナの接点を増やし、タリーの想いが届くようにと祈ってのことだった。



 だが、ここ2ヶ月ほどは、タリーは治癒院を訪れてもフィオナに会えてはいなかった。老齢の治癒師と思われる男が、薬の引き渡しを担っていた。最初はなぜフィオナはいないのかと問い詰めたりもした。しかし返ってくる言葉は同じ。


「しばらくこちらの治癒院には来られないため、私が薬の受け渡しを仰せつかっています」だ。



 なぜそうなったのか理由を問うても老齢の治癒師は「しばらくこちらの治癒院には来られないとしか伺っておりません」と答えるばかりだ。



 フィオナがこの国に来てそれほど時は経っていないはず。であれば、フィオナの予定を埋める者は限られる。突発的な往診、急変で手を取られたとしても、タリーが認知してから2ヶ月はフィオナは姿を表さない。



(いくらなんでもおかしい。なにより、お金の取り立てにこないのがおかしい)



 フィオナは患者には親切だ。常に患者に目を配っており、自身の都合で患者に不利益をもたらすことを良しとする治癒師ではない。そのフィオナが患者の容体も聞かずに、同じ薬を処方し続けるのもおかしい。



 そして、この状況を不審に思ったタリーは2回目の薬の受け渡し時に、お金は次回持参することを伝え、その次回も支払いを滞ったのだ。フィオナにこの状況が伝わっていれば黙っているはずがない。



 タリーはこの町を守る傭兵だ。人一人の居場所を調べるのはお手の物。まずフィオナの代理で店番をしている老齢の治癒師の帰路を尾けた。しかし辿り着いた治癒師の自宅と思われるその家は空き家のようで、住民登録がされていなかった。朝まで家を監視し、治癒師が家を出るところを尾行しようとしたが、日が高くなっても出てくることはなかった。



 そっと家に近付いてみるが生活音が全くしない。声をかけてみるが返事はない。ドアに手をかけると鍵もかけられておらず、簡単にあけられた。家の中を検めるが、誰もいない。裏口から出たようだった。




(おかしい。ただの治癒師がこんな人を欺くような行為をするはずがない。そんな必要がない)



 タリーの頭に伯爵と公爵の顔が過る。公爵の屋敷に行ったところで門前払いに違いない。ノアであれば。伯爵邸の離れに住むノアであれば、きっと快く出迎えてくれるだろう。



 タリーはノアの住む伯爵邸の門番に挨拶した。



「失礼します。私はノア様の友人のタリーと申します。お約束もなく不躾で申し分けございませんが、ノア様へのお取り次ぎをお願いできませんでしょうか?」



 門の両側に立つ右側の門番がタリーの顔をみて笑顔を見せた。



「あぁ。治癒師様と一緒に訪問されていた。分かった。伝えよう」



 彼はタリーの顔を覚えていたようで、すぐに取り次ぎをしてくれた。ノアも在宅していたため、ほとんど待つこともなく門は開かれた。




「タリー! 久しぶり。遊びに来てくれたの?」



 紫水晶のようなキラキラした瞳のノアが満面の笑顔で出迎えてくれた。タリーの心の中での焦りは知るはずもなく、優雅にお茶の準備が始められた。



 お茶を一口飲んだノアが嬉しそうに笑った。




「タリーが遊びに来てくれるなんて初めてだね。いつもはお姉ちゃんの後ろで静かに立ってるだけだから」



 この屋敷に来るときのタリーは護衛のため主であるフィオナとの会話には入らないし、空気のようにいなければならない。ノアとまともに話したのは初対面の時だけだろうか。



 難しい顔をしたタリーが首を横に振った。



「違うんだ。今日は遊びに来たわけじゃない。ノアが何か知ってはいないかと思って」

「……何?」



 タリーの深刻そうな声音にノアも固唾をのむ。



「フィオナがいないんだ」

「お姉ちゃんが? なんで?」

「……それをノアが知っているんじゃないかと思ってね……」

「ごめん、知らない」



 「でも、なんでお姉ちゃんが……」と心配そうに瞳を曇らせるノアは嘘をついているようにはみえない。眉根を寄せて考え込んでいたノアがパッと顔をあげた。



「義母様なら何か知っているかも! ちょっと聞いてくる!」



 ソファーから勢いよく飛び降りたノアが部屋の外を目指す。ノアのためにメイドが扉を開けると、そこには伯爵が立っていた。




 一瞬見せたほの暗い目は気のせいだったのか。伯爵の目はタリーを捉えると社交的な笑みに変わった。



「フィオナのことかい?」

「……なぜそれを」




 ずっとドアの前で立ち聞きしていたのだろうか。嵐の前の静けさのような空気に背筋が凍った。やはりフィオナが貴族に巻き込まれているのは間違いない。




「治癒師の護衛が訪ねてきたと聞いてね」

「……何か心当たりがおありですか?」




 剣や飛び道具こそ携えていないものの、一触即発の空気は更に張り詰める。しかし、その空気に気付かないノアは「お父様!」と嬉しそうに両手を開いて伯爵の下に向かっていった。伯爵は笑顔でノアを抱き留め、そのまま抱っこした。




「お父様! お姉ちゃんのこと何かご存じですか?」

「あぁ。今はお父様の知り合いの治療をお願いしているんだ」

「そっかぁ! どこにいるんですか? おうちには帰っていないそうです」



 笑顔をノアに見せた後、タリーに向けられた伯爵の表情は、口は弧を描いているが、目は全く笑っていなかった。



「立場のある方だからね。誰かは言えないが、フィオナは無事で元気にしている。だから心配は不要だ」



 伯爵が暗に「もうフィオナに関わるな」と言っているのがよく分かった。



(やはり、フィオナの失踪は貴族がらみか)




***




 王城の一室。最奥にあるこの国で一番安全なその部屋は、扉の前には衛兵が4人、扉の内側には近衛兵が2人。この国で一番尊い方――国王陛下が眠る寝台の周りを囲むように4人の近衛兵がいた。



 フィオナが国王陛下の治療を施した翌日から未だその場から解放されずにいた。



 公爵に国王陛下の健康診断をしろと、悠長にドレスに着替えさせられ、馬車に拉致監禁されれば、その場で国王陛下の病態を告げられた。



 手持ちのマジックバックは健康診断用。治療用はまた違うマジックバックだ。それも、あらゆる病態に対応できるように、治療に特化した薬品や点滴セットと急変用に特化した気道確保、循環確保用の医療機器、薬品のセットとあった。



 公爵の話を聞く限り、このマジックバック3つとも持ってくるのが賢明だったと言わざるを得ない。



 しかし、時とは無情なもので既に馬車は王城に辿り着き、手持ちのマジックバックではたりないかも知れないと訴えたところで、俵担ぎで連行されるだけだった。



 フィオナは一目で分かった。これはアレルギー反応だと。それもかなり深刻。間違いなく、急変用のマジックバックが必要だ。



 窓を開けて、窓の縁を蹴り上げると風魔法を使い、瞬間移動の如く治癒院に戻りマジックバックを手に取り、王城へ戻る。出てきた時と同じあの窓の縁に。トンと軽快な音を踵で鳴らすと公爵と目が合った。



 唖然とした顔をしているが、取り乱してしまったと打ち明けるように言えば、そのまま陛下の治療にあたらせてくれた。




 王位継承権第三位がどれだけ偉いかは知らないが、その権威とやらで、周りの祈祷師や治癒師を押さえてくれたので、フィオナは特に不自由なく治療にあたれた。



「さぁ。公爵閣下。私の役目はこれでおしまいですよね?」



 治療が終わり、満面の笑みでフィオナがそう言えば公爵も満面の笑みで答えた。



「終わりなわけがないだろう? 陛下はまだ目覚めていらっしゃらない。君の治療が功を奏したかの判断ができない」



 公爵はそう述べ、王城仕えの治癒師に視線を投げた。



「お前たちは、この者の治療が適切であったと断言できるか?」



 困ったような顔で治癒師は答えた。長きに渡り務めていたのだろう。高齢の人の良さそうな治癒師だ。




「恐れながら。私共には初めて見る治療法であり、判断するだけの知識がございません。されど、この治癒師様は私共より先の、洗練された治療術を施されたように思われます。……誰の目にも明らかではございませんか? 陛下のご尊顔が、先ほどまでより遙かに健やかであることは」




 王城仕えの治癒師は、フィオナを庇いも貶めもしない。どちらかに振り切ってくれれば、「治療は一段落した」あるいは「フィオナは役に立たない」と、王城から追い出されただろうに。



 公爵は「ふむ」と、顎に手をあて眉間に皺を刻んだ。



(そんな難しい顔してないで帰してほしい)




 フィオナの、平民の思考など、貴族にとって読めない訳がない。なんなら、フィオナは分かって欲しくて、分かりやすいようにわざと顔に出している。にも関わらず公爵が発した言葉は。



「陛下の快方が確認できなければ、フィオナの治癒が正しかったのかは誰にも分からないと言うことか。であれば、フィオナの治療を許した私も一連託生。陛下が目覚めるまで共に過ごそうではないか」




 悪巧みを感じさせる笑みを浮かべる公爵に、フィオナは軟禁され続けるほかなかった。




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